2019年 インドネシアの労働事情
国際労働財団(JILAF)では、建設的労使関係強化・発展チームとして、多国籍企業・事業所が数多く進出している各国(インド、インドネシア、マレーシア、フィリピン)の日系企業に所属する労働組合リーダーを招へいし、健全かつ労使関係のさらなる強化・発展を通じた雇用安定・労使紛争の未然防止に活かしてもらう観点から、日本の労働事情や建設的な労使関係などを学んでもらった。そのプログラムの一環として、各国の労使対等・自治に基づく取り組み(好事例)の共有化を図るため、10月4日(金)に「労働事情を聴く会」を開催した。
以下は、その報告の特徴的概要をまとめたものである。
インドネシア労働組合総連合(CITU)
アブドゥル バイス
エプソン・インドネシア労働組合 議長
インドネシア福祉労働組合総連合(KSBSI)
プーリー サイェッティ
ルビコン・インドネシア労働組合 組合員兼KSBSIジェンダー担当
基本情報
インドネシアは東南アジア南部に位置し、赤道直下の東西5千キロ余りにまたがり、大小の多くの島々(世界最多の1万3千余り)で構成される国家である。その広さは約192万平方キロ(日本の約5倍)、人口は約2億6千万人、民族は大半がマレー系(約300民族)である。国連予測では2030年代初めに3億人を突破するとされている。現状は25歳未満の若い人口が4割近くを占め、人口増と労働力増が結びつく「人口ボーナス期」がしばらく続くと見込まれている。言語はインドネシア語(ローカル言語は他に約700ある)。宗教は自由が保障されているが、イスラム教が国民の9割弱を占めている。政治体制は大統領制・共和制である。主要産業は、製造業、農林水産業、商業、建設業、及び運輸通信である。GDPの産業別比率(2018年)でみると、製造業19.9%(二輪車など輸送機器、飲食品)、農林水産業12.8%(パーム油、ゴム、ココア、コーヒー豆、キャッサバ)、商業・ホテル・飲食業15.8%、建設10.5%、運輸・通信9.1%、鉱業8.1%(LNG、石炭、錫、石油)、などとなっている。経済は2010年代はほぼ5~6%台を維持してきているが、近年はジョコ政権の目標に届かず経済活性化が課題となっている。経済構造は資源輸出への依存度が高く脆弱な面が否めない。インフラ整備、産業の高度化・高付加価値化による輸出競争力の向上が求められている。一人当たりの名目GDP(2018年)は3927米ドルと中進国に近い水準にある。労働人口(2016年)は約1億2800万人で、その産業別比率はサービス産業47%、農業等32%、製造業等21%となっている。主要なナショナルセンターは3組織で、国際労働組合総連合(ITUC)加盟のインドネシア労働組合総連合(CITU)、並びにインドネシア福祉労働組合総連合(KSBSI)と、インドネシア労働組合連盟(KSPSI)である。今回訪日チームのCITUは、9産業別組織、474組合、組合員数約192万人(2017年)、KSBSIは、10産別組織、組合員数約80万人(2019年)となっている。
*主な概要は外務省情報による。その他にJILAF基本情報、報告者情報などを参考にした。
現場からの報告(2つの組合の取り組み)
[エプソン・インドネシア労働組合]
私たちの会社はブカシ市にあり、この地域における雇用者は1万3千人で、組合員数は9千人である。私たちの組合はCITUに加盟し、この地域のリーダー的役割を果たしている。CITUでの課題は、①最低賃金の制度改正、②健康保険料増額拒否、③労組法(2003年第13号)改正の拒否などを抱えているが、ここではこの地域が抱える労使関係課題、並びに今年抱えている紛争について報告する。
1.3つの課題を抱えるブカシ地域の労使関係
(1)様々な困難を抱協約締結交渉-複数組合、低い組合組織率、労務スキルの不足
協約を締結する際にいくつかの課題を抱え持っている。1つは、会社の中に複数の組合が存在していることである。まず組合間での意見調整と一致をさせなければ、会社との交渉の席につけない煩わしさがある。2つには、組合員数が法律で定められた組織率に達していないという問題がある。そして3つには、会社労務担当者のスキル不足があり、法律を遵守した行動となっていない、あるいは、経営トップからのサポートを得ないで労務管理しているという問題もある。協約締結交渉を図るためには、これら様々な困難を乗り越えていかなければならないのである。
(2)元組合活動家が会社側の交渉担当に-残念な組合への敵対的対応
最近の傾向だが、会社が元組合活動家を労務担当として雇うケースが増えている。しかし、組合と組合員の立場を理解しての対応を期待しがちだが、残念ながら敵対的対応に終始しており、結果として福祉全般が切り下げられるといった事態が発生している。また、会社が利益を上げているにもかかわらず、ボーナスを抑え込むような事態も出ている。さらに、組合の存在を否定的に言うようなこともあり、組合に対する組合員の信頼感が損なわれている。こうした、元活動家による組合つぶしや組合員への差別的対応があからさまとなっている。
(3)守られないOECDガイドライン-開示されない交渉に必要な財務情報
OECDは組合と会社が交渉する際には、会社はその財務情報を組合に公開しなくてはならないとガイドラインを定めている。しかしこれが守られておらず、利益がどのくらい上がっているのか、生産性がどのくらい高まったのかなど、賃上げやボーナスの団体交渉において労使が共通とすべき財務データが、組合側に開示されていないのである。このような非対称な情報での交渉は、組合側に著しい不利な立場を強要している。
2.今年起きている3つの労働紛争
(1)組織命令で行われた解雇に関する紛争-協約に反映させたい上部団体行動への保障
会社内の活動とは別に、産別組織などからの指令に基づくストライキが行われることがある。組合員に対し24時間の操業停止のスト突入指示を巡り、合法的なストでないとする会社側との間で膠着状態に陥っている。上部団体指示によるスト実施に際しては、協約への保障の反映を求めていく。
(2)契約労働者に関する紛争-過半を上回る契約労働者に揺らぐ組合の存在
政府の規定では、会社と契約労働者との契約は3回まで結ぶことが出来るとされている。しかしその実態だが、会社は5年以上にわたり契約を繰り返し、法律違反を犯している。また、法律違反ではないものの、更新すべき労働者よりも、1年未満の短期契約者を多く雇うという動きに出ている。この結果、正規社員よりも非正規の契約労働者数が多くなってしまっている。これは本来あってはならないとされているが、ここブカシ地域は特例扱いが許されているのである。組合の存在を揺るがすような現実が進んでいる。
(3)協約の内容改善に関する紛争-課題となる政府への抗議活動の取り扱い
協約の改善は組合の重要な取り組みの1つである。手当の上増しや様々な労働者の福利、あるいは様々な保障の実現・充実などを求めている。また、会社内の設備の改善、正規労働者の増員を求めて取り組んでいる。さらには、取り扱いをめぐって課題となる案件であるが、毎年上部団体から指示を受けて、何日か操業停止してストに入るといった政府への抗議活動がある。この際の活動で発生する減給などが行われないよう、その条件保障の折り込みにも取り組んでいる。(上記(1)としても記載)
[ルビコン・インドネシア労働組合]
私たちの会社は、日系企業として1994年にバタンアイランドに設立された。主要製品はキャパシタの製造である。従業員は2019年8月現在932人となっている。組合は2つ存在している。1つは私たちの、PK. Flomenik SBSI PT. Rubicon Indonesiaで、もう1つはPUK L. E. M. SPSIである。2つの組合に加入している組合員数は309人で、組織率は33%ということになる。そのうちSBSIに加入している組合員の95%が正社員である。組合は会社設立から10年後に結成された。結成の背景には、経営側と従業員とのコミニュケーションチャネルがなく、一般従業員の声がトップにまで届かないという危機感があったからである。SBSIは、経営者と対等なパートナーになり、会社の目標達成に全力で取り組むとともに、協調的な労使関係を構築するため、コミュニケーションとディスカッションを重視している。以下では労使関係の実際-団交で解決に至った実例を報告する。
1.労使にウィン・ウィンの結果となった健康保険スキーム-解決へ導いた粘り強い交渉
(1)国の健康保険制度への一本化というスキームの変更提案-強く反対した組合
インドネシアの国民健康保険は、その保険料(基本給の5%)は会社が4%、従業員が1%を負担している。この他に会社としての健康保険制度があるため、会社として二重負担を解消したいとして、国の制度への一本化を提案してきた。これに対する組合員の反発は強く、引き続き翻意を促すべく交渉の継続を組合は求めた。会社は拒絶し対立が深まってしまった。
(2)厳しい組合の抵抗に労使は交渉のテーブルに-機能した協調的労使関係
国の健康保険制度が会社の提供する医療制度より優れたものでないとの認識を持つ組合は、2か月間の時間外労働拒否に打って出た。この結果、生産性が下がるとの危機意識から、会社側は交渉のテーブルにつき、どのような制度がいいのか、改めて労使で探ることとなった。
交渉の結果は、会社の直接支援で成り立っている制度を続けることとなった。但し、組合側も、会社制度を使用した場合の医療費に上限を設けることに同意した。因みに、医療費の上限は1回の診察につき150万ルピア、1回の入院につき1500万ルピアとされた。
こうしたことで、組合側はこれまでの制度継続を勝ち取り、会社側は国の制度と会社制度の上手な利用の仕方でコスト管理ができるようになり、双方にウィン・ウィンの結果に辿りついたことになる。まさに粘り強い交渉と日頃から築き上げてきた協調的な労使関係が機能したものといえる。
(3)「良い従業員なくして会社は生き残れず、高収益の良い会社なくして私たちも生き残れない」
この実例の教訓は、労使がきちんとコミュニケーションをとり、ディスカッション・協議を尽くすことでいい結果が得られるということである。話し合いからお互いをリスペクトする尊重の気持ちが生まれ、何を意図し求めているのかの相互理解が図られ、信頼関係が生まれて、互いが会社発展という目標を共有することになった。ここまでに至る道は決して容易なものではなかったが、これからも前向きな思考を持ち、会社側にしっかりとした自らの価値観のもと提案をしていきたい。まさに「良い従業員なくして会社は生き残れず、高収益の良い会社なくして私たちも生き残れない」からである。