2007年 パキスタンの労働事情

2007年5月16日 講演録

パキスタン労働者連盟(PWF)
タンビール アフマド

パキスタン労働者連盟(PWF)/副書記長兼PWFカラチ地域書記長

 

 パキスタンの労働運動は、長い困難な時代を経て次第に発展してきた。労使関係という視点から見ると、イギリス統治の時代である1881年の工場法、1926年の労働組合法などが歴史的なものとしてあげられる。1959年にパキスタン政府が最初に労使関係政策を発表し、高い思想を含む目的がとりあげられていた。
 2002年9月にパキスタン政府は、新しい労働法を導入した。2001年7月全国3者労働会議が開かれ、その設置の提唱もうたわれたが、2002年の労働関係条例(IRO)は、労働組合への規制を強化するものとなってしまった。IRO2002では、産業に従事する労働者たちがカバーされているが、物を生産し、販売するためのサービス業に従事している人達しかカバーされていない。これによって多くの部門が排除され,そこでは組合の結成や団体交渉は許可されないことになった。そして、鉄道部門、セキュリティー関係従事者、印刷業、新聞、消防スタッフ、農業労働者、教師、病院関係者、看護士、家内労働者、そして監督、管理部門の人達は組合結成権、団体交渉権から排除されたのである。
 労使関係条例IROは、全国労使関係委員会NIRCからの暫定救済を求める可能性ついて規制している。あるいはまた、労働法廷に対して、特に不当労働行為に対して、暫定救済を求める可能性も制限している。パキスタンは全部で34のILO条約を批准しているが、このうち8つの基本的な中核的ILO条約について、結社の自由に関する条約、そして強制労働の廃止、児童労働の撲滅、さらには平等について、これまで7つの条約に批准してきた。しかし、これまで批准してきたILO条約の規定と国の法律との間にはいくつもの矛盾がある。
 パキスタンの2005年における労働組合数は7,000を超え、加盟組合員数は150万人を超えている。
パキスタンでは以前ICFTUに加盟してきた3つの団体、APFOL、APFTU、そしてPNFTUが、総結集による労働者への貢献を図るために、1994年にパキスタンの都市であるアボタバードで会合を開き、いわゆるアボタバード宣言に署名した。さらに準備を重ねた結果、2005年9月7日にイスラマバードで大会を開催、組織統一を実現して現在のPWFが成立した。日本の連合結成以降にアジアで実現した唯一の統一であり、加盟組合員数は約90万人、加盟組合数は400を超えるもので、パキスタンの組織労働者の70%を超える組織になっている。