2008年 ベラルーシの労働事情

2006年2月1日 講演録

ベラルーシ民主労働組合会議(BKDP)
セルゲイ・ミハイル・チャルカッソフ

「ベラルーシカーリー」鉱山独立労働組合委員長

 

 鉱山独立労働組合運動の歴史は、ベラルーシの労働連合そのものである。始まりは1989年ソリゴルスク市で炭鉱労働者が多くの要求事項を掲げストライキを行った。その要求は賃金の値上げ、労働条件の向上、共産党の独裁の廃止であった。また、価格上昇への抗議、政府の交代も要求した。ストライキ委員会の指導部が労働組合の委員長となり、新しい労働運動の発展の基礎を築き、これが民主労働組合組織の設立につながった。
 独立鉱山労働組合は2005年の12月で結成15周年を迎えた。1992年に初めて賃金協定を結んだ。この締結により、賃金が3倍から4倍に増えたが、これは44日間のストライキの結果であった。
 1993年に使用者との間で、最初の団体協約が締結され、鉱山労働者の労働時間が1時間短縮された。1992年6月、市場の価格を監視する委員会が設立された。1998年のストライキの後、労働協約に規定された賃金率を追加の引き上げの協定を結んだ。
 ストライキ、ピケットライン、デモ等の要求活動の結果、鉱山労働者の年金が約2倍に引き上げられ、企業内年金の追加システムが導入された。
 政府と労働組合の関係は常に難しい関係にあり、政府は労働組合会議や独立労組を廃止しようとする方向に動いている。
 ILOの調査委員会が、6ヵ月間の調査の結果、政府が労働者の権利を侵害していることを指摘した。
 例えば、事前の許可なしでは労働組合をつくることができない、大統領令により、労組をつくる場合の最小人数が大きくなっている。これにより、労組結成の可能性が制限されている。政府はストライキ権の侵害、反労働組合活動の保護政策をとっている。
 2004年、ILO調査委員会は報告書を発表し、政府に対し、基本勧告を直ちに実行するよう勧告し、専門家が現地に入り、労働組合と協議を行ったが、このILOの勧告は実施されていない。
 現在、BKDPに反対する労働組合組織がつくられ、協約に基づいていない長期労働協定を結ぶようになってきている。機関紙の発行停止、出版社の閉鎖が行われ、独立労組の機関紙も発行停止となった。
 政治面を見ると、現在議会は、ソビエト時代にあった政治信条を異にする人達を迫害する条項を採択している。1994年に議会制から大統領制に変わり、議会の権限というものがほとんどなくなっている状態にある。大統領の独裁により、労働者の権利、情報公開の自由、団結する自由などが侵害されています。