2015年インドの労働事情

2015年11月13日 講演録

インド労働者連盟(HMS)
ジャグディシュ ダッタトライ ゴッゼ

インド印刷局労働組合 書記長

 

1.労働事情全般

 インドには、ナショナルセンターが複数あり、HMSを除いて、すべてのナショナルセンターは政党とのつながりがある。われわれHMSのみが、完全に政治との関係性を持たないナショナルセンターである。私が所属しているインド印刷局労働組合は、紙幣やパスポートなど、セキュリティーや機密性の高いものを印刷している。組合員数は6000人強で、団体交渉の場でこの印刷局で働いている労働者を唯一代表している労働組合でもある。印刷局は、もともとは政府関連部門であったが、今は民営化され、さまざまな新しい政策や方針が打ち出された。以前、政府の管轄であったが、労働者にとって有利な休暇制度の導入を実現した。また、現役の従業員だけではなくて、退職した従業員、さらにはその配偶者のためにも、無償で治療が受けられる医療施設のための制度を導入した。また、以前の体制と同様に従業員にとって有利な、昇進に関するルールの策定等も実現し、1996年に生じた賃金格差を是正できた。
  インドは面積が非常に大きな国で、巨大な人口を抱えさらに成長を続けている国である。しかしながら、このような特徴・状況に対して、国の指導者が十分に理解していないため、その状況に合わせて変化をもたらすことができず、労働者保護のための労働法を導入する兆しもない。組織労働者の人口は大幅に減少している。さらには、仕事や業務がどんどんインフォーマルセクターに移行しており、労働組合員数も減少し続け、未組織労働者は労働法、社会保障等が適用されず、しっかりとした賃金制度、雇用の保障もなく、搾取されやすい状況にある。
 社会保障を利用できるのは労働者人口のわずか8%にすぎず、インフォーマルセクターに属する92%は、社会保障へのアクセスを持たない。長時間労働、低賃金、雇用保障・社会保障・出産手当の欠如、アウトソーシングの増加、労災時の所得補償なし、児童の危険労働、無給休暇、従業員国家保険(Employee State Insuarance)の不実施など、さまざまな問題がある。政府によるインフラ事業において技能訓練の機会は提供されているが、職業訓練を受けているのは、労働力人口の1%にすぎない。
 そして、長時間労働、無制限な労働時間のもとで働いており、特に女性労働者はあらゆる面において最も被害を受けている。女性労働者はあらゆるセクターにおいて最も賃金が低いにも関わらず一定水準以上のスキルを求められる場合が多い。しかし、たいていは未熟練労働者である。今なお社会保障はインフォーマルセクターのほとんどの労働者(特に女性労働者)を排除している。既存の制度は、主に組織化されたセクターに制限されており、インドの労働力人口のわずか10%しか対象とならない。女性労働者が直面している大きな問題は、セクシュアルハラスメントである。働く女性の60%は、職業生活の中でセクハラに直面している。抗議の声を上げる女性1人に対し、数百人の女性が黙って苦しんでいたり、仕事を辞めたり転勤を余儀なくされている。長年、セクハラは働く女性にとって不可抗力として一部では考えられていた。しかし今では、いかなる女性もセクハラを自分の運命の一部として容認されるべきではないという意識が、少しずつ高まっている。 
 また、インドにおける大きな問題として児童労働がある。厳しい法律があるにもかかわらず、まだ大きな問題となっている。インド国内の移動労働者が多いのも特徴だ。これらの移動労働者は6000万人以上おり、これだけ多くの労働者たちをまとめて組織化し、労働組合を結成することは非常に難しい。

2.労働組合が直面している課題

 憲法は、結社の自由を規定しているが、労働組合を登録するための『労働組合法』はない。現時点では、多国籍企業において労働組合の結成や登録はほとんど困難になっており、民間セクターでは、労働組合つぶしが増えている。
 さらにインドでは、幾つかの州において労働組合の権利が制限される法律が存在している。現在、インド政府が検討しているのは、大企業に有利になるように労働法を改正して、海外からの投資をさらに呼び込もうとしている。
 基本的な労働組合権は保証されているが、さまざまな州において多くの点で制限が適用されている。国際労働組合総連合(ITUC)によると、労働組合の幹部や労働者に対し企業が背後になり、暴力事件がいくつも報告されている。多数の労働組合幹部がその活動のために逮捕され、嫌がらせを受け、さらには数千人の労働者が、基本的な団体交渉権の確立や労働組合承認を求めて違法なストライキや抗議に関与したとして、逮捕されたり、刑事罰に問われたりしている。
 労働組合は、若年者、女性、家内労働者、出稼ぎ労働者などの未組織労働者の組織化を重点化している。また、大規模なIT/ITES(IT-enables service; ITアウトソーシング)セクターの労働者を組織することは、労働組合にとって引き続き難しい課題となっている。
 2001~2002年以降、生産高における利益分配率は急増したが、賃金分配は激減し、購買力が弱体化している。インドは最低賃金の目安を導入したが、多くの州では拘束力を持たないままになっている。インド全土の賃金労働者1億7300万人のうち、約7300万人は最低賃金に達しておらず、これら低賃金労働者の約30~40%は貧困家庭で厳しい生活下にある。
 年間経済成長率は約7~8%とかなり高い水準を続けているが、労働者の生活水準は相応の改善を示していない。計画委員会の発表した数字によると、1日1ドル(約122円)未満の最貧生活を送る人の数は増加しており、最近の値上げとインフレが、インドの政党連合である統一進歩同盟(UPA)がひきいる政府と雇用主に対する労働者の不安と不満を高めている。
 インフォーマル経済の対応は、労働運動の優先事項の一つである。中央労働組合組織(CTUO;Central Trade Union Organisation)はインフォーマル労働者を組織し、その懸念に対応するための戦略を採り入れている。しかし、組織化へのリソース(財源)も増やす必要がある。
 インドにおける団体交渉は、依然として制限されている範囲が多く、既存の法体系による対応も制限されている。フォーマル・インフォーマル両方の労働者を巻き込んだ組合員加入の集中キャンペーンと併せて、現行法の適切な執行、最低賃金の確保、雇用保障等を実現させ、団体交渉権の範囲を拡大する必要がある。
 インドは世界最大の若年人口を抱えている。総人口の約66%は35歳未満で、人数にすると8億800万人を上回る。結果として、インドの労働力は今後10年間で年間800万人以上増加し、その大部分を労働市場に参入する若年者が占める。こうした若者を労働組合に加盟させることは依然として大きな課題であり、革新的な組織化手段と手法が必要となる。
 また、若年労働者、青年、家内労働者、移動労働者、ITセクターなどの未組織労働者の組織化に力を入れている。

3.課題解決に向けた取り組み

 これらの問題に対する対策は、[1]物価の上昇をコントロールする、[2]すべての基本的な『労働法』に対する適格な運用、違反に対する厳しい罰則処置、[3]全労働者共通の社会保障と、議会の勧告に沿った十分な財源を伴う国民社会保障基金の創設、[4]国および州の営利国営企業(PSU)への投資撤回の中止、[5]無期限の仕事に対する契約化の禁止、同一産業、企業における契約労働者と常勤労働者の同一労働同一賃金・給付、[6]『最低賃金法』の改正。賃金表に関わりなく一律の適用を確保し、法定最低賃金を月額1万ルピー(約1万8500円)以上に固定する、[7]ボーナス、退職のための積立基金の支払いに対するすべての上限と受給資格の撤廃や退職慰労金額の引き上げ、[8]国民全員に対する年金の保証、[9]45日以内の労働組合の登録義務づけとILO条約第87号(1948年の結社の自由及び団結権保護条約)および第98号(1949年の団結権及び団体交渉権条約)の即時批准――など、に対して、積極的に活動を推進している。

4.インドの労働組合運動の主な優先課題

  1. 労働権の確立と失業の解消:労働者の職業選択の自由、雇用を保障する。
  2. 賃金の上昇:生計費を確保するために賃上げを実現する。
  3. 住宅問題:すべての労働者が持家あるいは住宅を確保できるようにする。
  4. 結社の自由:労働者が「労働組合」を結成し、参加する権利について、政府および使用者による普遍的な承認を強く主張する。
  5. 御用組合(Company Union:企業主導):使用者による「御用組合」の結成に全面的に反対する。御用組合の設立を法律で禁止し、違反する使用者には重い懲戒処罰を科す。
  6. 御用組合(Yellow Union:政府主導):政府などから補助を受ける「黄色労働組合」の結成にも反対することで、労働組合運動の弱体化を阻止する。
  7. 農場・工場・オフィスその他あらゆる労働者:農場・工場・オフィスにおける労働者の条件の平等を達成する。
  8. 最低労働基準の確立:労働者が、余暇の機会を得て、その知的・身体的能力を十分開発することができるような労働時間および労働条件を与えられるようにする。
  9. 団体交渉とストライキの権利:団体交渉の権利とストライキ権を確実に獲得する。
  10. 社会保障:国民の社会保障を保証する。
  11. 教育と職業訓練:万人の教育機会の平等を実現する。
  12. 児童労働の撤廃:児童労働を生活のあらゆる分野において撤廃する。
  13. 経済的平等と社会正義:社会主義社会における「経済的平等と社会正義」に対する権利確保。
  14. 無階級社会:すべての国民、労働者においての階級やカースト、信条、人種、肌の色や性別においての差別を撤廃する。

*1ドル=122.62円(2015年11月13日現在)
*1ルピー=1.85円(2015年11月13日現在)