2019年インドの労働事情

2019年10月4日 講演録

 国際労働財団(JILAF)では、建設的労使関係強化・発展チームとして、多国籍企業・事業所が数多く進出している各国(インド、インドネシア、マレーシア、フィリピン)の日系企業に所属する労働組合リーダーを招へいし、健全かつ労使関係のさらなる強化・発展を通じた雇用安定・労使紛争の未然防止に活かしてもらう観点から、日本の労働事情や建設的な労使関係などを学んでもらった。そのプログラムの一環として、各国の労使対等・自治に基づく取り組み(好事例)の共有化を図るため、10月4日(金)に「労働事情を聴く会」を開催した。
 以下は、その報告の特徴的概要をまとめたものである。 

基本情報

 インドは南アジアに位置し、パキスタン、中華人民共和国、ネパール、ブータン、ミャンマー、バングラデシュと国境を接している。面積は日本の約9倍、328.7万平方キロと広大である。人口はおよそ13億4千万人(世界第2位)、この内72%がインド・アーリア族、25%がドラビダ族である。言語はヒンディー語(41%)、ベンガル語(8.1%)、テルグ語(7.2%)、ウルドゥ-語(5%)など多様であるが、連邦公用語はヒンディー語、補助公用語は英語である。宗教はヒンドゥー教徒がおよそ80%、イスラム教徒が15%弱である。政治体制は共和制(2院制)をとっている。1947年に英国から独立、1974年には核兵器を保有、3度にわたる印パ戦争も経験している。
 社会経済情勢だが、経済はサービス業などを軸に堅調な成長で推移している。(GDP成長率は、2016年7.1%、2017年6.7%)その経済構造は、GDP産業分野別比率(2016年)で、サービス業等62%、製造業等23%、農業等15%となっているが、労働人口産業別比率では、農業等が47%、サービス業等31%、製造業等22%となっている。モディ首相は製造業振興スローガン「メイク・イン・インディア」を掲げ、モノづくり強化で、雇用創出、技能の向上、研究開発の強化と技術革新を図り、輸出競争力をつけ貿易赤字の解消を目指している。2.5億人いるといわれる中間層の消費拡大が進む一方で、1日約1ドルで暮らす貧困ライン人口は4億人弱にのぼり、貧困が大きな問題となっている。1人当たりGDPは1939ドル(2017年)物価水準(消費者指数)は3.7%となっている。
 ナショナルセンターは13を数える。今回参加のインド労働者連盟(HMS:2015年ITUC統計の組合員数は5,788,822人)、インド全国労働組合会議(INTUC:2015年ITUC統計の組合員数は8,200,000人)と、女性自営労働者連合(SEWA:2015年ITUC統計の組合員数は1,351,493人)の3組織がITUCに加盟している。さらに、この内11ナショナルセンターは、政策課題に関する緩やかな組織として労組中央協議会CTUCC(Central Trade Union Coordination)を結成、政府への働きかけを協力して行っている。

*主な概要は外務省情報による。その他にJILAF基本情報、ITUC情報、報告者情報などを参考にした。

インド労働者連盟(HMS)
ニッティン カント
全国インド・ヤマハモーター労働組合 職場委員

インド全国労働組合会議(INTUC)
タニガイベラン ジョディ

光生ミンダ・アルミニューム労働組合 書記次長

セトゥ サンダラム
光生ミンダ・アルミニューム労働組合 財政担当

 

労働市場が直面する5つの課題

 個々組合の具体的な取り組みに触れる前に、労働市場に対するナショナルセンターレベルの課題認識を提起しておく。

①余剰労働力の発生

 インドの労働市場は余剰労働力に苦しんでいる。第1次、第2次、第3次産業とも十分な需要が生じていないため、膨大な数の労働者が余剰となっている。人口増加率が高いため、多数の労働者が途切れなく追加され、既存の労働者は労働市場における大きな余剰と化していく。

②未熟練労働者の増加

 もう一つの大きな課題は、未熟練労働者の数が増え続けていることである。十分な職業訓練施設がないため、国内の労働者の技能育成は遅々として進んでいない。このおびただしい数の未熟練労働者は、自営業者になるのも難しく、失業者の大群と化している。

③熟練労働者の需要の欠如

 3つ目は、熟練労働者を活用しようとする需要が極めて低いことである。多くの若者は、工学や職業訓練課程などの実業教育を修了して技術を身につけても、第2次産業での需要が欠如しており、高学歴失業者を生み出すという大問題をもたらしている。

④マネジメント不足

 4つ目は、いわゆるあらゆる場面でのマネジメント不足が否めないということである。適切な求人情報不足しかり、労働力・労働者の適正な活用をコーディネートとするような機関がないこと、児童労働問題や適切な人員計画の欠如などに苦しんでいる。こうした労働者の円滑な活用を妨げるマネジメント不足が様々な問題を引き起こしている。

⑤深刻な失業問題

 これらの課題は総じて深刻な失業問題という形に集約されて表れてくる。膨大な数の労働者は、1年を通じて、または季節の一定期間において、部分的または完全な失業状態を受け入れなければならない状況に見舞われる。一般失業であったり、高学歴失業、季節的失業、偽装失業など形は様々だが、これらの問題が日に日に憂慮の度を深めている。加えて、失業の憂き目に遭わずに来た官民両セクターや、行政・サービスセクターで実施されている人員削減政策も加わり、深刻さが度を増しており、インド労働市場に暗い影を投げかけている。

現場からの報告(2つの組合の取り組み)

[全国インド・ヤマハモーター労働組合]

①困難を極める組合員化-組合員の減少と契約労働者の増大

 組合が抱える問題は、雇用者が非常に増えているのに組合に加入する数が少なく、組織拡大ができないばかりか減少しているということである。この原因は、会社が契約労働者を多く雇用することに起因している。私たちの会社の例を挙げれば、1990年5000人の組合員を擁していたが、現在では1100人と大幅に減少している。現状6000人が働いているので、残り4000人が契約労働者になってしまっている。これはひとえに、契約労働者の組合加入が会社側の意向に握られている結果からである。会社が「イエス」と言わない限り加入はできないのである。この状況は広くインド企業に起きている現実である。
 増え続ける契約労働者が組合員でないとしても、その賃金水準が低い状況の改善は労働者全体の問題であり、組合が取り組むべき大きな課題である。最低賃金の決定は政府にしかその権限が与えられていないため、直近の9月30日にHMSやその他の全国規模の組合組織が、政府に対し12月31日までに最低賃金を引き上げるべきとの要請を行った。

②良好な労使関係がもたらす妙案-退職組合員の子供の採用と組合員化 

 私たちの労使関係は極めて良好で、3ヵ年合意を結び様々な課題を話し合う取り組みが進んでいる。その1つとして、先に触れた組合員の減少課題に対し「雇用者の息子」という制度導入を提案し、成果を上げることが出来た。インドでは58歳で退職となるが、組合としてみれば強力な組合員という支柱を失うことになり痛手となる。そこで、退職組合員に替わり、その息子や娘を雇ってもらい組合員へ導くというものである。現状10人退職者がいれば、その7人分に対し、息子や娘を雇ってもらうことができることになった。良好な労使関係がもたらした妙案といえるだろう。

③つらい決定を待つ工場合併と配置転換-決断は長い目で見た組合員の幸せ 

 本年1月に3つある工場(ファリダバッド、ノイダ、チェンナイ)のうち、2つの合併(ファリダバッドをノイダに)と組合員500人全員の配置転換というスリム化提案を受けた。提案の理由は、工場の老朽化と現在のインド自動車産業の不況への対応というものであった。配置転換に伴う特別手当、遠くなる通勤への手立てを講じることなど最大限の取り組みを図ったが、組合員の全面的な理解を得ることは難しく、つらい決定を待たなければならない。しかし、会社の存続と長い目で見た組合員の幸せを考えれば、残された期間にも、時間をかけて様々な場面で受け入れへの理解を求めていかねばならない。会社提案からかなり期間がたっており、最終的には来年3月までに決定がなされることになる。JILAFで学んだことを生かしながら取り組みを進めていく。

[光生ミンダ・アルミニューム労働組合]

①INTUCと共に進める取り組み-交渉力強化、安心感、参加意識、帰属意識を拠り所に 

  私たちの会社は、2011年に設立され、従業員は550人である。インドで初めて超成形合金ホイール技術を採用した企業であり、自動車メーカー各社(ホンダ、スズキ、日産など)にOEM製品のアルミホイールを提供している。組合活動は、交渉力の強化や、傘下にあることの安心感、参加意識、帰属意識などから、INTUCの存在を拠り所に共に歩んでいる。その取り組み課題は、「賃上げと労働条件の改善」、「労働者の地位の向上」、「迫害や不当労働行為から労働者を守ること」、「労働者の士気を高める福利対策」、「女性労働者を差別から守ること」、などである。また、INTUCが行っている様々な活動の恩恵にも浴している。それは、全労働者に対する保険の提供や、勤続5年での表彰、メーデーなど毎年恒例の祝日お祝い行事、介護手当の支給などである。

②丁寧な話し合いが功を奏した労使関係-日常的な不満に対応する投書箱の設置も 

 労使関係をしっかり構えるためには、工場内のメーンの組合活動家の再教育(カウンセリング)を実施し、外部からの影響の排除を図ると共に、職場における信頼と信用の確立に腐心している。その一環として、職場が抱える日常的な不満に対応するための投票箱を労使合意によって設置することが出来た。このことで、労働者側から経営側へのコミュニケーションの仕組みができ、フィードバックされることで意思疎通ができるようになってきた。また、良好な労使関係による従業員・組合員の福利の全面的確保についても紹介しておきたい。インドでは自動車市場が不況に陥る状況にあり、操業停止や工場活動の休止などが懸念されたが、こうした対応を回避すべく丁寧な話し合いが行われ、効果的な生産計画により雇用を守ることが出来た。良好な労使関係が功を奏したという意味で意義深い。組合は今後とも月ごと、週ごとのミーティングを行い職場での問題解決に力を注いでいく。

2019年6月27日 講演録

 国際労働財団(JILAF)では、将来を嘱望される各国(フィジー、インド、ネパール、フィリッピン、スリランカ)若手労働組合活動家を招へいし、それぞれの国の労働運動に活かしてもらう観点から、日本の労働事情や建設的な労使関係などを学んでもらった。そのプログラムの一環として、各国の労働を取り巻く現状や課題などの共有化を図るため、6月27日(木)に「労働事情を聴く会」を開催した。
 以下は、その報告の特徴的概要をまとめたものである。

基本情報

 インドは南アジアに位置し、パキスタン、中華人民共和国、ネパール、ブータン、ミャンマー、バングラディシュと国境を接している。面積は日本の約9倍、328.7万平方キロと広大である。人口はおよそ13億4千万人(世界第2位)、この内72%がインド・アーリア族、25%がドラビダ族である。言語はヒンディー語(41%)、ベンガル語(8.1%)、テルグ語(7.2%)、ウルド-語(5%)など多様であるが、連邦公用語はヒンディー語、補助公用語は英語である。宗教はヒンドゥー教徒がおよそ80%、イスラム教徒が15%弱である。政治体制は共和制(2院制)をとっている。1947年英国から独立、1974年には核兵器を保有、3度にわたる印パ戦争も経験している。
 社会経済情勢だが、経済はサービス業などを軸に堅調な成長で推移している。(GDP成長率は、2016年7.1%、2017年6.7%)その経済構造は、GDP産業分野別比率(2016年)で、サービス業等62%、製造業等23%、農業等15%となっているが、労働人口産業別比率では、農業等が47%、サービス業等31%、製造業等22%となっている。モディ首相は製造業振興スローガン「メイク・イン・インディア」を掲げ、モノづくり強化で、雇用創出、技能の向上、研究開発の強化と技術革新を図り、輸出競争力をつけ貿易赤字の解消を目指している。2.5億人いるといわれる中間層の消費拡大が進む一方で、1日約1ドルで暮らす貧困ライン人口は4億人弱にのぼり、貧困が大きな問題となっている。1人当たりGDPは1939ドル(2017年)物価水準(消費者指数)は3.7%となっている。
 ナショナルセンターは12 を数える。(報告者)今回参加のHMS(約918万人、649組織・15連合会)、INTUC(約3470万人、26産業別組織・6426組合)とSEWAの3組織がITUCに加盟している。さらに、この内11ナショナルセンターは、政策課題に関する緩やかな組織として労組中央協議会CTUCC(Central Trade Union Coordination)を結成、政府への働きかけを協力して行っている。
(注)概要の概ねは外務省、JILAF情報。

インド労働者連盟(HMS)
イバグヤシュリ
サルマ ンド労働者連盟(HMS)デリー支部 中央執行委員

インド全国労働組合会議(INTUC)
クナル マハジャン

インド全国労働組合会議(INTUC) 委員

ソクリット クマール
インド全国労働組合会議(INTUC)ヒマーチャルプラデーシュ州 青年委員会 副委員長

 

労働を取り巻く現状と課題

[HMS]
1.組織の効率化・有効化が最大の課題
-不十分な人材管理(適正な能力・技能開発)・懸念される組合員の特権意識

 HMSが認識する最大の課題は(企業)組織の効率化・有効化である。この欠如こそが組合の組織強化を阻む原因にもなっているからである。JILAFプログラムに気付きを得たが、天然資源のない日本の復興の原動力が人材であったこととの対比からは、インドも人材のスキルを磨き、それをもってして国の活力を上げていかなければならない。
 インドでは、1926年に労働組合法が施行され、最低7人の組合員を有すれば登録できるようになった。ただ、登録時点で、当該組合が関係する施設又は工場において雇用されている労働者数の10%又は100名(いずれか小さい方)の労働者が組合員でなければならない規定になっている。こうして結成された組合の役割は、団体交渉、個別交渉の双方に取り組み、労働者が搾取されることを防止し、その立場を守ることにある。一方、労働を容易にし、企業の生産向上を目的とした労働関係法令も多く制定されている。こうして整備されてきた法令があるにもかかわらず、常に組合が抱えている問題がある。その内容こそが組織の効率化・有効化を阻む2つの問題点なのである。その1つは不十分な人材管理(適正な能力・技能開発)であり、今1つは懸念される組合員の特権意識である。
 不十分な人材管理(適正な能力・技能開発)という問題は、組織(企業)にその必要性認識が低いというところにある。どのようなスキルが必要なのか労働者に伝えていない。人材は組織の大切な資産であり、成功をもたらす力であるが、この管理コントロールが適切でなければ、組織が衰退していくという危機意識を持たなければならない。管理職は従業員の行動を理解、予測、管理し、適正な能力・技能の開発をすることが不可欠である。
HMSは、特に若年層を支援することで、労働者全体のスキルやメンタル面での改善・向上につながるよう企図している。また、能力開花を期待する人が適切な必要技能を習得できる職業訓練プログラムを提起している。
 懸念される組合員の特権意識という問題は、端的には労働者の保護を促す各種法令を自らの特権と勘違いし、濫用・悪用と見まごうような対応になっていることである。「労働市場が雇用者側に偏向している」という伝統的立考え方が故に、各種労働関連法がややもすると過剰な保護を促してきたのかもしれない。しかし、法に悪乗りする特権意識などは現に戒めなければならない。HMSは、組合員にそもそもの組合の目的や組合文化(モラル)の理解を図るよう、様々な意識改革プログラムを行っていく。また、硬直的(慣習に固執する)な労働市場に一石を投じる改善の取り組みもみられる。例えば、石炭・炭鉱関連産別では、与えられたポジションに居座る慣習的なあり方を廃するとして、リーダーを投票制で選択する対応が図られたことを紹介しておく。

2.問題の多い労働法の統合化-求められる公平な改正着地点

 直面する問題に労働法の統合化がある。労働市場の硬直化を防止するためにとの表向きの理由はあるが、44余りある法制が4つに集約・統合されることは改悪の方向といわざるを得ない。4つとは、賃金に関する規制、雇用関係・労使関係に関する規制、社会保障と福祉に関する規定、そして労働衛生及び労働条件に関する規定である。工場労働者に関しては、14余りの法律が適用されない状況が生まれることになる。総じて7割余りの労働者が何らかの悪影響を受けるとみられる。使用者側の利益の最大化と労働者の搾取の構図を容認することはできない。改める方向は、やはり労使双方に公平な着地点でなければならない。国際レベルで問題を浮き彫りにしていくため、他の組合とも共同戦線をはり対処していく。 

3.労働力人口の9割が非正規-変わらぬ雇用パターン

 インドの労働力人口は約4億8700万人を擁している。これは中国に次ぐ規模である。しかし、組織化されているのはわずかに2750万人、そのうち1730万人は政府や国有企業の雇用者である。特徴としてみれば、労働力人口の半数が農業や低生産性の事業に従事していること、約9割が非正規で劣悪な環境下で働いており、低生産性と低賃金という実態にあるということである。もちろんダイナミックな動きもある。それは、自由化やグローバル化という動きの中で、高学歴層を中心に新しい流れが起きてきていることである。とはいえ、雇用パターンはなかなか変わらない。ナショナルセンターへの役割期待は大なるものがあると認識している。

[INTUC]
1.多くの課題に直面する組合-求められる地道な対策の積み上げ

 インドの組合が直面する課題は山積している。まず、①小規模組合が圧倒的に多く、交渉力が弱いということである。当然ながら、②小規模がゆえに財政力も弱く、組合としての福祉活動も行えない状況である。また、③組合リーダーが政治と不可分な立場(どこかの政党に属しているなど)にあり、時として組合がその組合員を守ることよりも、政治指導者の方針に従ってしまうという事態が生じることである。今インドでは全ての政党が何らかの形で組合を利用しようとして介入してきている。選挙のために組合を利用しようとする政党もある。さらに、④技能、信条、宗教などのカテゴリーごと組合ができてしまい、乱立の状況となっている。その結果組合間対立や労働者間の軋轢を生むとともに、小規模化の元凶にもなっている。最後に、⑤知識を備えた労働者の不足を挙げておく。教育の欠如、人種・宗教・言語・カースト・移住による分断、自意識の欠如、非正規労働者の固定化などがもたらす結果が、知識ある労働者の不足を生み出し、組合運動を効率よく行うことを妨げている。この他にもいくつか見過ごせない課題がある。それは、▶登録組合の大多数が中央労働組合(CTU)に所属しない独立組合であること、▶民間セクターの大多数の労働者は組合に加入していないこと、▶大多数の労働者は組合未加入であり、季節労働者は組合に加入していないこと、▶契約労働者や外部委託(アウトソーシング)労働者は、常用労働者に施される各種給付の恩恵に浴していないこと、などである。
 挙げれば枚挙にいとまのない多くの課題だが、1つ1つを地道に取り組み、改善につなげていかなければならない。その取り組みを列挙すれば次の通りである。まず、①「組合員増加運動と労使の信頼構築」である。労働者へ絶えず運動への参加を呼び掛けることで小規模組合を大規模組合に変えていくとともに、労使の信頼関係を構築し、生産性向上による利益の生み出しにも貢献することである。次に、②「財政強化」である。組合が有効に機能するためには、健全な財務状況が不可欠である。新たな組合員を増やすとともに、寄付など他の資金調達手段を確立しなければならない。財政の改善は組合独自のサービス提供を可能にすることになるからである。さらに、③「政治の悪影響をなくす対策」である。政治の影響を排除するためには、組合として内部指導者・リーダーの擁立を図っていくことである。労使双方が協力してこの対策を講じるべきである。そのために必要なことは、▶経営側に対し内部指導者への迫害をゼロにすることを約束させること、▶指導力のスキル、経営技術・プログラムなど職業訓練を労働者に提供すること、▶組合の幹部や専任の執行部に特別休暇を認めること(組合活動のために仕事をしなくてもよいような特別休暇)、などである。4点目は、④「組合間対立の最小化対策」である。組合間対立を最小化するため、改めて1969年の全国労働委員会(NCL)の勧告を検討していく必要がある。その勧告内容とは、▶内部リーダーの育成強化によって政党と外部者の排除、▶唯一の交渉代表権者としての承認を通じた団体交渉の促進、▶組合承認システムの改善、▶組合保障の奨励、▶組合間紛争が組織内解決をみない場合、労働裁判所に紛争解決の権限を持たせる、の5点である。5点目は、⑤「統一労働戦線の構築」である。組合乱立によるエネルギーの浪費をさけ、他の登録組合と共同戦線を張ることを一歩進め、一種の労働党結成とそこへの国内全組合の加入を目指すべきである。そうすることで組合は十分な力を得ることになる。

2.先進国並みの労働環境へ-カギ握る政府と組合の協力

 インドの労働を取り巻く環境は他の開発途上国に比べ良好であるものの、先進国並みとなるにはほど遠い現状である。労働者の約94%は、家内労働、農業労働者など未組織セクターに従事しており、医療や社会保障給付を全く受け取っていない。多国籍企業の大半は労働法を遵守するものの、有期雇用契約者と正規労働者の労働条件(給与)には差があり搾取されている。また、多国籍企業以上に状況の悪いのが政府セクターで働く有期雇用契約者および外部委託による雇用者であり、金銭的給付や報酬支払の遅延という憂き目にあうこともある。
 インドが独立(1947年)した当時、社会保障は整備されておらず、労働環境は極めて貧しい状況であった。政府はこの改善を目指し、労働条件に関わる工場法(工場における労働時間や安全衛生について定めた法 1948年)、社会福祉に関わるEPF&MP法(労働者積立基金及び雑則法 労働者の退職後の生活保障のため、会社及び労働者に課された一定額の拠出義務を定めた法 1952年)、ESIC法(労働者州保険法 労働者の疾病、出産、業務上の負傷に関する給付のための基金制度を定めた法 1948年)、最低賃金法(1948年)などの立法化に尽力した。こうした改善が労働者階級の状況改善につながったことは間違いない。軌を一にして、当時いくつもの組合が結成され、この動きも改善を後押しすることとなった。こうした労使の努力を思い起こしながら、今日における労働状況の改善に向け、政府と組合は、かつてにも勝る協力のもとに取り組んでいかなければならない。