2011年 ボツワナの労働事情

2011年10月21日 講演録

ボツワナ労働組合連盟(BFTU)
Mr. ガザニ・モハチャ

 

1.労働情勢(全般)

 ボツワナは1977年にILOに加盟した。1988年に初めて2つのILO条約(14号、19号)を批准し、1997年に7つの中核的条約(182号以外)を含む12の条約を批准した。(現在は8つの中核的条約はすべて批准(182号は2000年に批准)、計15の条約を批准している。)
 主な労働・雇用に関する法律は4つある。一つ目は1982年に制定された雇用法で、労働時間、休日数、離職手当などに関する雇用条件について規定している。二つ目は、2004年に制定された改訂労使紛争法があり、職場における労使紛争に関する規定をしている。これに基づき、仲裁・調停パネル、労働審判所が設置される。また、この中に労使関係に関する規定が盛り込まれている。三つ目は、1984年に制定された労働組合・使用者団体法で、労働組合、使用者団体の設置に関する規定がされている。ILO87号条約、98号条約を批准後、この条約に合致するよう2004年に改定が行なわれた。四つ目は2008年に制定された公務員法で、公務員の労使関係に関する規定がされている。2004年の労働組合・使用者団体法の改正に伴い制定された。これ以前ボツワナでは、公務員が組合を結成することは許されておらず、改訂の結果、公共部門の公務員も組合を結成することが可能となった。

2.労働組合が現在直面している課題

 1947年、北部のフランシスタウンで、初の民間部門労働組合であるフランシスタウン・アフリカ人従業員組合が結成されたが、この組合は経験不足と内部抗争、横領などで1953年に破綻しまう。その後、幾つかの産業別組合が形成されたが、それぞれ特定の政党との関係を持っていた。
 1972年にナショナルセンターを設立しようとする機運が高まり、第1回ボツワナ労働組合連盟の運営委員会が開催され、1977年になって、ようやく6つの構成組織でボツワナ労働組合連盟(BFTU)が設立された。現在も、BFTUは労働者を結びつけて統合していく上で、大変重要な役割を果たしている。また1977年は、ボツワナがILOに加盟した年である。
 1983年、ザンビア労働組合会議のフレデリック・チルバ、マラウイ労働組合会議のチャクフワ・チハナ、また現在ジンバブエの首相となっているモーガン・ツァンギライの努力により、アフリカ南部地域の国々の労働組合の総連合であるSATUCCが設立された。本部はハバローネにある。
 2010年、それまでBFTUに加盟していた公務員の組合が離脱し、別の産別に移ったことから2つの団体に緊張が生じ、労働運動が不安定な形になり、労働者の直面する問題解決が難しい状況に追い込まれている。また企業別組合が乱立し、ほとんどの小規模企業別組合は、スタッフ不足、能力・資金不足という困難な状況にある。比較的大きな組合が小さな組合の分も負担しなければならないという状況に追い込まれ、それがBFTUの内部の分断化という結果につながっている。
 また、結社の自由、あるいは団体交渉などに関する使用者側の違反行為が見られる。このような違反行為は、政治とのコネクションを持っているビジネスマンなどによって行われる場合が多い。
 今年前半に公共部門でストがあった。このスト後、政府が新しい規則を決定し、必須サービスの範囲を拡大することを発表した。ILOの基準では必須とは思われないサービスまで、政府が必須サービス一覧表に組み込んでしまったのは問題である。しかも、この問題に関しては、2つの労働団体間で対応が異なり、組合側が一つにまとまり、結束して政府に働きかけるということができない状況にある。
 また、民間部門労働者(総労働人口の推定60%以上)の過半数が組合に未加入であり、インフォーマル部門の組織化も喫緊の課題である。

3.課題解決に向けた取り組み

 BFTUの諸課題への対応としては、現在公務員側の連盟に働きかけし、労働者の問題解決のために連携する道を模索しているところである。また、使用者団体であるボツワナ商工会議所と、二者間協議のための機関を設立する作業を進めている。BFTUとしては、未組織部門における組合結成プロジェクトを開始し、製造業、運輸業、民間警備業において、組織化が成功している。また、ILOと労働内務省の支援で、インフォーマル労働者向けビジネス改善プロジェクトを開始した。

4.ナショナルセンターと政府との関係

 BFTUは唯一の公認ナショナルセンターとして、あらゆる三者構成機関(仲裁・調停委員会、労働審判所など)において労働側を代表している。野党支持との疑いをもたれている他は、政府との間で表立った反目はない。