活動報告 各国の労働事情報告

2022年 バングラデシュの労働事情 (アジアユース非英語圏チーム)

2022年10月21日 報告

バングラデシュ自由労働組合会議(BFTUC)

シャヒド・ウラー
ニルマン・スロミック・コルモチャリ連盟 書記長(BFTUC組織局長)
スマイヤ・リパ
バングラデシュ自由労働組合会議 女性委員

バングラデシュ民族主義労働組合連合(BJSD)

モハマド・カムルル・ハサン
バングラデシュ・ジャティヤタバディ・スラミック・ダル 青年委員会 書記長

バングラデシュ労働連盟(BLF)

アンワール・ホサイン
バングラデシュ労働連盟(BLF) 副書記長

バングラデシュ自由労働組合連盟(BMSF)

タニア・アクター
ラーマン・カミカルス労働者従業員組合 ユース・セクレタリー

バングラデシュ・サンジュクタ組合連盟(BSSF)

マクスダ・アクター
バングラデシュ・サンジュクタ組合連盟(BSSF)女性委員(組織化担当)

労働組合連盟(JSL)

トンドラ・ビスワス
労働組合連盟(JSL)バゲンハット支部地域協同組合 支部長

基本情報

バングラデシュはインド(東側)・ミャンマーと国境を接するとともに、ガンジス川下流域を有し、ベンガル湾に面している。面積は日本の約40%(約14.8万平方キロ)であるが、人口はおよそ1億6千万人余りで人口密度が極めて高い。宗教は9割弱がイスラム教徒である。政治体制は共和制(1991年の憲法改正で大統領制から議院内閣制へ)をとっている。その独立は1947年(東西に分かれたパキスタンとして)となる。その後、さらにバングラデシュ独立戦争を経て1971年にパキスタンからの独立が果たされる。経済状況だが、リーマンショック以降の2010年代の成長率は高く、2019年には過去最高の8.15%となっている。新型コロナウイルスの影響から一時経済は落ち込んだが、2021年度のGDP成長率は6.94%と回復傾向にある。順調な経済成長を背景に、2018年には国連のLDC卒業基準3項目(①1人当たり国民所得、②人的資源開発の程度を表す指標、③外的ショックからの経済的脆弱性を示す指標)を全て達成し、中所得国を目指している。(2026年LDC卒業)しかし、国民の生活は依然厳しく、貧困、安全衛生、9割近くが法制度の保護を受けられないインフォーマルセクターに就労するなど、大きな課題を残している。その経済構造は、衣料品・縫製品(アパレル産業)などの輸出(輸出の約8割を占めている)、海外からの送金、並びに農業セクターによって支えられているが、今後の持続的発展を図るためには、多様な産業分野の拡大、電力・道路などのインフラ整備が欠かせない。とりわけ、依存度の高いアパレル産業では、2013年4月に発生した「ラナプラザの悲劇」(縫製工場が入った商業ビルの崩落事故による死者多数という大惨事)があり、労働環境の深刻な劣悪さが浮き彫りとなった。さらに政情だが、2016年7月、ダッカ市内にあるレストランへの襲撃テロが発生し、日本人7人を含む22人が犠牲となったことからは、依然としてテロの危険が存在している国情であり、新たにロヒンギャ難民問題なども抱え持っている。
労働者を束ねるべきナショナルセンターは20前後を数え乱立している。このうち有力6組織がITUCに加盟し、ITUC-BC(ITUCバングラディシュ協議会)を形成しているが、結びつきの意識は低いようである。因みに、6ナショナルセンター(BFTUC<バングラデシュ自由労働組合会議>約6万人、BJSD<バングラデシュ民族主義労働組合連合>約12万人、BLF<バングラデシュ労働連盟>約12万人、BMSF<バングラデシュ自由労働組合連盟>約18万人、BSSF<バングラデシュ・サンジュクタ組合連盟>約9万人、JSL<労働組合連盟>約76万人)の組合員総数は133万人あまりだが、労働人口・雇用人口が6千万人以上とみられることから、他のナショナルセンターの組織数を考慮しても組合組織率はかなり低い状況である。ナショナルセンターが真に労働者の拠り所となりえるか、そのあり様が問われている。

  • *主な概要は外務省情報による。その他にジェトロ情報、ウィキペディア、JILAF基本情報、報告者情報などを参考にした。
◇バングラデシュの労働事情
1.弱い立場の労働者-その原因をなすインフォーマルセクター従事者の増大

バングラデシュの労働情勢は、相変わらず弱い立場の労働者という言葉に集約される。バングラデシュ統計局の調査では、労働人口(6600万人)の9割近くがインフォーマル経済に従事しており(5500万人)、その増大こそが立場の弱さの原因となっている。インフォーマルセクターの中身は、船舶解体、タカ使い、小規模産業、在宅勤務者、建設業、ホテル・レストラン、水産業、人力車、運輸など広範なものであり、こうした働き場に労働法にカバーされない労働者が働いている。使用者はいつでも労働者の解雇を行うことが出来、理由もなく職を奪うことも珍しくない。給与が不定期給であったり、勤務時間に定めがなかったり、健康保険もなく、社会保障もないなど、ないない尽くしの上に、このセクターに多く依存している女性に対し、産休も許可せず、時には暴力やセクハラが行われることもある。そうした弱い立場に置かれていても、労働者自身が自分たちの権利や責任を認識しておらず、組織化などは当然困難であり、労働組合のリーダーも組織を効果的に運営するための十分な能力と知識を有しているとはいえず、使用者側から脅かされるなどの憂き目にあっている。三者構成による労働規則改革委員会が設立され、こうした問題に取り組んでいる。(BMSF、BFTUC)

2.厳しい状況に晒される労働者の生活-普通の生活に月額21700タカが必要

普通に生活するために必要な赤裸々な費用は次の通りである。世帯当たり月額21700タカ(日本円で約31899円)と見積もられる。その内訳は、米一袋3300タカ、5リットルのオイル1000タカ、カレー市場2000タカ、魚1500タカ、薬2000タカ、化粧品800タカ、酒類市場2000タカ、電気代600タカ、ガス代1200タカ、家賃7000タカ、モバイル300タカ、以上である。(肉費用は見積もりから除いているが、通常1ヵ月に2キロ、1600タカの加算が必要)
現状、労働者の生活は厳しい状況に晒されている。その原因は、コロナ・パンデミックの影響も受けてか、商品価格が上昇し、賃金が未払いとなったり、政治的な混乱状況などから引き起っていると考えられる。(BFTUC)

3.弱者に届かない社会保障-適用されないインフォーマルセクター労働者

フォーマルセクターに働く労働者には、各種の社会保障制度が準備されている。しかも、公的部門は民間部門より多くの恩恵に浴する優位性がある。公的部門では、準備基金、年金制度、保険、教育、老齢、寡婦、祭事、障害者の各手当が提供されている。民間部門では、プロビデントファンド(退職金給付制度)、団体保険、教育費、出産休暇、育児休暇などが提供されている。しかし、インフォーマルセクター労働者は、フォーマルセクター労働者と同じ社会保障の恩恵を受ける機会がない。弱者に一番必要な制度が届かない現状なのである。(BMSF、BFTUC)

4.福音となるか改正労働規則の施行-明記された「正社員」(常勤雇用)の定義

上記したように、インフォーマルセクター労働者への社会的保護の足取りは重いものの、労働を巡るルール作りは進んできている。2015年に改正された労働規則の施行が本年(2022年)9月からスタートした。修正と追加が101件行われ、中では、「正社員」(常勤雇用)の定義が明記されたことが注目に値する。その定義は、恒久的な労働が180日以上継続していること、という内容である。この他にも、女性に対するセクハラ禁止規則が導入されたり、女性労働者の夜勤労働における同意書の短期化(12カ月ごとから1カ月に)が図られるなど、肯定的な改正施行が行われた。こうしたルールの適用が、やがてインフォーマルセクター労働者にも及ぶよう、労働組合としての取り組みを図っていかなければならない。(BFTUC)
こうした状況ではあるが、国家機関のエージェントであるSramik Kalyan Fandation(労働者福利協会)を通じ、労働組合が関わって労働者に福祉支援を提供している。(JSL)

◇バングラデシュの労働争議
1.争議の根底にある健全でない労使関係-枚挙に暇のない労働不安

バングラデシュにおける労働争議の根底にあるものは、健全でない労使関係である。もっとも、大多数の労働者はインフォーマルセクターに属しており、そもそも労使関係を築くことが困難であり、労働組合が積極的な役割を果たせていないのが現状である。しかも、フォーマルかインフォーマルかに関わらず、労働を取り巻く環境は枚挙に暇のない不安に覆われている。その不安のいくつかを上げれば、不安定な政治状況、政治指導者の労働運動への悪意ある介入、強力な労働組合の欠如、労働者の識字率の低さ、労働者と組合リーダーの労働法に関する不十分な知識、欠陥のある労働法、雇用におけるえこひいき、経営陣の不品行、雇用保障の欠如などが挙げられる。(6ナショナルセンター)

2.2つの争議形態-大きな影を落としたコロナ・パンデミックの影響

労働争議の原因は、大きくは2つに分類される。それは、経済的原因と非経済的原因である。経済的原因には、賃金、ボーナス、手当、労働条件などの報酬に関する問題があり、また、労働時間、無給休暇、不当な解雇や人員整理なども含まれる。非経済的原因には、労働者の犠牲、スタッフによる不当な扱い、同調ストライキ、政治的要因、無規律などが挙げられる。いずれの原因にせよ、この間のコロナ・パンデミックの影響は甚だ大きな影を落とすことになった。海外からの注文が途絶え、生産現場での活動が閉鎖や停滞に追い込まれ、多くの労働者が職を失ったり、賃金未払などの被害を被る結果となった。発生する争議は、使用者などの非協力的な姿勢もあり、適切な解決の道をたどることが困難で、工場内や労働裁判所で争議解決を図るのに、非常に長い時間を要することになった。(BJSD、BMSF)

3.争議の始まりはストライキ・終わりは法廷で-活かされぬ予防措置のための参加委員会

この間の労働者側の具体的な要求を示しておけば、労働組合への(組織化などの)権利付与、決められた日時での賃金支払い、工場における労働法の遵守、健康保持のための休暇付与、中間管理職のネポティズム(縁故)と差別の排除、などである。一方使用者側は、労働組合の活動を妨げる環境づくり、賃金未払い、労働法の遵守や労働者の苦情処理をしない、残業の強制、休暇を与えない、健康保護を提供しない、など真っ向対立の観点をとる姿勢となっている。もちろん、バングラデシュの労働法(2006年)の規定の根底にあるのは、調停、斡旋、裁定による紛争解決スキームであり、労使間の平和を促進し、調和のとれた友好関係を確立することである。しかし、現実にはほとんどの争議はストライキで始まり、訴訟による法廷での決着で終わる流れとなっている。バングラデシュでは、労働争議になる前に調停を行うことが義務付けられているが、少し古いデータだが、1990年~2004年で、毎年平均310件の紛争が持ち込まれているが、23%が成功し、48%が失敗という結果であり、調停は紛争解決のためには弱い手段だといえる。また、仲裁という方法もある。仲裁は労働争議を解決するための任意のプロセスであり、調停が失敗に陥った時の解決手段の1つである。しかし、実際には紛争は調停時に解決されるか、さもなくば仲裁の道をたどらず、労働裁判所へ行くことに関心が高いというのが現実である。(BJSD、BLF、BSSF)
そもそも、2006年労働法では、参加委員会の介入により、ごく初期の段階で労使紛争を最小化するための手段を提供している。参加委員会は労働者と使用者の同数代表で構成される2者構成機構である。主な機能は、帰属意識と労働者のコミットメントを教え、発展させることにある。具体的には、①使用者と労働者間の相互信頼、理解、協力を促進するよう努力すること、②労働法の適用を確保すること、③規律意識を育み、安全、労働衛生、労働条件を維持すること、④職業訓練、労働者教育および家族福祉を奨励すること、⑤労働者とその家族に対する福祉サービスを向上させるための手段を採用すること、⑥生産目標を達成し、生産コストと廃棄物を削減し、製品の品質を向上させること、などを念頭に置いている。こうした考え方に基づく参加委員会が機能すれば、労使関係は一段と良好なものになるはずなのだが、残念ながら、参加委員会を構成している産業や事業所は限られており、その役割は予防措置として活かされず、極めて限定的なものとなっている。(BJSD)