活動報告 各国の労働事情報告

2022年 カンボジアの労働事情 (アジアユース非英語圏チーム)

2022年10月21日 報告

国際労働財団(JILAF)では、新型コロナウイルス禍での来日交流が困難なことから、「オンラインプログラム」により、日本の労働事情や建設的な労使関係について学んでもらう取り組みを行っている。
以下は、参加国・参加者から提出されたそれぞれの労働事情報告の特徴的概要をまとめたものである。

カンボジア労働組合連盟(CCTU)

ウーチ・フォルナラ
CCTU職員 国際部担当
チョンモントル・ボラメイ
CCTU職員 会長秘書

カンボジア労働総連合(CLC)

ドゥン・ヴター
CLC職員 プロジェクト担当
ディン・マカラ
CLC職員 農業関係プロジェクト担当

カンボジア労働組合連合(CCU)

ロッチ・パンニア
カンボジアインフォーマルセクター協議会 総務部長
ミン・セイハー
カンボジアインフォーマルセクター協議会 副議長

基本情報

カンボジアはインドシナ半島の南部にあって、南シナ海最西部のタイランド湾に面し、西はタイ、北はラオス、東はベトナムと国境を接している。その広さは約18.1万平方キロ(日本の0.48倍)である。人口は約15.3百万人、その90%がカンボジア人(クメール人)である。言語はクメール語。宗教は大半が仏教だが、一部少数民族はイスラム教である。政治体制は、国王を元首とする立憲君主制である。その歴史は近隣諸国との戦い、諸外国からの侵略など、終始困難を極めた。そうした中にあっても、9世紀初頭に成立したクメール王国(アンコール朝)により建設された、ヒンドゥ―教寺院であるアンコール・ワット(12世紀前半)は、歴史の中の輝きとしてつとに有名である。現代に至ってもカンボジアは、その独立を巡り内戦が長く尾を引く。ベトナム戦争の影響は大きく、親米派のロン・ノル政権下でも米軍の空爆により多くの犠牲を強いられた。また、ベトナム戦争終結後は、実権を握るポル・ポト政権の実施した、原始共産制の実現を目指すクメール・ルージュの政策により、旱魃、飢餓、疫病、虐殺で何百万人(200万人以上とも)もの人々が犠牲となった。(1975年4月~1979年1月)その後も内戦は続いたが、1993年国連監視の下、民主選挙が行われ立憲君主制が採択された。その後、今日までフン・セン政権が長きにわたり統治を続けている。
主な産業は、農業(GDPの25%)、工業(同32.7%)、サービス産業(同42.3%)となっている。2020年の経済指標は次の通りである。GDP約260億米ドル、1人当たりGDP1655米ドル。経済成長率は、2011~2019年までは堅調な縫製品等の輸出品、建設業、サービス業及び海外直接投資の順調な増加により、年率7%を維持していたが、2020年は新型コロナウイルスの影響を受け、マイナス成長となった。物価上昇率は2.9%となっている。
労働情勢だが、労働人口は約890万人(2017年)、そのうち労働契約を締結している労働者が約200万人であり、500万人以上がインフォーマル経済分野で働いている。労働組合のナショナルセンターは10組織以上にのぼるが、このうちCCTU、CLC、CCUがITUCに加盟し、ITUC-CC(ITUCカンボジア加盟組織協議会)を結成している。

  • *主な概要は外務省情報による。その他にジェトロ情報、ウィキペディア、JILAF基本情報、報告者情報などを参考にした。

◇各ナショナルセンターからの報告

1.労働事情全般
雇用と成長に貢献する衣料品産業-懸念される低い労働条件

カンボジアは、1960年代後半から1990年までの30年間、大量虐殺政権(クメール・ルージュ)や、内戦、国内紛争にさいなまれたが、やっとそこから脱却し、今日的には東南アジア・太平洋地域で最も高い労働参加の機会を得た国となっている。とりわけ、衣料品産業の貢献は大きく、雇用と成長に寄与してきている。この産業セクターの稼ぎは政府歳入、特に直接歳入の主要な財源となっていると共に、経済における最大の正規雇用産業となっている。因みに2019年の実質GDP成長率(約17.0%)のうち、その貢献度は第3位であった。ただ、衣料品産業に働く労働者の労働条件は、切実に必要とされている割には低い現状にあり懸念される。カンボジアの労働組合の計算では、衣料品・縫製に働く労働者の賃金はパンデミック・ロックダウンの間、1億900万ドルが失われたとしている。また、パンデミック発生以降、114の縫製工場で働く労働者への未払い賃金や退職金を合わせると、支払われるべき金額は3億9300万ドルにものぼると推定された。(CCU、CCTU)こうした衣料品産業以外にも雇用の機会は生まれてきている。近代的なセクター、特に観光業や銀行業なども急速に成長し、高い教育を受けた労働者の受け皿となっている。しかし、公共部門(公立学校の教師など)で働く労働者の賃金は極めて低い現状にある。そのため、生活費を稼ぐために本業以外にアルバイトをすることも少なくない。(米、果物の栽培、魚釣りなど)また、近年カンボジア西部の農民は、様々な開発やアグリビジネスを計画する企業によって土地を奪われる事態が発生し、大きな不満を抱く事態となっている。成長には様々なひずみも出ており留意していかなければならない。(CCU)

経済発展を誘引した米国との二国間貿易協定-もたらされた労働条件改善の枠組み

カンボジア経済を世界経済へと誘ったのは、米国・カンボジア二国間繊維貿易協定(1999年~2004年)である。これにより、世界経済への参入は中央計画経済から自由貿易経済への移行を促進することに繋がった。EUの一般特恵関税制度(GSP)の下で、2011年からは「Everything But Arm 武器以外の全て」(EBA)の恩恵を受け始め、今日でもこれを享受し続けている。米国との貿易協定により、カンボジアは2016年から米国の旅行用品市場への特恵関税や免税権を獲得した。これら2つの貿易協定により、衣料品・履物部門を根付かせ、拡大させた。同時にこの協定は、カンボジアの労働条件の改善につながる枠組みをも作ることに繋がった。まさに協定下での輸出インセンティブの継続付与により、カンボジア労働者の労働条件改善の枠組みが偶発的に図られたともいえる。この間、カンボジア政府と米国政府は国際労働機関(ILO)の支援を受けた。カンボジアは国際労働基準へのコミットメントを示し、遵守するために、これまでに強制労働、結社の自由など13の条約を批准している。国内における労使関係の進展もみられ、労働問題への取り組みが図られている。具体的には、最低賃金審議会(NCMW)、労働諮問委員会(LAC)、労働組合・使用者団体・政府機関の三者構成による国家社会保障基金など、労働問題に取り組む二者構成・三者構成の社会対話プラットホームという枠組みを通じ、労使関係の進展がみられるようになった。(CCTU、CLC)

2.労働紛争の現状
経済発展に伴い発生する労働争議-未解決なNAGER WORLD社の労働争議の行方

カンボジアは2004年10月に世界貿易機関(WTO)に加盟し、投資、特に外国直接投資(FDI)に対し魅力的条件を与えたことで、上述の通り、衣料品、履物、鞄、旅行用品などの部門が堅調に成長し、他の部門でも経済活動が拡大し、労働者の賃金も増え、雇用機会も創出された。しかし、その一方で、新型コロナウイルス・パンデミックは様々な産業に負の影響を及ぼし、事業の一部閉鎖や解雇、長く勤めてきた人に対する退職金の未払いなど、労働者の権利を巡り労働争議が多発している。労働争議には、ストライキやロックアウト、ピケットなどの手段が用いられるが、経営側にも労働者側にも大きな影響を及ぼすものであり、遵法という基本の下、慎重な判断が求められる。争議の形には、個人的なものと集団的なものとがあるが、ここでは集団的な争議として、NAGER WORLD(ナガワールド)社の争議を紹介しておく。
カジノを生業とするナガワールド社も新型コロナウイルス・パンデミックの影響を大きく受けた。2021年4月に大量解雇に踏み切ったことから、集団的労働争議が始まった。組合は法に基づき解雇者への補償などを求めているが、この際に行っているストライキが違法であるとの当局見解から、参加者の排除が行われたことで、解決は闇の中となっている。引き続き組合側は平和的ストライキを実施し、適切な解決策を講じるよう求めている。経済推進と労働者の雇用保護を巡り、労働環境の枠組みが整いつつある中での難しい集団的労働争議となっている。(CLC、CCU)

3.労働紛争の原因と解決への組合の対応
団体交渉協約(CBA)や法の不遵守が原因に-求められる紛争解決システムの徹底

大方の労使紛争は使用者側のCBAを守らないことや、雇用契約に関する法の不遵守に端を発している。例えば、女性労働者に与えられた「子供が2歳になるまで粉ミルク購入のための追加手当の毎月支給」という契約だが、締結から10か月後に一方的に支給しないと発表され、CBAに対する不誠実な対応が露わとなった。また、雇用契約については、短期契約(FDC)と長期契約(UDC)があるが、短期契約は2年間だけのもであり、以降は自動的に長期契約へと移行する仕組みになっている。しかし、多くの使用者側は2年を超えても短期契約のままの取り扱いを続け、しかも労働職業訓練省からの検査も受けず、法を不遵守し、労働者を不安定な立場に追いやっている。さらに直近の新型コロナウイルス・パンデミックは労使紛争に拍車をかける結果となった。それは、工場や会社が閉鎖され賃金などの未払いが発生しても、新型コロナウイルス・パンデミックを口実に、使用者側が支払い義務を回避しようとしたことからである。
紛争は労使双方に様々な経験をもたらした。とりわけ未解決紛争は、労使間で暴力が多発したり、当局によるストライキやデモの取り締まりで武力行使に至るなどの結果を招いた。労働組合(CLC)としても、紛争解決のために、政府をはじめとするステークホルダーへの介入を求める共同要求や声明文を率先して作成し、提出した。こうした行動は、政府による現金給付の労働者への提供という結果につながった。また、新型コロナウイルス・パンデミック下にあって、労働者を搾取から守るため、賃金や補償金などの支払いを逃れようと亡命を企てる雇用者を逮捕するよう、加盟団体(組合)をリードし、政府への申し立てに協力した。さらに食べるものに事欠く労働者への支援として、連帯募金活動を提起するなど対策にあたってきた。こうした現状ではあるが、紛争解決の基本は、やはり法システムに基づく公平中立な執行であり、その徹底を期待している。(CLC、CCU)

4.組織化の現状と課題
乱立気味のナショナルセンター-重要となる連携の力

カンボジアにおける労働者の福祉を守る法的枠組みは、紆余曲折があったものの、着実に発展してきている。その中には労働法(1997年)、労働組合法(2016年)、社会保障制度法(2002年)などがあり、結社の自由と団体交渉の権利行使のための法的環境が整えられてきた。その結果、主要政党と密接な関係を持つ組合、独立した組織確立を目指す組合など、多種多様な組合(いわゆるナショナルセンター)が乱立気味に出現し今日に至っている。
カンボジア労働総連合(CLC)は、ナショナルセンターとしての力を持つためには、その核となる単組の結成が重要と考えている。しかし、そのハードルは高いと認識している。単組設立の要望は多くあるものの、雇用主側は組織化の動きを察知し、役員対象者へのいじめや契約解除など差別的な取り扱いを謀り、自発的退職に追い込むなど、妨害工作を行っている。確かに、法上では組織化は憲法に保障され、10人以上いれば単組結成ができ、7つの単組が協力関係にあれば連合会結成ができ、5つの連合会が集まれば連盟を構成できる、そしてその各連盟が統合されれば、日本の「連合」のような組織の形成も可能となる。しかしそれは理屈の上であり、現実は単組設立もままならないのが現状である。そうした背景もあり、単組間もナショナルセンター間も連携の力は弱い。労働者を代表するナショナルセンターが力を発揮するには、連携が最重要だと認識し、単組設立に取り組んでいく。