2017年 タイの労働事情
国際労働組合総連合タイ協議会(ITUC-TC)
ラタナチャー・ペチャラット
NCPE加盟 ダイワ精工労働組合委員長
パイロート・ウィジ
LCT加盟 キッツタイ労働組合議長
タイ自動車労働組合会議(ALCT)
アットチャラー・スクーンタム
いすゞエンジン部品労働組合副書記長
タイ産業労働組合連合(CILT)
パッタナ・パナサ
タイ繊維・被服労連財政担当
1. タイの労働情勢
2015年 | 2016年 | 2017年(見通し) | ||||
実質GDP(%) (出典元) |
2.9% (国家経済社会開発 委員会事務局) |
3.2% (国家経済社会開発 委員会事務局) |
3.3% (国家経済社会開発 委員会事務局) |
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物価上昇率(%) (出典元) |
-0.9%
(タイ中央銀行) |
0.6%
(タイ中央銀行) |
2.2%
(タイ中央銀行) |
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最低賃金 (時間額・日額・月額) (出典元) |
□時間(37.5バーツ) □日額(300バーツ) □月額(9,000バーツ) (賃金委員会) |
□時間(37.5バーツ) □日額(300バーツ) □月額(9,000バーツ) (賃金委員会) |
□時間(38.75バーツ) □日額(310バーツ) □月額(9,300バーツ) (賃金委員会) |
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労使紛争件数 (出典元) |
(2013年) 82か所92回 (労働基準開発局) |
(2014年) 104か所117回 (労働基準開発局) |
(2015年) 100か所114回 (労働基準開発局) |
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失業率 (出典元) |
0.9%
(国家統計局) |
1.0%
(国家統計局) |
1.3% 6月まで
(国家統計局) |
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法定労働時間 (出典元) |
8時間/日 (1998年 労働保護法) |
48時間/週
(1998年 労働保護法) |
時間外/割増率 1.5倍 (1998年 労働保護法) |
休日/割増率 2倍 (1998年 労働保護法) |
通貨名 バーツ(Baht)=3.29円(2017年6月20日現在)
最低賃金に関しては、今年のメーデーに労働組合側は政府に対して1日360バーツを要求したが、まだ回答はない。現在の最低賃金310バーツが適用されるのはバンコクと周辺県のみ。
2.労働法制、社会保障の特徴
タイの労働関係法には、労働保護法、労働関係法、労働安全衛生環境法、社会保険法がある。労働保護法は雇用、解雇、福利厚生、就業時間、休日など労働者を保護するものである。労働関係法は労働者の団結権、労使交渉の権利に関する法律である。労働安全衛生法は労働者を就業中の事故や病気から守る法律である。社会保険法には3種類あり、被保険者約1,000万人のフォーマルセクター労働者を対象とした保険制度、約150万人の退職者向け保険制度、約230万人のインフォーマルセクター労働者を保護する保険制度である。
1975年労働関係法は42年経ち、組合設立に関する条文など時代遅れとなったため、現在改正中である。社会保険委員会では、保険加入者の歯科医療費を600から900バーツに総額、定期健康診断の実施、定年退職者への給付総額のため老齢基金保険料の15,000 から20.000バーツへの引き上げの改正を行った。
タイ労働法の特徴は労働者、労働団体、使用者がそれぞれ政府に対する権利・義務の基準を定めている点である。社会保険法は全体的に観て、労働者にとって有益な法律と成っている。
3.不安定雇用の問題とインフォーマルセクター労働者の現状
国家統計局の労働統計によると、3,530万人の労働者の内、インフォーマルセクターの労働者は2,250万人(62.1%)、フォーマルセクター労働者は1.380万人(37.9%)となっている。
競争の激化する現在、経営者は経費削減のために雇用方法を変え、有期契約雇用や請負形式(サブコントラクト)を増やすことが多くなっている。有期契約労働者は正規従業員と同等の福利厚生や公正な待遇を受けていない。以前は労働組合規約によりこのような労働者は組合員になれなかったこと(規約改定により現在は組合員になれる)、各事業所に分散すること、移動が多いなど理由で、労働組合の結成がむずかしい。また、技能を持たない労働者が多く、失業のリスクの高いグループでもある。有期契約労働者は業績が認められないと、契約更新できない状況もある。
インフォーマルセクターの労働者の課題は、安全衛生面で保護を受けていないこと、社会保険の権利を充分に行使していないこと、団結が困難なために法律で定められた各種サービスを受けられないこと、能力開発の機会が得られないなどの問題がある。
公式な団体がなく、交渉力もない。労働者としての権利を理解していないことが多い。
4.労働組合の直面する課題
労働組合結成上の課題として、労使関係法に基づく関係機関における結成手続きや書類作成が煩雑なことが挙げられる。また、労働組合結成の手続きを実行する人を保護していないことも問題である。
労働者は組合に参加すると解雇されるのではないかと不安を持っている。労働組合幹部の法律に関する知識不足も労働組合の運営を難しくしている。
労働関係法の実効性も問題である。裁判所に提訴すれば長い時間がかかり、労働者には資金も時間もない。これにより、法律で定められた公正性を享受できない。
労使関係にプロの法律家が介入して、労使関係システムを破壊している。これがロックアウトやストの発生につながっている。
タイは現在、軍事政権下にあるため、国外からの投資家がタイへの投資に不安を持っている。国の方向を示すロードマップ、選挙がいつ実施されるか、国民は待っている状況にある。
組合の設立は大きな課題で、忍耐力が必要である。組合を作ろうとする場合は、まず現場に出向き、協力者、対象グループを探す。そのコミュニティーのリーダーにも会って、組合の目的に関する理解を深めたり、意見交換したりする。しかし、場所によっては協力を得られない地域もある。
もう1つの問題は組合費の徴収である。企業レベルの組合ではチェックオフが認められていることが多いが、使用者がチェックオフに同意してくれない場合もある。これはナショナルセンター共通の課題となっている。特に、産別からの会費徴収では、組合員数を実際よりも少なく申告する問題がある。
5.課題解決への取り組み事例
加盟組合の事例として、サハキットウィサーンという自動車の中に敷くカーペットを製造し、国内及び海外に販売している会社がある。経営者が日本人で、組合はタイの繊維・被服労連(TWFT)に加入している。社内での問題として、日本人経営者がタイの労働法については全く理解していないこと、労働者の声に耳を貸さないことがあった。解決方法として、労働者と労働組合と安全衛生委員会などが一緒にミーティングをして共通要請書をまとめ上げ、経営者に認めさせることができた。
6.アセアン経済共同体(AEC)発足の影響
これまでは国境を越えた労働移動はめんどうだったが、今ではラオス、ベトナム、ミャンマーからタイへの労働力の移動が増えた。当初は専門職が外国に流出するのではないかと言われていたが、今のところそのような動きはない。むしろ、漁業やメイドの仕事で外国からの労働力が入っている。タイがAECのハブとなる方向は見えてはいない。来年選挙が行われるものと期待しているが、新政府がAECにおけるタイの役割を明確にすることを期待する。
国土は日本の約1.4倍、人口は6千5百万人余りである。(仏教94%)国民の尊敬を集めたプミポン国王が崩御(2016年)され、2017年は軍事政権から民政復帰へと進むその岐路にあり、複雑で不安定な政情を呈している。インフォーマル労働者は全労働者の50%を超えるまでになっており、大きな問題として浮上している。経済成長率は3%前後で推移している(ASEANの中では極めて低い)。長期の経済ビジョンである「タイランド4.0」(タイが目指す第4段階として持続的な付加価値を創造できる経済社会の実現)を巡って、雇用が失われるのではとの労働界からの懸念が示されている。労組組織率は約4%である。
タイ製造業労働者総連合(CILT)
スタティップ サンカブット
タイ旭硝子労働組合チョンブリ支部 委員長
1. 不平等な労働時間・法律違反の休日設定・タイランド4.0など課題山積
現場には多くの課題が山積している。不連続シフトの従業員は、日勤や連続シフト対応者に比べ長い労働時間に対応しなければならない。平等取り扱いを求め労使間の話し合いが進んでいる。また、下請け会社の休日日数が法を下回る状況に対処できていない。組合は労働保護福祉局に書簡で改善させるよう働きかけているが、当局の不誠実な対応で未だ解決を見出せずにいる。タイランド4.0により、雇用が失われる懸念が問題として浮上している。労使で解決策を見出すべく臨時会議を呼び掛けている。
2. 「タイランド4.0」への前向きな対策を提案
労働力にとって代わる技術導入などを図る「タイランド4.0」への懸念が高まっている。会社が進める「タイランド4.0」施策は50人分の雇用削減となった。今後もこうした施策の推進は働く人を不安に陥れ、成長のメリットを働く人が享受できないという矛盾したものとなっていく。組合は労使がウインウインの関係となるような施策による問題解決を求め、臨時会議を提案している。そのポイントは機械合理化で余剰となる人員を解雇することなく、品質監査(QA)へのシフトにより、人材活用を図るということである。顧客の品質向上要望にもこたえられるものであり、クレームの低減や信頼性の向上により受注増大が期待できるなど、単なるコスト削減ではないところに妙味がある。新しい協調的な労使関係の積極的な役割を訴え働きかけを強めている。
タイ製造業労働者総連合(CILT)
ナタワット ウォングスディー
タイ金属工業労働組合 書記長
1. 道遠い労使融和・カギ握る組合の歩み寄り
労使融和の重要性を認識しながらも、現実には未だ道遠しの感が強い。会社側の組合活動への非協力的な対応、昇進などでの差別待遇、組合の弱体化を狙いとする職場における従業員の選別的対応、組合の交渉力をそぐような外部法律顧問による労働紛争対応、あるいはトイレ時間の規制といった些細なことまで、問題を上げれば枚挙にいとまがない。「タイランド4.0」でも雇用削減という懸念が差し迫っている。しかし組合は直面する問題に目をそらすわけにはいかない。その解決策として、会社への協力がカギを握るとの認識のもと、その良好な関係構築に努力していく。
2.身近な課題から労使協力の構築は始まる
良好な労使関係はそう簡単に構築できるものではない。些細なことの積み重ねが重要となる。会社が組合費の給料口座からの天引きを了解した。身近な課題から労使協力の構築が始まるものであり、この成功は小さくて偉大な一歩である。さらに会社が開催する福利厚生委員会や安全委員会に参加し、様々に提案する機会を得ている。雇用条件や福利厚生の改善に確かに組合が役割を果たしていると自負している。良好な労使関係の構築とその定着に向けた取り組みは緒に就いたばかりである。
タイ製造業労働者総連合(CILT)
ワンディー チャンネム
タイ電線関連労働組合 副委員長
1.組合メンバーの知見を高め労使の信頼関係を高めることが肝要
組合メンバーの知見レベルに赤信号が灯っている。労働法知識、交渉スキルの乏しさが目立っている。新たな組合役員を中心にこれらのトレーニングが喫緊の課題となっている。ただでさえ会社側の組合への嫌忌色を払しょくできない中で、対等に話し合いができる知見を持たなければ、足元を見られ、信頼関係の下での協調した施策づくりなどできようもない。また、組合メンバー同士の啓発もできず内部で反目しあうことにもなりかねない。労使が協調的になるために、まず自らのメンバーのトレーニングを急ぎ、労使の信頼関係を高めることが肝要だと認識している。
2.少しづつだが労使協調の動きが始まっている
組合内部に抱える課題はあるものの、幾つか労使協調の成果が見えてきている。企業の社会的責任(CSR)に関しては、社内外での合同活動が実現している。また、月例会議に参加し、会社の事業推進状況の把握ができるようになった。さらに、組合活動のための休暇休憩の承認を会社側に要請する権利を持つことができるようにもなった。加えて、組合活動のための場所の提供や、外部活動の場合の交通費を会社が負担するなど、少しづつだが労使協調の動きが始まっている。