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インドネシア:いかに抗議活動の暴徒化をストップし、対話にかじを切るか?サービス産業労組の戦略

2025.09.03掲載

8月28日午後オンライン労働者として働くアファン・クルニアワンがジャカルタ中心部で偶然デモ解散後の混乱に遭遇、これを避けるため通りを渡り始めると、警察の機動部隊の装甲車が彼を轢き、そのまま数メートル引きずった。警察車両はそのまま立ち去り、アファン氏は病院に運ばれたが、死亡した。それまで一応平和的と言えたデモの性格はこの事件を契機に大きく変わった。
そもそもこのデモは、国会議員の住宅手当を引き上げる法案が国会を通過したことに対する抗議として始まった。デモは、インドネシア人民革命という名の団体が呼びかけ、SNSやワッツアップなどで拡散して25日に始まったが、この団体の所在は不明である。ナショナルセンターKSPIは「怪しい団体が関与しているので25日のデモには参加しない」とし、改めて28日のデモを呼び掛けた。そして28日の集会とデモが終了した後、残っていた群衆と警察が国会議事堂周辺で衝突、その際出動した装甲車にたまたま仕事中通りかかったアファン氏が轢かれ、死亡したわけである。彼が組合員では無かったことが、改めて警察の横暴ぶりを浮き上がらせ、人々の怒りに火をつけた。
30日にはデモを侮辱した国会議員の家が放火され、高級車が破壊、家財道具の多くが持ち去られた。さらに31日にはスリ・ムルセニ財務大臣の自宅が放火され、多くの高級品が略奪された。ジャカルタばかりではなく、完全にアモックと化した大衆は地方諸都市でも多くの建物を破壊し、死者も多数にのぼった。抗議活動はアナーキーな暴動と化したのである。プラボウォ大統領は、30日アファン氏の自宅を訪問、家族に弔意を捧げた。彼の中国と日本を訪問するスケジュールも暴動の対策のためキャンセルされた。
8月31日付ジャカルタ・デイリー紙は、次のように書いている。「これはインドネシアにとって危険な瞬間である。大臣さえ自分の家で安全に過ごせないとなると、これは住民全体にとって何を意味するのだろうか。。。。これらのデモが表現した苦情を無視できない。それは本物であり、政府に真剣で信頼できる対応を要求している。しかし暴力や略奪が答であってはならない。。。」
プラボウォ大統領は、31日国会議員の住宅手当引き上げは認めないとし、同時に法と秩序を要請した。KSPIなど労働団体も即座にデモを組織しないことを決定した。これで騒乱は収まるのだろうか。
事件のきっかけとなったオンライン労働者を組織するサービス産業の労働組織
Aspekは28日声明を発表、8つの要求を掲げた。
1. オンライン労働者に配慮した公正な新労働法の即時制定。雇用と事業の持続性と事業の安定の保障
2. 平和的なデモへの警察機動部隊の弾圧停止
3. 公正な経済政策実現:庶民の税負担軽減、賃金引き上げ、富と贅沢品への課税
4. オンライン労働者とアプリ運営会社の間に雇用関係がある場合、それを国家が認めること。フルタイムとパートタイムの双方に基本的権利の保障
5. 1回の配車・距離・時間ごとの最低賃金基準の設定。アルゴリズム、注文の配分、インセンティブ、手数料の透明化と合意形成
6. オンライン労働者を労働保険・健康保険に登録し、費用は比例配分。車両の安全性、事故・犯罪時の法的保護、解雇に関する公正な仕組みの保障
7. オンライン労働者の組合結成と団体交渉の権利保障。アプリ運営会社は対等な立場で交渉の場を設け、国家は迅速かつ公正な紛争解決を保障
8. デジタル労働分野の監督機関の設置。アプリ運営会社の遵守状況の監視、報告、アルゴリズムの監査。国家はドライバーを社会保障制度上の正式な労働者として認定すること
理論的にはオンライン労働の問題を正確に描き出している。しかし行動は見えない。
これに対し、新興の労働組織Aspirasiの動きは速かった。8月28日アファン氏が亡くなると、8月30日にはAspirasiとその傘下のオンライン労働者の組合、SPPDとセペダ、そして組織の相談役であるクン博士がアファン氏の自宅を訪れた。「ジェイアンタラ」を含むメディア20社以上が写真入りでこの動きを伝えた。
ジェイアンタラ(8月30日付)によると、「クン博士は次のように述べた」と報じている。「オンライン労働者は多くは、ケガ、生活上のプレッシャー、収入の不確実性を経験している。。。。これは政府にとって深刻な懸念事項であるべきだ。彼らは家族の屋台骨であるばかりではなく、都市生活の生命線の一部を担っている。この悲劇は、包括的な改善の機運とならなければならない。」
この事件を契機に、オンライン労働全体の改善を図ろうという点が強く打ち出されている。同日出たAspirasi声明は、この点をさらに明確に指摘している。「アファン氏の家を弔問に訪れた目的は、故人の家族に連帯と道徳的支援を示すばかりではなく、より公平で安全なオンライン労働システムをめざすべく改革を図ろうという我々の意欲を示している。」
9月2日Aspirasi代表団は、ジャカルタ県知事に会い、申し入れを行っている。クン博士の幅広い人脈がここでも生きている。
主要な労働団体がデモへの参加を取りやめることで、暴動は徐々に沈静化すると見られているが、9月3日時点では収まっていないようだ。アファン氏の死を受け、オンライン労働者の安定した雇用、待遇改善に向け政府との対話を図る方向を打ち出したAspekとAspirasiなど労働団体の戦略は事態を鎮静化させ、具体的な成果を上げるだろうか。それともそれでは収まりきらず、更なる騒乱がインドネシアを襲うのだろうか。事態を更にウオッチしたい。以上

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