インドネシアの雇用危機とプラットフォーム労働者の組織化
雇用危機
インドネシアは8月後半から反腐敗を旗印に、学生、労働者、社会的諸団体が大規模なデモを組織し、一部は過激化するなど、大規模な反乱があった。こうした動きは、今は収まったかに見えるが、社会的マグマは決して収まっているわけではない。この動きは今年初めからあった。今年3月マレーシアの英字紙「ザ・スター」に「倒産、レイオフがインドネシアを襲う。2か月で6万人を超える労働者が職を失う」という記事が出た。(The Star2025年3月14日)「2025年1月と2月インドネシアでは50以上の会社で6万人を超える労働者に影響を与える大量のレイオフが発生したとインドネシアのナショナルセンターKSPI会長兼労働党党首であるサイド・イクバルは発表した。レイオフは主として繊維、靴、エレクトロニクス、自動車など労働集約性の高い産業で行われた。」『6万人を超える人々が職を失い、この数はさらに今後数か月で10万人を超えることになろう。このレイオフ危機は深刻である』とイクバル氏は記者会見で述べた。 彼は、この雇用危機に対応し、政府と労働で対策を練らないと大変なことになりかねないと政労使での対応を訴えたが、まさに彼の予言が当たった訳である。
今年春サービス産業を組織するAspekのルスディ会長とサプタ副会長と会った。彼らが言うには、「インドネシアには約2億人が住み、その内労働者は1億5200万人である。40%は正規、60%は非正規労働者である。確かにここ数か月工場閉鎖など増加しており、職を失った労働者はグラブなどオンラインを使ったプラットフォーム労働者になる例が多い。これが労働組合の組織化を困難にしている。」「オムニバス労働法が労働者雇用の規制を無くし、解雇を簡単にしたことも影響している。」
現在インドネシアは、ルピアの価値が下がり、株価が大きく下がるなど、どこか変調をきたしている。プラボボ政権の肝いりの給食政策もあまりうまく行っていないかに見える。とは言っても、24年のGDP成長率は実質5.03%だ。2月6日日経は「インドネシア成長横ばい、中間層減、家計消費に弱さ」と報道している。「成長が弱いのは家計消費が伸び悩んでいるためだ。・・・インドネシア大学の研究所によれば、同国の中間層は18年までの5年間で55%増え6072万人に達したが、その後減少傾向をたどり23年には5203万人まで縮小した。」「雇用吸収力のある製造業のGDPに占める比率は23年で19%と、タイやベトナムなど近隣諸国と比べて低い。中間層の拡大には産業育成を進め正規雇用を増やすことが不可欠となる。」今起っている雇用危機もこれらの情報と併せて考えれば理解できよう。反乱は今ある程度収まったかに見えるが、底には製造業の不振という根深い問題がある。
プラットフォーム労働者の組織化の進展
それではレイオフにあった労働者の吸収先はどこなのだろうか。多くの場合、オンラインを使ったプラットフォーム労働者として働くことになると述べたが、Aspek傘下の労働者もこの例にあたる。ジャイアント、マタハリ、ヒーローなど商業企業で働いていた労働者、高速道路料金徴収労働者、郵便の非常勤労働者などAspekが組織していた多くの労働者もレイオフにあった。そこでAspekはこれらの労働者の組織化に乗り出したわけである。2023年6月1日付コンパシアナによると、「最初ゴジェクとグラブのドライバーで構成される組合(SPD)が結成され、その後時間の経過と共に様々なプラットフォーム労働者がこの組合に近づくようになってきた。こうして2022年4月SPPD(ダーリン・プラットフォーム労働組合)が結成された。」「SPPDはテグ・プリバディ議長、ハーマン・ハーミアンが副議長を務めている。」そして2022年SPPDはUNI-Aproの執行委員会で革新的な労働組合の結成を讃えるブレークスルー賞をUNI本部から受領したのである。
ゴジェクやグラブのプラットフォーム労働者はインドネシアばかりでなく東南アジアにおいて非常に数が多い。プラットフォーム労働者として、多くの労働者が専業で、又は昼はオフィスで仕事を行い、その後タクシーなどプラットフォームベースのドライバーとして働いている。彼らは労働組合の支援もなく、様々な問題に個として向き合うのが普通である。この事情は、インドネシアにおいても同じだ。SPPD組織化の動きはベカシ、カラワンと言ったジャカルタの近郊都市から始まり、プラットフォーム労働者の大きな期待を受け、組織化が進んだ。その結果2022年4月インドネシア政府もSPPDを正式な労働組合として登録した。UNI-Aproは欧州の多国籍ロジスティクス企業DPD-ジオポストが一部所有するニンジャバンの組織化に取り組んでおり、ニンジャバン・インドネシアもターゲットとしている。このプロジェクトの一環として、2022年から2023年UNI-Aproの組織化会議がSPPDの拡大も目指して取り組まれてきた。
2024年7月開催されたAspek大会で会長にルスディが選ばれると、前会長であったミラが反撥し、新しい組合(Aspirasi)を作ろうと動き始めた。テルコムセル労組、ロッテ労組、高速道路料金所労組、DHL労組、SPPDなどがミラの下に走った。ルスディは、2008年から2012年までAspekの書記長を務め、その後ナショナルセンターKSPIの書記長となり、2017年から24年まではKSPI副会長を勤めた人物である。キャリアとしては申し分ない。しかしAspirasiの方が現在は勢いがある。現在SPPDは、Aspekではなく、Aspirasiに属しており、内情は複雑である。8月の反腐敗を旗印にしたデモの過程で、一人のプラットフォーム労働者が死亡するという事件が起こった。今インドネシアでは、プラットフォーム労働者をどう位置づけるかが大きな課題となっている。(I)
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