2017年インドの労働事情

2017年9月8日 講演録

インド労働者連盟(HMS)
ヒナカウシャ マーマディナス シャイク氏
(Ms.Hinakaushar Mahmmadyunus Shaikh)

西武鉄道従業員組合支部長

パラルベン パレシュチャンドラ ラヴィ氏
(Ms.Parulben Pareshchandra Raivi)

西武鉄道従業員組合アーメダバード支部 女性委員会委員長

 

【概要】

 日本の約8.8倍の面積(約329万平方キロ)、人口は12億人余りである。(80%弱がヒンドゥ教徒、14%余りがイスラム教徒)政治体制は共和制である。経済成長率は2年連続7%台(年度ベース)と高成長であった。高額紙幣の廃止や統計の改定の影響が景気減速を招いたものの、2017年も引き続き高成長の基調は続くものと見込まれている。物価はここ数年5~6%台(HMSデータ→2015年5.88%、2016年6.32%)だが、2017年は食品のデフレ傾向を要因として、過去最低水準(HMSデータ→2.23%)の見通しである。労働状況だが、労働者の大半(90%超)が非組織(インフォーマルセクターと同義)であり、ディーセントワークには遠く及ばない厳しい環境におかれている。ナショナルセンターは複数(10数組織)あるようだが、その組織率は10%前後とみられる。

1.厳しい労働状況-経済への貢献とは裏腹に保護されない非組織労働者

 非組織労働者(インフォーマルセクター労働者)には、様々な業態(契約労働者、店員、商業施設従業員、農業、畜産業、革の産業など)に働く自営業者や労働者が該当するが、その置かれた状況は大変厳しいものがある。低賃金に甘んじ、残業手当などもなく、未払い賃金が発生したり、社会保障も提供されていないなど、法の保護もない極めて劣悪な労働条件と環境の中におかれている。しかし、こうした非組織労働者は「使い捨て(hire and fire)」が比較的容易にできることもあり、労働人口の92%(HMSデータ)をも占めるに至っている。しかも経済はこの層の貢献なくしては成り立たない存在になってしまっている。

2.インドの歴史を映す労働関連法の成り立ち

 インドの労働法令は英国の植民地という歴史から、まず繊維製品を巡る英国産織物との闘いに起因してつくられた工場法(1883年)である。これはインドの人件費を引き上げる(競争力を弱める)ために導入されたものである。こうした流れの必然として労働組合がつくられるに至るのである。(1920年)もっとも、肝心の労働組合法がつくられるのはその後のこととなる。(1926年)このように、インドにおける労働関連法は歴史を映すように次々とつくられていったというのが特徴である。
*1923年労働災害補償法、1936年賃金支払法、1948年最低賃金法、1947年労働争議法、1970年契約労働法  上記の他に、産業別の法律(1951年プランテーション労働法、1976年奴隷労働制度〈廃止〉法、1979年州間出稼ぎ労働者法etc)もある。これらも植民地であった立ち位置を映し、奴隷労働のようなひどい慣行の廃止または禁止をするものと、労働時間や勤務条件を規制することで搾取的労働状況の規制をしようとするものである。しかし、今日これら労働関連法の成り立ちの趣旨が引き継がれているといえるかどうか。というのは、ILOの中核的労働基準にある結社の自由および団体交渉権が未だ批准されておらず、今なお増大する非組織セクター(前項)にとって不幸な現実になっているからである。

3.5つの課題に果敢に挑戦するナショナルセンター(HMS)

 HMSが直面する課題は5つある。①規模が小さい②資金力不足③政治問題化④組合の多重化⑤賢明な労働力の欠如がそれらである。
 ①については、現状組合の4分の3近くが組合員数500人未満であり、組合規模の小ささが、なによりも交渉力の弱さを暗示しているということである。②については、組合の規模の小ささが財務状態に直接影響するということである。すなわち、それに伴う会費も少なくなり、組合は福祉活動を行うことができない。③については、インドの組合運動の重大な欠陥があるということである。すなわち、指導者が外部(職業政治家)が入ってきたことで、労働者の利益よりその人の所属する政党の指導者に従うことになってしまう。多くの場合、こうした政治指導者は、労働問題の背景、労働組合主義の基本、業界情報を知らないばかりか、一般教育すら身につけていなかったりすることもある。こうしたリーダーの指導の下では、健全な基盤の上で効率的に機能することは期待できない。④については、最近の労働組合主義が同業者、信条、宗教に基づく多重化という特徴を呈しているということである。多重化が進めばさらに組合が分裂し、より小規模な組合が増えていくことになる。⑤については、効率的・意図的かつ効果的に運動をコントロールできる賢明な労働力(人材)が欠如しているということである。その原因は、教育の欠如、民族・宗教・カーストによる分断、移住や移動の多さ、自意識の欠如、非正規労働者の存在などにある。
 HMSは、こうした課題に対し、組合員の加入促進、会費の値上げによる財務状況の改善、政党とのつながりをなくし、組合指導者を教育して、国レベルから国際レベルに高めるなどにより、多くの、問題課題の解決に懸命な努力を傾注している。

4.爆発的に増える非組織労働者-苦悩する労働組合運動

 インドは発展途上国として高成長を遂げてきている。この発展に貢献しているのは非組織労働者(いわゆるインフォーマルセクターの労働者)だといえる。非組織労働者は全労働人口の93%(INTUCデータ)を占めており、経済発展の60%(INTUCデータ)を担っているとみられる。この流れは、90年代初頭(1991年)の自由化、民営化、グローバル化に端を発しており、今日的な非組織労働者の爆発的な増加はいわば必然的といっても過言ではない。とりわけグローバル化の波の到来と新経済政策の導入後は、組織労働者の力が減ぜられ、労働組合運動に苦悩をもたらす事態となっている。
*「非組織労働者または非典型労働者」(インフォーマルセクター)のカテゴリーは以下の通り。
①契約労働者(建設労働者を含む)②小規模産業で雇用される労働者③臨時労働者④手織機・力織機労働者⑤ビディ(巻きたばこ)・Cigar労働者⑥店員・商業施設従業員⑦掃除人及び屑拾い⑧なめし革工場労働者⑨部族労働者⑩家内労働者⑪その他保護されていない労働者

5.進む労働をめぐる法整備―労働者がリスクにさらされる落とし穴も

 現在、インド政府は既存の労働関連法を統合しようとしている。まずは「労使関係に関する労働法典」と「賃金に関する労働法典」の統合を既に提出し、残りの「安全衛生・労働環境」と「社会保障・福祉」の統合も今後に提出が見込まれている。その「社会保障・福祉」についてだが、多くあった社会保障関連の労働法(従業員退職準備基金及び雑則法、従業員国家保険法、退職支払法、出産手当法、従業員補償法など)を統合し、社会保障と福祉に関する法典を目指すものだ。この狙い(政府の主張)は、法体系のシンプル化であり、合理化を意図したものとされている。その中身といえば、社会保障組織をすべて解散し、労働法典に基づき設立される州委員会を通じ、(州政府が)組織労働者、非組織労働者双方に給付するというものである。しかし、そうなると数百万人の労働者がリスクにさらされ、州政府の言いなりの立場におかれる落とし穴がある。
 政府がなぜこのような改正を行うかの意図についてだが、インドという国をグローバルな世界のモノづくりの中心にするための環境整備(Make in Indiaキャンペーンの強化)とみられる。政府はこうした意図を実現するために、他の法整備として、小規模工場に適用される新たな労働法体系-小規模工場法案なるものも提案している。現行の工場法は20人以上の従業員がいる工場に適用されるものだが、改正後は100人以上にしか適用されなくなるなど、新たな統合法典にある規定の多くが労働者の利益に反するものとなっている。ナショナルセンターと十分な協議もなく策定されていることからも、組合はこうした反労働者の規定に強く反対している。

6.連帯・団結を礎に全ナショナルセンターが力の結集へ

 グルーバル化に伴って多国籍企業の進出が多くなっているが、インハウスでの組合化は奨励しても、外部からの組合(ナショナルセンターなど)の立ち入りを禁じている。インドは国自体、ILO条約としてある組織化、団体交渉に関する条約を批准していないため、こうした権利を労働者に与えていない。当然ながら、多国籍企業においては団体交渉がほとんど行われていない。各ナショナルセンターは、こうした問題に対し、連帯・団結を礎に一致協力し、共通のプラットフォームに基づき取り組みを展開している。その具体例だが、G・サバジーバ・レディINTUC会長のリーダーシップの下、全てのナショナルセンターが参加する連合フォーラムが国レベルで立ち上げられ、全産業における契約労働者の廃止、最低賃金、あらゆる労働者のための社会保障対策、全ての労働関連法の効果的かつ一様な実施という課題を取り上げ、組織・非組織に関わらず全ての労働者のために力を結集した取り組みが図られている。

 以上のように多くの課題を抱え持つインドだが、とりわけグローバル化の中での国際競争力の維持強化、高品質な雇用の創出は喫緊の課題である。このためには、経済全体の向上、能力やスキルの高度化、社内知識の構築は必須のようである。つまり、グローバル化やデジタル技術の進歩が図られる中、古いインフォーマル経済から経済発展モデルへと、今こそ変化を受け入れるべきだということである。しかもそれは、組織部門と非組織部門の両部門で活動する労働者に対し、公平かつインクルーシブな発展モデルでなければならない。INTUCをはじめとするナショナルセンターの果たす役割はますます重い。