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2022年 ケニアの労働事情 (アフリカ・中東チーム)

2022年9月9日 報告

国際労働財団(JILAF)は、2022年8月22日~26日、ケニアの労働組合活動家に日本の労働事情などについての知見を深めてもらうためのプログラムを実施した。プログラムはCOVID-19パンデミック禍の下にあって、オンラインにより実施されたもので、以下は、参加したCOTU(K)(ケニア労働組合中央組織)代表による報告等を参考にまとめたものである。

ケニア労働組合中央組織(COTU(K))

R.A
COTU(K)プログラムコーディネーター
S.N
COTU(K)チーフエコノミスト
B.O
COTU(K)コミュニケーションマネージャー兼事務局長付

1.基本情報

面積は約58万3千平方キロ(日本の約1.5倍)、人口は約4,980万人(2021年、IMF推計)、政治体制は共和制をとっている。
経済成長率(実質)はIMFのデータによれば2018年が5.63%、2019年が4.98%と好調であったが、新型コロナウイルス感染症の影響下にあった2020年については-0.32%(推計)まで低下した。しかし、2021年には回復し7.23%(推計)となっている。
主要産業(2019年現在)は農業がGDPの37%を占め、特に紅茶、切り花、コーヒーは主要輸出品となっている。続いてGDPシェアが大きいのは運輸・通信の10%で、これに商業・レストラン・ホテルの9%、製造業の8%が続いている。
消費者物価上昇率は2018年が4.69%、2019年は5.20%、2020年5.29%、2021年6.11%で(IMF)、高い水準が続いている。また、一人当たりGDP(名目)は2018年が1,983米ドル、2019年が2,111ドル、2020年は2,080ドル、2021年2,205ドルであった(IMF、2020年以降は推計)。
最低賃金は、2022年5月26日現在の月額は15,120ケニア・シリング(2022年9月14日現在で125.5米ドル相当)で、前年の13,572シリングから11.4%アップとなった。
失業率は2021年10月現在6.6%で、2018年頃までの10%超の高失業率と比較すると改善している。
労働組合のナショナルセンターはケニア労働組合中央組織(COTU(K))で、約300万人を組織している。ITUC(国際労働組合総連合)ならびにOATUU(アフリカ労働組合統一機構)に加盟している。

2.労働運動が直面する課題

(1)機械化の進展

特に農業分野で進む機械化は、組合員に大きな悪影響を与えている。機械化で雇用を失う労働者の数は膨大で、ケニア農園・農業労働者組合(KPAWU)所属組合員は過去10年間に30万人以上が失職している。労働組合は、労働者に十分な補償が行われるよう求めるとともに、同じ労働者が機械オペレーターとして働き続けられるようにするための教育訓練の実施を要求している。

(2)ギグ・エコノミーの台頭

運輸・接客業では地位が曖昧な労働者が増加している。デジタル・タクシーが運営され、料理のデリバリーサービスを扱うGLOVOが台頭する中で、地位が曖昧な労働者の問題は、交通関連労働組合(TAWU)や家事・ホテル・教育機関・病院関連労働組合(KUDHEIHA)といった労働組合に影響を及ぼしている。労働組合としては、この問題へのアプローチとして、労働者の権利に関する意識の向上、労働法見直しに向けた三者構成の取り組み、組織化といった、複数のアプローチがあると考えている。

(3)COVID-19の影響

今回のパンデミックにより、職場にこれまで以上に技術革新がもたらされ、概して仕事の再定義が行われる状況となっている。そうした中で、労働安全衛生を職場において確保するための集団的努力が見られるようになった。労働安全衛生は今や職場における基本的権利であることに鑑み、その主流化の流れが始まったといえ、これを確実なものにしていかなければならない。

(4)産業部門別組合の複雑化

ケニアでは国の経済構造に基づき経済部門を31に設定し、賃金協議会もその部門毎に31設置されている。しかし、近年はこの数を超える産業部門別組合が結成され、そのことが紛争を招く結果となっている。労働者は企業別ではなく産業部門別に組織化されているが、同じような部門において複数の産業部門別組合が競合する形となり、労働者の取り合いが始まっている。COTU(K)は紛争解決委員会を設置しこの問題を調査しているが、それぞれの棲み分けをどうするかを含め、持続可能な方針の策定を検討している。

(5)組合員の減少

COVID-19、機械化の進展、インフォーマル・セクターで働く労働者の増大、不安定労働の増加を背景として、COTU(K)の組合員数が減少している。言い換えれば、インフォーマル・セクターの労働者の組織化は困難であり、また、仕事の性質の変化も組織化を難しくしている。

(6)政治と政策

これまでの政権は、反労働者的政策を執る姿勢を見せてきた。腐敗に通じるような増税などが例として挙げられる。労働組合への政治指導者による脅しなどもあり、そうした政治指導者は強力な労働組合を脅威とみなしている。

3.最近の労使紛争事例

(1)労働争議の概要
  • ケニア有数の紅茶製造企業F社とケニア農園・農業労働者組合(KPAWU)との間で16年間にわたり続いている労使紛争で、F社が2006年に茶葉摘み取り機を導入したことが問題の発端となっている。

  • 労働組合はF社による茶葉摘み取り機導入に対し、2006年5月に機械の使用中止を要求し、ストライキに入る手続きを開始した。これに対して、労働大臣が機械の使用を即刻中止するようF社に命じたが、F社はこの命令を不満とし高等裁判所に提訴した。高裁はF社側の立場に立つ命令を発し、組合には機械の使用を中止させる権利はなくF社は機械の使用を停止させられる必要はないとした。労働組合はこれに抗議し控訴したが、F社の勝訴は覆らなかった。

  • 紛争の主な争点は、技術革新に労働組合や労働者の関与が許されない下で機械化が実施され、適切な補償プランも無いままに組合員や非組合員が失職(過去10年間に約30万人が失職)することにつながり、かつ労働条件は劣悪(長時間労働、不十分な支払い、労働安全衛生環境の欠如など)な状況が続き、新しい仕事を引き継ぐことができるよう再教育プログラムが労働者に提供されるわけでもないことにある。労働組合のこうした指摘に対して、F社は生産性の向上には機械化が必要であり、法律上の問題もなく、経営者には独立した意思決定権があると主張している。
(2)労働争議の結果
  • 労使紛争は既に16年間にわたって続けられているが、労働組合の立場からは、何ら進展がない状態にある。

  • 但し、2022年8月に実施される予定の大統領選挙を控え、全ての大統領候補が紅茶の摘み取りにおける機械の使用禁止を約束したため、政治的な問題へと発展し、今後の展開が注目されるところとなっている。