2025年 フィリピンの労働事情(アジア・パシフィックユースチーム)
以下の情報は招へいプログラム「アジア・パシフィックユースチーム」参加者から提出された資料をもとに作成したものである。
参加者情報
- フィリピン労働組合会議(TUCP)
- フィリピン全国労働組合(NTUC Phl)
基本情報(外務省データ2023年3月1日更新分より)
人口:1億903万5,343人(2020年フィリピン国勢調査)
宗教:キリスト教国。国民の83%がカトリック、その他のキリスト教が10%。
イスラム教は5%(ミンダナオではイスラム教徒が人口の2割以上)。
政体:共和制
主要産業:ビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)産業を含むサービス業(GDPの約6割)
鉱工業(GDPの約3割)、農林水産業(GDPの約1割)(2021年)
1人あたりGDP:2,721米ドル(2012年、IMF)
物価上昇率:3.2%(2012年、フィリピン国家統計局)
1.労働を取り巻く現状と課題
直面する諸課題
低賃金、契約社員化、雇用の質の問題が最重要課題となっている。
最低賃金は毎年引き上げられているものの、生活費の高騰に追いついておらず、政府が指標としている貧困ラインを下回るような賃金実態にある。その結果、フルタイムの労働者であっても第二、第三の副業を探さざるを得ないような状況に陥り、そのことが二桁台の失業率の一因にもなっている。
契約社員化は低賃金、不安定雇用、組合結成の妨げといった多くの問題と密接に関連している。フィリピンでは有期契約などの不安定な雇用形態が一般化してきており、とりわけ、「契約終了(end-of-contract)」の略で「エンド(endo)」と呼ばれる慣行は大きな問題になっている。6ヶ月の試用期間を経た労働者は正規雇用労働者と見なすことが法定されていることから、雇用主が労働者を5ヶ月で雇い止めし、短期間のクールオフ期間の後に同じ労働者を再雇用するといった手法が横行している。こうした雇い止めの手法が「エンド」と呼ばれている。雇用主は、「エンド」を通じて、正規雇用労働者に対して付与しなければならない医療保険、有給休暇、福利厚生などの義務を回避し、コスト削減を図っている。
労働組合の取り組み
フィリピン全国労働組合(NTUC)はリビングウェイジを確保する取り組みを行っており、具体的には日額1,500ペソを掲げている。2025年現在の最低賃金の日額は首都圏で645~695ペソ、その他の地域ではほぼ400ペソ台で、労働組合が掲げるリビングウェイジの金額との差は非常に大きい。NTUCは、毎年150ペソずつ引き上げながら、1,500ペソに近づけていくことを提案している。
フィリピン労働組合会議(TUCP)は、三者構成機関の場、更には様々な議論の場において、公正な賃金確保や法制度の改善に向けた様々な提起を行うと共に、議会に対してはTUCP関係議員を通じた立法提案を行っている。
労働法改正をめぐる動向
①ILOの勧告
フィリピンの結社の自由や団体交渉権をめぐって、ILOは2009年と2023年にハイレベル・ミッションをフィリピンに送り、ILO条約の履行を強く求める勧告を発出した。それらは、労働組合活動家に対する暴力や嫌がらせが継続的に発生している実態に対して、結社の自由を保障するための制度的改善を促すと共に、団体交渉権の保障や労働争議の公正な解決手続きの強化を求めることを柱としていた。
②政府の対応
ILOの勧告に対する政府の対応は遅々として進まない状況が続いていたが、2025年9月24日に大統領令第97号が発せられ、部分的な前進が図られることとなった。
大統領令第97号は長年にわたるフィリピン労働運動の成果といえる。具体的には、「結社の自由と市民的自由の行使に関する包括的ガイドラインを採択し、政府機関に対し、憲法および国際労働基準に則った労働者の組合結成、組織化、平和的で協調的な活動の権利を保護するよう、大統領は指示する」ことが謳われている。
③結社の自由に関する優先立法の提案
TUCP、NTUC、その他の労働組合は、連携して結社の自由に関する立法化を求めており、合同で策定した以下の法案の成立を目指している。但し、政府は大規模な洪水対策などの災害対応を最優先課題としており、そのため労働法改正案の審議は現時点では進んでいない。
*組合結成法案:ILOの勧告に則した形での組合登録要件の確立/労働者が自律的に組織化する権利の保障
*管轄権継承法案:労働大臣の労働紛争への介入権限が広くて不明瞭であるので、これを修正する/「国益に不可欠な産業」の定義をILOの原則に基づく「不可欠業務」の範囲とするよう再定義する
*労働者のスト権法案:違法なストライキやロックアウトに対する解雇や投獄といった過度な罰則を撤廃する
社会保障制度の動向
フィリピンでは、社会保障制度(SSS)が、病気、産休、障害、老齢、失業、死亡、葬儀に関わる給付を提供している。また、労災補償(EC)プログラムの下で、労働災害に関わる補償が提供されている。医療については、政府の健康保険プログラム(PhilHealth)が、加入者が包括的な医療サービスを受けられることを保障している。
なお、SSSが加入対象者としているのは、民間部門の雇用労働者、自営業者、家事労働者、ボランティア、海外フィリピン労働者、非就労配偶者で、加入対象を拡大させてきている。一方、広範な非正規部門への適用拡大が課題となっている。
また、SSSが直面している重要な課題として資金不足があり、その背景として、低金利、高齢化と老後期間の長期化、ベビーブーマー世代の大量退職などが挙げられる。
最近の改革では、SSSが2025年9月に3年間の年金改革プログラムを開始し、これには年金の増額(退職・障害受給者10%、死亡・遺族年金受給者5%)が含まれる。
2.労使関係をめぐる職場の取り組み事例の紹介
TUCPに加盟するファストフードチェーンJ社の労働組合の事例
J社では、1983年以来、労使による団体協約が締結・更新され、都度、改善が行われてきている。とは言え、労働組合は問題や紛争を経験してきており、以下は、最近直面した問題である。
それは、賃金をめぐる問題で、「賃金命令(労働雇用省所管の地域三者賃金・生産性委員会が地域ごとの最低賃金水準調整の為に発する命令)」によって生じた賃金構造の歪みを是正するために計算し直された賃金額が、賃金命令の規定に則していないと考えられることをめぐるものである。
J社の店舗は各地にあり、地域別最低賃金制の下で地域毎に異なる賃金命令が発せられることが計算を複雑にしているが、勤続10年以上と10年未満の労働者に対する賃金の歪みの是正についての使用者側の対応は不正確であると思われた。組合は是正後賃金額に納得できないことから、使用者に対し苦情申立書を提出したが、現在も具体的な回答が得られない状況が続いている。
賃金命令に基づく賃金引き上げの適用が、事業所内の賃金構造の歪みをもたらす場合、雇用主と組合はその歪みを是正するために交渉しなければならず、賃金の歪みに起因するいかなる紛争も苦情処理機構を通じて解決されることになっている。しかし、組合としては、使用者側との良好な関係などを考慮し、現時点では、外部機関に訴える前に交渉を通じて解決することを目指している。
NTUCに加盟する自動車電気部品製造企業の労働組合の事例
会社(日系企業)は長年組合結成に反対し、過去には最高裁まで争われたが、2008年に労働組合が正式に認可され、2009年には初の団体協約が締結され、以降、労使関係は良好である。しかし、日本企業の状況に比べるとまだ十分とは言えない。
上部団体の「オブレロ」には、経済特区内の複数の他の日系企業の労働組合も加盟しており、それらの組合も団体協約を締結するに至っている。オブレロはその他の日系企業の更なる組織化を進めているところでもある。
現在取り組みを進めているのは、オブレロに加盟する日系企業労組のネットワーク作りである。既に4つの組合のリーダーによる会合が2回にわたり開催され、今後は調査・研究、研修、労使対話などの活動を行っていくことにしている。最終的には日系企業労働組合連絡協議会を設立し、労使関係の改善や、人権デューデリジェンスの課題に対応できるようにしていくことを目指している。
