活動報告 各国の労働事情報告

2022年 インドネシアの労働事情 (インドネシア・フィリピンチーム)

2023年2月3日 報告

インドネシア労働組合総連合(CITU)

  • 医薬医療労働組合 局長
  • インドネシア金属産業労働組合連盟 ボゴール支部電気電子部門長

インドネシア全労働組合同盟(KSBSI)

  • インドネシア銀行労連 事務局長
  • インドネシア衣料繊維労連 会長

全インドネシア労働組合総連合(KSPSI)

  • 副事務局長
  • 女性委員会委員長

1.基本情報

面積は約191万平方キロ(日本の約5倍)、人口は約2億7,225万人、政治体制は大統領制・共和制をとっている。 経済成長率(実質)はIMFによれば2019年が5.02%、2020年が-2.07%、2021年が3.69%、2022年が5.33%(10月時点での推計)となっており、2020年は新型コロナ感染症の影響を受けて落ち込んだものの、2022年にはコロナ禍前の水準に戻してきている。インドネシアは、パーム油、石炭、ニッケル、錫の主要輸出国であるが、こうした商品はウクライナ情勢により価格が上昇し、更には輸出が急増し、経済成長の回復に寄与する結果となっている。また、運輸・倉庫業や宿泊・飲食業の伸びがインドネシア経済の成長の牽引役となっている。 インフレ率は、2019年が2.82%、2020年が2.03%、2021年は1.56%、2022年が4.63%(10月時点での推計)であった(出典:IMF)。また、一人当たりGDP(名目)は、2019年が4,194ドル、2020年が3,931ドル、2021年が4,361ドル、2022年は4,691ドル(10月時点での推計)であった(出典:IMF)。 インドネシアでは2030年頃まで人口ボーナス期が続くと見込まれる一方で、失業率は2020年7.1%、2021年 6.5%、2022年5.9%(出典:インドネシア中央統計庁)と高水準が続いている。 なお、2020年10月に雇用創出に関するオムニバス法が成立したことにより、雇用・労働面に様々な影響が出ている。最低賃金にも大きな影響が出ており、同法の成立で、州別(UMP)、県・市別(UMK)、業種別(UMSK)の3つのカテゴ リーで決定されてきた最低賃金のうち、業種別(UMSK)が廃止された。また、オムニバス法成立以前の州別最賃は「一人の労働者が適正な生活を送るために必要な費用」として、基本的に、物価上昇率と経済成長率の前年比を考慮して、独身の労働者が物理的に適正な生活を1カ月間送るために必要な複数の生活必需品目の総額として計算されてきていた。しかし、オムニバス法の成立で最低賃金額の算定は経済・雇用状況に基づいて行われることとなり、不透明感が残る状況が続いている。因みに、2022年12月8日までに発表された2023年の県・市別最賃(UMK)は、多くの地域で前年比6~7%台の上昇となった。 労働組合はインドネシア労働組合総連合(CITU)、インドネシア全労働組合同盟(KSBSI)、全インドネシア労働組合総連合(KSPSI)の3つのナショナルセンターをはじめ、多くの全国組織が存在する。これら3組織の内CITUとKSBSIがITUC(国際労働組合総連合)に加盟している。

2.労働を取り巻く現状と課題

(1)労働事情一般 -直面する課題-
  1. 労働者の質の確保:教育水準の低さと必要なスキルの不足により、労働者の質に課題がある。
  2. 高い失業率:労働人口に比べ求職数が不足しており、失業率が高い傾向が続いている。このため、政府による雇用創出策が奨励される状況となっている。
  3. 働き手の偏在:労働者の非常に多くがジャワ島で働くことを希望し、また、多くがジャワ島で働いている。このことにより労働分配に格差が生じ、競争の激化と就職が困難な状況をもたらしている。
  4. 労働争議:争議には権利紛争、利益紛争、雇用の終了に関する紛争、労働組合間の紛争がある。労使紛争は、労使間のコミュニケーションに効果が期待しにくい、根拠法が不明確であることから法や規則の解釈について労使間に相違がある、労使の権利義務関係が機能しない、一方的解雇がなされる、といった理由により発生している。また、インドネシアには数十のConfederationと数百のFederationが存在するため、同じ企業内において労働組合(労働者)間紛争が発生しやすく、組合員の地位や義務、権利行使に関する意見の対立が紛争の主な原因である。
  5. コロナ禍の影響:コロナ感染の拡大に対しては、労使は共同で予防策(ワクチン接種の実施や、健康エチケットの遵守など)を講じている。また、解雇の回避や賃金削減問題については、労使が対話に基づいて対応するよう奨励されている。労働組合は、コロナに感染しレイオフに直面する労働者に対する金銭的支援にも動いている。コロナ禍は零細企業やオンラインサービスを通じたドライバーなど、非公式部門での労働・雇用を増加させることにも繋がっており、労使関係や勤務地が不明確なこうした労働者の増大は労働組合にとっての今後の課題となっている。
(2)労働者にとっての最大の課題 -雇用創出に関するオムニバス法-

①オムニバス法の可決

  • 労働者にとって非常に深刻な影響を及ぼす雇用創出オムニバス法が2020年10月5日に国会で可決・成立した。同法は雇用創出のための投資誘致を口実に、雇用を含む11分野に関する79本の法律を一括して改正するものである。
  • 労働者が一方的に不利になるこの法律に対して、労働組合は草案段階から反対をしてきたが、そもそも労働組合が法案の議論から排除されてきたことにも大きな問題がある。三者構成による協議のシステムは存在するものの、同法については協議が行われることはなく、法案の策定に際して作成されるアカデミックペーパーの内容が労働側に知らされることも無かった。アカデミックペーパーの内容を労働側が察知するに至り大きな騒ぎとなったが、政府は「これは正式ではない」というごまかしの弁を弄するのみであった。

②オムニバス法によりもたらされる影響

  • 退職金の削減
  • 解雇規制の緩和
  • 業種別最低賃金の廃止(地域別最低賃金のみになることで額の低下につながる)
  • 有期雇用契約の規制緩和(契約期間や延長・更新に関する制限の撤廃、業種の制限の撤廃)
  • アウトソーシングの大幅規制緩和(いかなる業務も業務委託や派遣労働の対象に)
  • 従来の労働法にはあった経営者に対する刑事罰の一部撤廃
  • 未熟練外国人労働者の雇用に関する規制緩和
  • オムニバス法が労働協約の質の切り下げの口実に利用される
  • 福利厚生や労働者保護の規範的基準に悪影響
  • 労働組合の交渉力の弱体化

③労働組合の取り組みと現状

  • 労働組合は一貫してオムニバス法に慎重かつ反対の姿勢を明らかにしてきた。法が成立してからも、法の廃止と業種別最低賃金の引き上げを要求して、全国各地でデモを行ってきている。
  • 2020年11月に、労働組合CITU、KSBSI、KSPSIは同法についての司法審査を憲法裁判所に申請した。
  • 2021年11月25日、憲法裁判所が、雇用創出に関するオムニバス法の制定は憲法違反であり、2年以内に法改正がなされない場合はオムニバス法及びその細則が無効となるという判決を下した。特に、立法過程の公開の原則に基づけば、立法手続きには最大限の市民参加を含む必要があるが、それがなされていない立法手続きには瑕疵がある旨の判示がされた。
  • 労働組合は、この判決以降も、オムニバス法の廃止と最低賃金の引き上げを求めて、各地での大規模デモを継続させてきた。
  • 2022年12月30日、政府は、雇用創出オムニバス法の改正と称して「雇用創出に関する2022年第2号法律代替政令」を成立させた。しかし、その内容は雇用創出オムニバス法の内容とほぼ同じであり、憲法裁判所の判決に基づき法改正を行ったとの体裁を整えることが目的の対応に過ぎない。
  • 労働組合としてはとても承服できるものではなく、大規模デモの配置を含め、今後とも闘いを継続させることにしている。