2015年 モロッコの労働事情
モロッコ労働組合(UMT)
ムラーニ・アスマー(Ms.Mrani Asmae)
ジャ-ナリズム・情報産業労働組合連合執行委員兼UMT執行委員兼UMT女性進歩連合副委員長
1. 労働情勢(全般)
(1)モロッコの労働運動の経過について
モロッコは比較的安定をした国である。経済成長もしている。(注1)歴史的にはフランスやスペインの植民地支配を受けてきた歴史があり、現在に至るまで領土にかかわってスペインとの問題があり、サハラの問題もある。こうした問題がモロッコの開発や経済形成にマイナス影響を与えている。同時に、そのことがモロッコの労働者にも影響を与えていることは否めない。
モロッコは1956年に独立した。60年という国の歴史はさほど長いものではなく、若い国と言えるだろう。ナショナルセンターであるモロッコ労働組合(UMT)は、独立以前の1955年に設立した。現在の実勢は、構成産別40連合会、18地域組織・36地方支部、加入労働組合員数は約80万人である。UMTはこの長い歴史を通じ、単にモロッコの労働者のための要求実現を果たしただけでなく、フランスの植民地支配からの独立を図るため、抵抗運動やデモなどにも参加するなど、大きな役割を果たしてきた。
現代モロッコは、左派勢力と政権・体制との間での対立が続いてきたが、90年代になって次第にそうした状況が打開され、国の建設も進み、国際条約にも加盟して、人権を尊重するある程度の改善が図られてきた。この間、UMTの運動のあり様は、一貫して平和的な対応を図ってきた。アラブの春が始まると、UMTも労働者たちのデモに繰り出し、憲法改正、人権状況の改善や労働者の状況の改善などを求め、2011年には憲法改正を実現した。また、民衆の圧力のもとに選挙も行われた。ところが、残念なことに、その後政府は反動的な施策を打ち出してきている。
物価上昇率:2013年1.9%、2014年0.4%、2015年0.8%(見通し)
最低賃金(月額):2013年1800モロッコディルハム(約2万2302円)、2014年2000モロッコディルハム(約2万4780円)、2015年2300モロッコディルハム(約2万8497円)
(2)インフォーマルセクターの実態について
モロッコの経済政策は数十年前から、本来の経済成長を生み出せないでいる。インフォーマル経済がGNPの約14%、雇用の38%を占めていて、その他にも違法経済や隠された経済活動があり、それらは全て法律の適用や監視を逃れて行われる労働者からの搾取行為となっている。また、労働者の3人に2人は雇用契約なしに労働に従事している。特に農林水産業においては、その割合が91.6%に上っており、社会保障なども受けられないまま労働に従事している。さらに、サービス部門においても、使用者は下請け雇用によって労働力の賃貸や売買を行い、賃金労働者に対する最低限の保護の条件さえないがしろにし、搾取を行っている。加えて、労働法の取り決めにもかかわらず、一部の公営企業や多国籍企業でもこうした下請け派遣による雇用が行われており、当局も労働省も労働監督署も有効な手を打てず、社会の不安定化を招いている。これもひとえにILO条約の労働組合の労働運動の自由にかかわる条約が批准されていない点にあり、様々な不正、不当な待遇は今しばらく続く状況に変わりはない。
(3)深刻化する失業問題について
モロッコはこの10年間に公式な統計によれば平均5%の経済成長を実現しているが、人口の13%は貧困ライン以下にあり、教育を受けた若者の30%以上が失業状態にある。失業率は、2013年第1四半期か今年(2015年)の第一四半期までの間に9.4%から10.2%と0.8ポイントも上昇している。失業者数でみれば2014年の間に11.4万人増加し、そのうち7万4千人は都市部であり、残り4万人は村落部の居住である。また、15歳から24歳までの青年層の失業率は19.5%から20.2%に上昇し、学位所有者の失業率も16.5%から17.5%に上昇している。さらに、経済活動分野別にみれば、失業率が最も高いのは建築・公共事業部門の労働者であり、全国で15%に上っている。それに次いで高いのが農林水産業部門で9.3%となっている。こうした失業者の29%は、追放や雇用企業の活動停止の結果であると指摘されている。
このように失業問題は依然としてモロッコにおける深刻な問題だといえる。
2.労働組合が現在直面している課題
(1)直面している具体的な労働問題について
モロッコ経済は、失業や社会の脆弱性、貧困、購買力の低下、部門間の格差など、拡大する社会的な問題の解決に成功していない。2014年には公的債務が国民一人当たり1万7000ディルハム(約21万630円)を抱える状況となっている。利益の不公正な分配と社会の各階層間の格差も問題となっている。
労働組合と政府の間では、これまでに合意がなされてきたものもあるが、2011年4月26日の合意(遠隔地や勤務困難な地域での労働に対する手当など)が、履行されないままになっている。また、政府は労働者に不利な法律をいろいろと改革の名のもとにつくってもいる。例えば、基本的な物資の購入のための手当というのをなくす法律とか、もろもろの不当な立法が行われている。労働者との社会的な課題をめぐる対話の扉が閉ざされているということも大きな問題である。2011年の合意以降、部門別の会合が行われているという程度にとどまっていて、いわゆる国際的な基準による労使の対話は行われていない。ストライキに関しても、法律上、憲法上根拠のないストライキをした労働者の賃金からその期間の分を差し引くとして、その権利(争議権)を侵害しようとしている。
公共部門においては、公務員の賃金や手当を凍結させることや、昇進や新しい雇用をストップさせることなどが行われている。民間部門に対してはさらにひどい状況で、不当な解雇や不当な事業所閉鎖であっても、労働者の10分の3が失業するというようなことになっており、労働法、特に67条が尊重されていないのが現状ある。また、他のアラブ諸国とも共通する問題だが、労働監督署が非常に弱体であり、人材不足でもあって、十分に監督が行われていない。さらに、ストライキを行ったことを理由に労働者を逮捕する根拠になっている、非常に問題のある刑法の第288章が廃止されていない。
(2)労働組合から見たもっとも重要な課題について
こうしたことを踏まえ、労働組合として取り組んでいかなければならない課題を箇条的に整理すれば、次のような4つに集約される。
1つは、政府側が社会対話における合意事項を遵守しないことの課題。2つには、三者間の社会対話の扉が閉じられていることの課題。3つには、現在政府が改革を口実に労働者に不利益な法律制定や、年金制度改革において労働者に負担を負わせるなど、労働者の権利を侵害する施策が実施されることの課題。4つには、政府が庶民の声や労働者、大衆の平和的な抗議による呼びかけに耳を傾けず、強硬な姿勢をとっているため、社会の緊張が続いていることの課題。そして、以上の課題への取り組みの大前提は組織率を高めること、特に女性や若者の労働組合加入を進めることにある。また、これまでの労働組合の得た成果を維持するとともに、さらなる労働者の状況を改善する成果をかち取っていくため、不断の努力が必要となる。
モロッコの労働組合は、政治的な多元性のゆえに、労働組合にもその影響が反映されている。様々な政党に属する労働組合がつくられ、例えば与党は公正発展党であり、そこに属する労働組合も存在する。こうした組合が政府の施策に文句を言うはずはない。一方、UMTは労働者の運動の中から生まれてきた労働組合である。こうした複数のそれぞれの勢力に属する労働組合がある現実を認識しながら、UMTの役割を任じて課題に挑戦していかなければならない。
3.その課題に向けてどのように取り組もうとしているのか
そこで、これら課題の解決に向けての取り組みとして、次のような様々な活動を提起しておく。その狙いは、1つに、シンポジウム等の開催によって、政府の不正な行為や労働者の権利の侵害、労働者の正当な要求を明らかにすること。2つには、国際レベルや地域レベルの会議や議論参加し、連携協力を進めること。以上である。この狙いを実現するために、(1)広報面、(2)闘争面、(3)組織面、そして(4)研修及び労働文化面、などの具体的活動を推進し、国際的な基準にも見合う労働条件の改善に向けた取り組みを図る。
(1)広報面での活動 [1]メディアのプログラムに参加し、労働者の課題に光を当て、解決策についての提案を行う。[2]ジャーナリストや各種メディアに労働組合の活動を紹介する。[3]国民及び労働者に対し、労働組合の得た最新状況や、労使関係、労働分野に関連する情報を提供する。
(2)闘争面での活動 [1]政府を交渉のテーブルにつかせ、これまでの成果を堅持するとともに、労働組合運動の自由と労働者の尊厳を守るため、全国的なデモ、部門別ストライキ、全国規模のゼネストといった一連の労働闘争を決行する。[2]政府に真剣にして責任ある交渉を実施させ、労働者の生活状況悪化などの諸問題対応への要求に応えさせる。[3]労働組合の立場や具体的な提案を示すための覚書を政府に提出する。
(3)組織面での活動 [1]大会等の開催を通じ、産別団体や地方組織などの構造を刷新する。[2]立場の近い組合とともに広範な戦線を形成し、同盟を組み、統一闘争を目指す。
(4)研修及び労働文化面での活動 [1]労働組合研修を継続し、スキルや知見の発展を図る。経済・社会・文化的な権利について広く学び、経験を積み、ノウハウを獲得し、組合員としての闘争及び交渉の能力を向上させる。立法や実践における労働組合活動の重要性について学ぶ。
*1モロッコディルハム=12.39円(2015年12月4日現在)