2020年 パキスタンの労働事情

2020年10月9日 報告

 本報告はCOVID-19パンデミック禍で、2020年10月5日~10月9日にJILAFが実施した「オンライン・スタディプログラム」において参加者の所属するナショナルセンター〔パキスタン労働者連盟(PWF)〕が提出したパキスタンの労働事情に関するレポートを参照して作成した。なお本プログラムには、パキスタン労働者連盟(PWF)から14名の女性役員が参加した。

パキスタン労働者連盟(PWF)

ラビーア ハディ(Ms. Rabeea Hadi)
自治体労働者組合 共同事務局次長

ファティマ ガル サクライン(Ms. Fatima Gul Saqlain)
メディカルスタッフ労働組合 事務局次長

アネラ カーン(Ms. Annela Khan)
IESCO労働組合連盟 執行委員

アリア ザイナブ(Ms. Alia Zainab)
PWF SIALKOT地区 副支部長

サジダ タヒル(Ms. Sajida Tahir)
石油・ガス開発労働者組合 女性福祉事務局次長

ノシーン クラム(Ms. Nosheen Khurram)
女性労働者組合 事務局次長

シャヒーン タヒラ(Ms. Shaheen Tahira)
全パキスタン・スポーツ評議会従業員組合 女性事務局次長

ヒナ ハメド(Ms. Hina Hameed)
WAPDA従業員組合 共同事務局次長

ザキア カーン(Ms. Zakia Khan)
パキスタン教職員協会 地域支部長

シャバナ カンワル(Ms. Shabana Kanwal)
KOHINOOR繊維工場労働者 執行委員

アズハ アワン(Ms. Azha Awan)
PWF KPK支部 執行委員

ヒナ アクラム(Ms. Hina Akram)
製油所従業員組合 執行委員

メーウィッシュ サビール(Ms. Mehwish Sabir)
CDA労働者組合 女性事務局次長

ビビ ザイナブ(Ms. Bibi Zainab)
TIP従業員組合 副委員長

 

1.経済・労働情勢(一般)

  2018年 2019年 2020年(見通し)
実質GDP(%)
(出典元)
5.554%
(CEIC Data)
5.830%
(CEIC Data)
 
物価上昇率(%)
(出典元)
6.9%
(パキスタン国立銀行)
8.0%
(パキスタン国立銀行)
6.5%
最低賃金
(出典元)
□時間(77.9)
□日額(623)
□月額(16200)
(パキスタン労働者連盟調査)
□時間(84.2)
□日額(673)
□月額(17500)
(パキスタン労働者連盟調査)
□時間(84.2)
□日額(673)
□月額(17500)
失業率(%)
(出典元)
6.1 %
(ワールド・データ・アトラス)
6.140 %
(ワールド・エコノミック)
7.18%

通貨名(為替レート):162パキスタン・ルピー=約1ドル(2020年10月20日現在)

2.新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大による経済・雇用への影響

(1)パキスタン経済も様々な局面でCOVID-19パンデミックの大きな影響を受けている。2020年2月以降、COVID-19の急速な感染拡大が経済活動を停止させてきた。2020年度のGDPはマイナス0.38%と予測されている。
 こうした情勢下で、パキスタンに対し国際的な主要機関からも相当な経済的支援が行われている。ちなみに、IMFは1年間の支払い免除を許可し、ラピッド・ファイナンシング・インストルメント(IMFによる非譲渡的融資制度の一つで、自然災害や国内外の危機などによる喫緊の国際収支上の問題に直面する加盟国に行う融資制度)を通じて1兆3860億ドルの融資を行った。また、アジア開発銀行と世界銀行による援助も行われた。こうした国際的な支援がパキスタン経済の予測される損失額を埋め合わせる助けとなるものと思われる。

(2)COVID-19の深刻な影響を受けた労働者を救済するために、パキスタのンの首相は「Ehsaas(緊急現金配布プログラム)」を立ち上げ、COVID-19のため生活手段を失った労働者に、これまでに総額1040億パキスタン・ルピーを超える現金給付を行った。

(3)COVID-19の影響で産業のロックダウン、事業閉鎖が行われたため、多くの産業で従業員が減らされ、また、多数の労働者が解雇されている。
 全国的なロックダウンや産業・事業単位のロックダウンが実施され、多くの民間企業では従業員の解雇、賃金の支給停止や減給が行われている。例えば、ファイサラーバード(パンジャーブ州にあるパキスタン第3の都市)だけでも繊維産業の労働者10,000人が職を失った。観光業も深刻な影響を受け、パキスタン観光開発公社(PTDC)はホテルを閉鎖し、何千人もの労働者を解雇した。同様にパキスタン経済評議会(ECP)も6月の会議でパキスタン製鉄(PSM)の労働者9,350人の解雇を発表した。また、湾岸諸国で働く多くのパキスタン人労働者も職を失い帰国している。このように全ての労働市場は脆弱で予測不能な状態にある。
 こうした労働者には「Ehsaas(緊急現金配布プログラム)」を通じて経済的支援が行われたものの、パキスタン経済が従前の軌道に乗り、労働者が職場復職して収入を得、生活が安定するまでには今後相当な時間を要するものと思われる。

3.パキスタンの労働法制・社会保障制度

 主な労働・社会保障法制は次の通りである。
 「労使関係法」(2012年)、「工場法」(1972年改正法)、「小規模店舗法」(1969年)、「社会保障法」(各州)、「労働者福祉基金法」(1971年)

(1)労働法制と労働組合活動をめぐる課題

①団結権と団体交渉権
 パキスタンの憲法17条では結社の自由を定め、また、50年前にILO87号条約および98号条約を批准しているが、今でも労働者の権利侵害は組織的に行われている。また、多くのセクターで労働組合の結成や団体交渉を行うことが禁じられている。なお、労働組合の結成や団体交渉が禁止されている、またはその権利が法律で定められていないセクターは次の通りである。

〔労働組合の結成や団体交渉が禁止されている、または法で定められていないセクター〕
公務員、自営業、農業労働者、医療機関、教育機関、輸出加工区等、パキスタン有価証券会社、パキスタン有価証券印刷会社、民間航空局、など15セクター

〔団体交渉が禁止されているセクター〕
上記のセクターに加え、銀行や金融機関

②労使関係法(連邦および州)
 パキスタンの労働法は2010年の憲法改正により基本的に州の行政により取り扱われるが、格差とその是正の問題が生じており、これに関して、2012年に「労使関係法」の改正が行われた。なお、「労使関係法」の適用は、法的に「製造業」とされていない農業、教育セクターの労働者には認められていない。また、労使関係条例には特別条項があり、いかなるカテゴリーの労働者であっても、国は当該カテゴリー労働者が国の奉仕者であるとの認定をすることによって結社の自由を制限できる。このことから次の事業に従事する労働者は1952年制定のESMA(基本サービス法)の対象とされている。

〔ESMA(基本サービス法)の対象〕
公衆向け電気・ガス・石油・水の事業、公共河川・港湾や公共地の管理、病院と救急事業、消防、郵便・電報・電話、鉄道と航空事業、港湾事業、警ら・警備事業

(2)社会保障制度の現状

 憲法第37条に関する政策の原則として、全国民に対する完全な社会保障が約束されているにもかかわらず、実態としてはフォーマルセクターの全ての製造業及び商業事業所において、労働者が5人以上の場合には「被雇用者社会保障法」の適用が基本となっている。同法が規定するのは保健保障(保健医療)と現金給付〔療養休暇、労災障害、疾病、死亡、妊娠、イッダ(女性の待婚期間)〕のみの保障制度である。この保障給付は、雇用主による拠出が原資であり、政府からの拠出はゼロである。これ以外に、民間製造事業所で労働者が5人以上の事業所の場合、労働者福祉基金(製造業事業所の雇用主の拠出)から、現金給付(結婚給付・教育奨学金・死亡給付金)が行われる。
 なお、上記の社会保障制度は労働力人口の多数を占めるインフォーマルセクターで働く労働者には適用されないという問題が指摘される。

4.非正規雇用やインフォーマルセクター労働者の現状

 現在、フォーマルおよびインフォーマルセクターで働く多くの労働者が仕事を失っている。
 製造業及び商業事業所の労働者の多くが組織再編、事業縮小、民営化などを口実に解雇されている。また、労働組合の主力が公共セクターに属しているという背景の中で、こうした状況が失業の発生とともに労働組合活動の弱体化にもつながっている。
 製造業セクターの大半の経営者は、現行労働法や労働協約によって保障された権利を取り上げるために、8割以上の正規従業員を何らかの理由をつけて解雇または削減する政策を推進しており、代わりに未熟練労働者を臨時または契約社員として低賃金で雇用しようとしている。加えて、製造業では業務のアウトソーシング化も進められている。
 なお、パキスタンにおける非正規雇用など不安定雇用はインフォーマルセクターに多く見られる。中でも、農業、茶園、漁業、brick kilh(レンガ焼き窯)、建設業、炭鉱、行商、運輸、人力車、タクシー、民間警備には多くの問題が生じている。なお、パキスタンの4分の3はインフォーマルセクターで働いているといわれているが、インフォーマルセクターに雇用される労働者は、EOBI(従業員老齢年金法)、WWF(労働者福祉基金)、労働者教育、健康保険・保健医療、など社会保障や社会的保護に関する法律・制度の対象にはなっておらず、彼らは貧困で不安定な生活を余儀なくされている。

5.労働組合の活動と課題解決のための取り組み

 パキスタンでは現在945の労働組合が活動しており、総組合員数は180万人を超えている。しかし、この組合員数は6,600万人と推定される労働力人口の僅か3%の組織率にとどまっている。組織化が何よりも重要な課題といえる。
 パキスタン労働者連盟(PWF)は労働組合活動を推進するうえで、2015年の国連総会で採択された「SDGs」のディーセントワークの考え方とディーセントワーク・アジェンダに基づき、この取り組みを推進することが「職場に尊厳と保護をもたらす」との認識を持ち、そのために組合員の意識向上のためのセッションを開催し、この中で組合員の獲得に努めている。
 パキスタン労働者連盟(PWF)は多くの課題に直面しており、問題解決への努力を続けている。そのための戦略として下記の組織的な取り組みを推進している。

  1. ①メンバー間の意識を高め、組合員を獲得するためにトレーニングおよび組織化のネットワークを通じて問題に光を当て戦略的な行動を促す。
  2. ②目標達成のために市民社会、他の組合、PWFの中でロビー活動を行い、労働法規を現実的な形で施行するように政府に圧力をかける。
  3. ③組織化を目指し、組合のない全ての分野に特化し、結束を強化する。
  4. ④地方や事業所単位の教育活動を推進し、トレーニング・ネットワークを創設して最新の状況を労働者に伝える。
  5. ⑤各組合は他の連合や組合との調整を拡大しており、課題に対するコンセンサスを形成し、統一闘争を実施する。
  6. ⑥ILOの主要条約を中心とした国際労働基準に焦点をあて、労働法の改正とその確実な施行を求めて努力する。
  7. ⑦労働組合は、法違反があった場合のために不服申出制度を導入して取り組んでいる。
  8. ⑧パキスタン労働者連盟(PWF)は、労働組合リーダー層、副リーダー層の能力開発を進めている。
  9. ⑨パキスタン労働者連盟(PWF)には独自の資料作成グループがあり、教育とそのキャンペーン、法律の地方語への翻訳、ターゲットグループに特化した資料の簡素化などに専念している。
  10. ⑩パキスタン労働者連盟(PWF)は、地方において労働者の苦情に対応し、労働法廷や労働局において労働者を弁護する支援を行うためにパラリーガル(弁護士補助員)の体制を創設した。
  11. ⑪パキスタン労働者連盟(PWF)は、必要に応じ要求書の提出、交渉、訴訟の提起を行う。
  12. ⑫様々な基準の調整と導入のために、ILOが全面的に支持する社会的対話とディーセントワーク・アジェンダを推進する。
  13. ⑬ILOの189条約・190条約・170号条約の批准に向けて活動を行っており、この中で監視体制の強化を求めている。