2018年 モロッコの労働事情

2018年6月7日講演録

モロッコ労働組合(UMT)
ナイマ アムバルキ(Ms.Naima Ambarki)
中央執行委員 兼 女性委員会執行委員

ザカリア アイト アリ ウマンソール(Mr.Zakaria Ait Ali Oumansour)
ソシエテ・ゼネラル銀行労働組合マラケシュ支部  事務局長兼UMT管理委員会委員

 

1.基本情報

 面積は44.6平方キロで日本の約1.2倍の広さを誇っている。人口はおよそ3500万人、この内アラブ人が65%、べルベル人が30%を占める。大半がイスラム教徒スンニ派である。政治体制は立憲君主制をとっている。経済成長率(実質)は、2015年が4.55%、2016年が1.22%であり、2017年の見通しは、4.22%(IMFデータ)となっている。その経済構造は、埋蔵量世界1位のリン鉱石を先頭とする工業、生産量世界第7位のオリーブなどの農業に加え、観光資源も豊かであり、産油国ではないが比較的バランスの取れた産業展開となっている。物価動向は、2015年1.6%、2016年も1.6%、2017年の見通しが1%となっている。(注)最低賃金は、2015~17年は同額で、時間額・日額・月額で示せば1.41ドル・10.59ドル・269.76ドルである。近年より様々な分野別開発戦略を積極的に推し進めているが、必ずしも雇用拡大に結びついているとはいえず、比較的高い失業率が続いている。2015年の失業率は9.7%、2016年は9.9%、2017年は10.2%となっている。(注)労働者を束ねる主要なナショナルセンターは、モロッコ労働組合(UMT 約35万人を組織)をはじめとする3つである。(その他2つはモロッコ労働者連合(UGTM)及びモロッコ民主労働総同盟(CDT))(注)数字は報告者による。

2.時代の先頭に立つUMT-紛争解決への挑戦

(1)真に労働者の拠り所となる労働典範-カギ握る社会対話のあり様

 UMTの結成は、いまだ植民地時代であった時に産声をあげている。初めは独立を勝ち取るために、その後は社会の平等・公正の実現のために、いわば崇高な目的のために全力を挙げ今日に至っている。この間、UMTは植民地時代につくられた労働法を大きく改正し、労働者の権利を守り拠り所となる労働法の策定を目指した。現在の労働法は、こうしてUMTを初めとする労働側の20年以上に及ぶ長い苦しい闘いを経て、政府・組合・使用者の3者合意によって「労働典範」として合意された。立法までに長期間を要したのは、法案策定にあたって、政府がUMTの参加を断ったことによるものである。しかし、2003年に政府はUMTを筆頭に複数の組合の参加を認めたことで、「労働典範」は2004年に制定されるに至った。労働者階級の輝かしい重要な獲得権利となった。その内容は、長い制定期間に多くの権利と保護、さらには新たな権利を盛り込む努力もあり、「先進的」な法律というに相応しいものとなった。しかし、そのためにこの労働典範は十分に適用されているとはいいがたい。この法律の遵守率は実に約26%という低調さを極めている。その理由は、国営の大企業や多国籍企業において守られていないケースが多くあるからである。具体的な中身は、組合活動に対する妨害と自由侵害、そして組合員を裁判にかけ収監できると規定する刑法288条が援用される現実があり、労働法の適用を拒み、これに違反している使用者を処罰する条項が削除されており、その存在意義が損なわれる状況にあるからである。さらなる特徴は、使用者団体(モロッコ実業総同盟)が政府の支援を得て、「労働典範」の改悪に執心していることである。こうしたマイナスの潮流に、UMTは時代の先頭に立ち、他の組合組織と共に社会対話を通じて解決すべく懸命な努力を傾注している。しかし、政府や使用者側はこれを拒否したり、形だけの対話に堕したりと抵抗を続けている。「労働典範」が真にその存在価値を発揮し、適切な適用により労働者の真に尊重されるべき拠り所となるよう、今後も大きな抗議集会なども仕掛けながら、あるべき対話・意義ある対話の実現に向け、懸命な闘いを繰り広げていく。

(2)労働紛争の現状と実例-クローズアップされる多国籍企業の紛争

①高止まりする紛争件数-3分類される多国籍企業の紛争
 モロッコにおける紛争を統計資料でみてみると、2015年5万4593件、2016年8万2775件、2017年7万350件と高止まりの様相である。特に多国籍企業での紛争が多発しているようだ。
 この多国籍企業紛争は、そのあり様から3つのグループに分類することができる。第1のグループは、組合活動の自由の尊重、労働基準の適用、既得権利の保障を守っている企業。第2のグループは、労働法が規定している最低基準は守っているが、組合活動は認めない企業。そして第3グループは、そもそも最低基準を守ることもなく組合活動も認めない企業-例えば、繊維部門の企業がそれであり、最低賃金がない、女性労働者や非正規労働者を国民社会保障基金に申告していない(健康保険が適用されない)状況である。

②紛争実例-多国籍企業の紛争解決に求められる多国間連帯
 第1の例は、金属部門の産業に属し、従業員700名ほどの企業での紛争である。賃上げ要求に対し、非常に利益が出ているにもかかわらず応えようとしないという問題である。その取り組み経過だが、まず企業側との対話会合の開催を図ったが、経営面で危機を迎えており、要求に応えられないとの拒否回答であった。組合側はこの問題をナショナルセンターUMTに対応してもらうべく要請を図った。UMTはトップが会社側との話し合いに臨むとともに、赤い腕章をつけキャンペーンの実施を企図した。しかし、これをもってしても企業側の対応は変わらないことから、生産現場での2時間ストに訴えた。その結果、これ以上の悪化をさせぬよう要求を呑んでもらうことに成功した。その要求とは、2段階で賃上げを図るというものであり、成功裏に署名を交わすことができた。ナショナルセンターとしての役割発揮が叶ったケースであった。
 しかし、第2、第3の例はそうはいっていない。1つは自動車部品を生産し3000人の従業員が働いている企業である。ここでの問題は、組合結成を図ったとたん、組合役員全員が解雇の憂き目にあったことである。もう1つは航空産業の企業だが、ここも同じように組合結成に対し役員解雇で応えたということである。この2社で40人からの組合役員が解雇され、現在まで全く解決をみていない。非常に遺憾な事態であり、UMTとして全ての政府機関、監督暑などに対し介入を呼び掛けているが、現状のところ何の改善もなされていない。国内のみならず、当該親企業所在国のナショナルセンタ-などとの連帯も含め、多角的な解決チャネルを模索していきたい。

(3)国民を守るタテ足り得る社会保障制度-現状も将来も課題がいっぱい

①社会保障制度の内容―制度の実現は社会発展・成長のバロメーター
 社会保障制度は労働者というレベルより国民という目線でとらえることが重要である。しかし多くの場合、この制度の改善に果たす組合組織の役割は大きく、そうした認識のもと、その現状と課題をとらえる。
 社会保障制度は国民すべての生活上のリスク(健康、労働、資産等)から国民を守るためのものである。その意味で最大の責任を有するのは国であり、社会的な責務である。国がどれほど社会保障を実現できるかということは、まさしく社会の発展・成長のバロメーターであり、国民の団結度を示すものである。モロッコは独立以来、社会保障の充実に留意してきたことは間違いない。それは次のような目的に資する制度構築であった。①労働者を組織化し共に貧困と闘う、②労働者の経済的、社会的状況の改善を図る、③社会の結束を強化する、④経済成長を推進する、の以上4点である。
 その制度内容だが、国際法枠(締結した条約・協定)、及び国内法枠(モロッコ憲法、法令-定年退職基本法など)に基づいている。「モロッコ退職基金」は公務員の社会保障としての機構であり、「社会保障国民基金」は民間労働者に対する機構である。後者は1961年に設置されたもので、工業、商業、自営業、伝統産業、農漁業における労働者に対する義務的な保障を提供しており、家族保障、短期保障(病休、育児の日額保障、死亡保障、産休)、長期保障(老齢年金、傷病年金、死亡年金)、健康保険からなっている。

②抱える現状課題
 社会保障のカバー率は、社会保障国民基金の努力にもかかわらず、依然として不十分であり、約120万人の労働者(労働人口の約57%)が社会保障を得られていない。その原因は次のような点にある。すなわち、①使用者側の加入を義務付ける規定の罰則が使用者に対し適用されていない、②社会保障国民基金への加入を強制する力が存在しない。賃金からの保険料の天引きから逃れる労働者への司法的なフォローアップができない、③労働監督官からの指導を受け、またはその業務を妨害した際の罰金額は高額(2614.30ドル~3137.15ドル)だが、労働者を不申告、ないし賃金額を不正に申告したとしてもその罰金額は極めて少額(労働者1人当たり5.22ドル、但し、全体で522.84ドルを超えない額)となっている、④違法行為の罰金額が保険料を下回っているなどが指摘できる。
 また、年金受給には3240日の加入が必要だが、2010年当時、7万8207人の定年退職者のうち、実に75%にあたる5万8799人はこの加入要件を満たしておらず、年金受け取りが叶わなかった。UMTはこの救済に向けて、3240日という基準の見直しを今も求めている。3つ目の課題は、社会保障基金が設定している年金上限額が不十分だという点である。それは月額627.40ドルの賃金額を最高に、その70%を年金として支給することになっており、最高額以上の給与を得ていた者であっても、439.21ドルの年金額でしかないということである。4つ目は、女性労働者は、使用者が保険料を支払っていない場合、育児手当を受け取れないこと、5つ目は、男女とも労働者は使用者が保険料を支払っていない場合、病欠手当を受け取ることができないことである。最後6つ目は、大多数の労働者は、失業手当を受け取ることができないということである。その理由は、現在の受給基準が、失業時から遡って12カ月間に260日就業していること、及び3年間で780日就業していることとなっているからである。
 モロッコにおける社会保障を充実させるため、UMTはそれが全ての社会的なリスクをカバーするものにすべく努力している。

③将来に向けた課題―労働者全てをカバーする制度視点の設定を
 将来に向けても幾つかの課題が浮き彫りとなっている。1つは、労災補償など全ての社会保障関連基金を1つにまとめること(保険会社から取り上げることも含め)、2つ目は、社会保障システムの運営とメカニズムの民主化(経理責任を明確にしつつ、社会保障行動プログラムに基づき労働者及び選挙で民主的に選ばれた者によって基金運営を図る)、3つ目は、失業者の増加と雇用の不安定は社会保障財源を脅かすため、真の雇用対策が必要なこと、4つ目は、労働者を全てカバーする社会保障制度に向けた明確な視点の設定(インフォーマルセクターや自営業者も含む)、5つめは、現在のサービス状況を改善し、新たな「商品」を開発すること、6つ目は、社会保障分野における国民的参画の戦略を具現化すること、などである。
 いずれも大きな課題ばかりであるが、UMTはこれらの実現にも先頭に立って取り組まねばならないと任じている。