2013年 チリの労働事情
チリ中央統一労働組合(CUT)
ナターリア・ポーリナ・ガリド・ウージャ(Ms. Natalia Paulina Garrido Urzua)
資源鉱業労働連盟書記
1. 一般的な情報
チリではピノチェト軍事独裁政権のときにネオリベラリズムが打ち立てられ、それ以来、まさしく「ネオリベラリズムの実験室」になってきた。
チリの人口は1630万人、労働力人口は830万人である。そのうち就業人口が776万人で、失業率は6.5%である。女性の失業率は男性の失業率より高い。労働組合組織率が11%。最低賃金は月約400米ドル、付加価値税19%である。
2. 労働法
チリには2種類の労働関係法律があり、一つが民間部門に関係する法律で、もう一つは公務員の規律に関係する法律である。チリの公務員は人口の7.1%を占め、チリが小国であることを考えると、公務員の比重がかなり高い。
『公務員法』によって、公務員には団体交渉権とストライキ権が与えられていない。しかし、公務員部門の労働組合は極めて重要な労働組合であり、1900年代初頭、動員をかけることで、既成事実として政府と団体交渉を行なうことができるようになった。団体交渉は毎年、予算作成の前に行なわれ、公務員の給与の再調整が行なわれるとともに、また公務員の半数以上が有期雇用の状態にある中で、それらの公務員の雇用の安定が図られている。公務員の賃金は年功序列で、働いた年数・経験に応じて賃金が上がるよう交渉が行なわれている。さらに公務員の年金は極めて低く、そのため、公務員の20%以上が定年以降も働き続けなければならず、労働組合として年金を改善するための活動も重要な課題となっている。
労働組合として重要なことは、2012年に国際労働機関(ILO)が、労働組合公務員部門会議(MSP)と政府との合意を労働協約として認めたことである。
チリ中央統一労働組合(CUT)
ペドロ・パブロ・サンドヴァル・カストロ(Mr. Pedro Pablo Sandoval Castro)
国際担当アドバイザー
3. 民間部門の労働関係法制
民間関係の『労働法』は、軍事独裁政権時代に公布された法律であり、経営者の利益を保証するように規定が設けられている。ストライキ権は認めず、企業ごとに複数の労働組合を認め、労働組合運動の分裂と腐敗を助長するものである。また企業側の都合による解雇を認めている。
4. 労働組合運動の現在の諸課題
労働組合運動が取り組むべき問題として、最低賃金が低いために離職率が高い問題、基本給プラス歩合制などの混合賃金設定制、経営側が勝手な賃金計算をして賃金を正当に支払われない問題などがある。『労働法』は労働者を守っているとは言えない。大企業の場合は、1つの部門を分社化して独立させ(MultiRut制)、労働組合が分裂して弱体化してしまうという問題がある。
また、派遣労働の問題もある。労働力の20%が派遣労働者で、特に鉱業関係では35%、商業関係では10%が派遣労働者で占められている。職種では清掃関係、警備関係、コールセンター、在庫の整理、カジノなどに多く見られる。
さらに社会保障制度の問題として、AFPと呼ばれる民間の年金基金運営会社による拠出型年金制度の問題がある。このAFP制度は民間会社が運営する年金制度で、個人が掛金を支払う拠出型の年金制度である。賃金の約12%がこの制度の掛金として支払われているが、年金が支給される段階になると、賃金の45~50%程度しか支給されない状態になっている。
また、性別、年齢、民族などによる差別の問題もある。
5. チリのインフォーマル労働者
チリの場合は、インフォーマル労働はもっぱらペルーからの移民労働者に見られる。インフォーマルセクターの定義は、ほかの南米諸国とほとんど同じで、社会的保護の枠外にある労働者である。チリの場合は、公共部門でもインフォーマル労働が存在する。時給で働く労働者、日本でいうアルバイトの働き方が公共部門でも非常に多くみられる。そういういう労働者は、年金制度に加入している期間が短く計算され、支給される年金が非常に少なくなる。
時間給で働く労働者は、ある一定の期間、同じ場所で働いたら雇用契約を結ばなければならないという法律はあるが、国や地方自治体のレベルでも法律が無視されているのが現状である。
6. 欠陥の多い労働監督機関
国の労働監督機関には欠陥が多い。監督機関の場合、政府が監督機関の権限を弱めてしまった。例えば、2010年にチリに大地震があり、鉱山労働者33人が閉じ込められたサン・ホセ鉱山の事件が起こった。この鉱山は、国の監督機関で2010年5月に一時閉鎖措置がとられていたが、地震の1ヵ月後には鉱山再開措置が取られたために、あのような事故が起きてしまった。国の監督機関は企業側に都合がいいようになっており、さまざまな欠陥がある。
7. 労働組合運動への提案
チリ中央統一労働組合(CUT)は、チリ労働組合運動に対して主に4つの取り組みを提案している。
第1は、新しい『労働法』を制定して、特に軍事独裁政権時代に制定された法律を改正して労働者の権利を保障していくということである。その中には、[1]Mutirut(企業の分社化)に終止符を打つこと[2]ユニオンショップ制度を導入して1企業1組合を実現し労働組合を保護していくこと[3]労使対等の原則に基づく団体交渉制度の確立[4]合法的なストライキ権の確立[5]労働組合および労働組合指導者の社会的認知の確立とそのための指導者教育の徹底――などが含まれる。
第2の提案は、税制改革の問題である。現在、労働者の方が経営者より多く税金を払う状態になっている。例えば消費税は19%の税率ですべての商品に課税されているが、鉱山会社が払っている事業税は4~5%に過ぎない。鉱山会社が赤字を申告すると無税になるという不公平がある。
第3は、年金制度を新しくするという提案である。AFPという民間の年金制度を終わらせて、連帯責任による三者構成によって、国も拠出する分配型の制度にしていくことを提案している。
第4の提案は、最低賃金を500ドルに引き上げることである。
8. 労働組合運動の機会
現在、チリの政治状況は新たな段階に入っていると言える。ミッチェレ・バチェレ次期大統領のプログラムの中には、「チリの労働制度の改革」が提案されている。この改革の中には「労働における権利と労働者の尊厳の尊重」がうたわれている。チリの労働組合は、これが実現されるよう期待している。
労働組合運動にかかわる者は、法律の制定で労働者の問題に焦点を当てるため、政治分野に直接的かつ積極的に参加し、労働関係に詳しい独自の人材を教育し、生産プロセスに参加して会社と生産性や利益に関して交渉しなければならない。
9. チリのOECD加盟の影響
チリは2010年5月に先進国を中心に構成されている経済協力開発機構(OECD)に加盟したが、加盟にあたって指摘された諸問題は未だ克服されていない。OECD加盟は、国民生活に何の影響も及ぼしておらず、法律の改正も行なわれていない。現在の国会は分裂状態で法律改正などの審議も行なえない状態にある。また、労使間の関係についても特段の影響は出ていない。
しかし、チリがOECDに加盟して良かったと思われる点は、世界に対して、チリにおける格差がいかに大きいかをあからさまに示した点である。一応、チリの法律は自由主義的であり、経済活動の自由を認めている。しかし、労働組合活動に対しては、コロンビアほどではないにしても、依然として多くの障害がある。貧富の格差などはGDPなどでひとくくりにされてしまうと、その内容は見えてこないが、最低賃金しか受け取れない労働者と企業の役員クラスとの所得の格差は桁違いというしかない。格差の大きさはOECDの加盟国の中で上から2番目と言われている。