2003年 ヨルダンの労働事情

2003年10月29日 講演録

ヨルダン労働組合総連合会(GFJTU)
ビラル イッサム マルカウイ

空・観光一般労働組合 委員長
GFJTU評議員

 

国内の状況

 ヨルダンは中東の小国で政治的に非常にホットな地域に位置しています。ヨルダンと国境を接しているイラクの問題については、皆様ご承知のとおりであります。反対の方向にはパレスチナがあります。イスラエルとの紛争でパレスチナ人は大変苦しんでおります。ヨルダンには多くのパレスチナ人が居住しております。
 ヨルダンの人口は非常に少なく約500万人です。面積は比較的広く11万8,000平方キロメートルです。しかし、その8割は砂漠で、農業を行うことはできません。
 ヨルダンの政治体制は立憲王制です。ヨルダンは民主主義の長い歴史を持っています。ヨルダンの民主主義の歴史は、王制が樹立された1920年当時にさかのぼることができます。しかしヨルダンがイスラエルから攻められた1967年から89年までの期間は国会の機能が一時停止されました。
 ヨルダンの労働運動の歴史を簡単に申し上げますと、組合活動が始まりましたのは1954年です。現在のヨルダン労働総同盟(GFJTU)は、17の産業別労働組合組織で構成されています。ヨルダンの労働組合運動には、良い面と悪い面があります。否定的な面では、ヨルダンの公務員には、労働組合を結成する権利が認められていません。この問題は、現在公務員にとり大きな要求となっており、この要求をGFJTUは支援しています。ヨルダンの労働法は1産業1組織を規定しており、労働組合の複数制を認めていません。
 GFJTUの最高決議機関は、102人の代議員で構成される評議会です。この評議会には17の産業別組織からそれぞれ6名の代表が参加しています。評議会は4カ月ごとに開催され、GFJTUの基本的な方針を決定します。
 ヨルダンを取り巻く政治的な環境、そして世界的な民営化傾向を受けまして、ヨルダン5の労働組合も民営化問題に取り組んできました。民営化の問題は、5年ほど前からヨルダンの労働者の非常に強い関心と懸念の的となり、ヨルダンの各組合で大きな問題となっています。民営化により失業率が増大しました。失業率についてはいろいろな数字が出ています。政府は約10%と言っていますが、本当のところは18%と言われています。
 また、民営化によりまして、多くの外国企業が存在するようになりました。これらの外国企業は反組合的な活動で知られています。例えば、労働者の組合への加入を認めないということであります。民営化が始まったときに、まず最初に民営化された企業の1つはヨルダン航空でした。私はヨルダン航空の労働組合の委員長をしておりますので、私どもが経験しなければならなかった非常につらい経験について、お話しさせていただきたいと思います。
 ヨルダン航空の民営化問題は、幾つかのプロセスを経て1997年に始まりました。政府は、約2年の検討期間を経たとして、労働組合との協議・相談もなく、政府内の協議のみで、突然民営化を開始いたしました。したがって、労働組合は全国的に大きなキャンペーンを開始し、民営化のプロセスでは、労働組合は協議・相談を受けるべきであり、その上で民営化開始にあたっての協定を締結すべきであるという要求しました。労働者と労働組合は強い圧力を政府にかけました。国内のすべての空港におけるゼネラルストライキの実施や、ILOへの提訴を通じたヨルダン政府への圧力など様々な手段を行使しました。
 この結果、ヨルダン政府は労働者側との対話の必要性を認め、対話に至ったわけであります。これはヨルダンの労働組合の歴史において、労働者の圧力が政府を動かした初めての例であります。その結果、約60日間に亘る政府と労働組合側との協議に結びつき、その結果、すべての労働者はその職場を変更する必要がなくなりました。また、国営会社から国が100%の株式を保有する民間会社に移行するに当たっての保障として、総額約2,000万ドルの一時金が労働者側に支払われました。
 この経験の後、ヨルダンの労働者は民営化に対しては必ずどちらかの態度をとるようになりました。1つは、民営化を完全に失敗させるか、もう一つは、民営化に合意するに当たっては、それに見合う十分な労働者の権利を確保することであります。
 次に、ヨルダンにおける平等問題について簡単に申し上げておきます。ヨルダンの女性の権利保護に関しては、王妃が非常に高い関心を持ち、そのためヨルダンの女性の地位は高くなっています。ヨルダンの女性にとり労働の面からみますと保育所が充実しています。また閣僚などの非常に高い地位についている女性も多くいます。したがいまして、男性を女性と差別しないでほしいと男性が要求しだすような時代になっています。