2016年 パキスタンの労働事情
パキスタン労働者連盟(PWF)
アズラ グル
カイバル・パクトゥンクワ州教師組合 委員長
ザキア サイード
PWF パンジャーブ州ラーワルピンディー支部女性コーディネーター
ワシーム アーメド
PWF シンド州支部 副会長
アビダ ワヒード
PWFバローチスターン州支部 会長
イフィクハール アーメド
PWF パンジャーブ州支部 副会長
1.当該国の労働情勢(全般)
2014年 | 2015年 | 2016年(見通し) | |
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実質GDP(%) (出典) |
4.71% (2015/2016年度パキスタン経済白書) |
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物価上昇率(%) (出典) |
2.8% (2015/2016年度パキスタン経済白書) |
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最低賃金 (時給/日給/月給) (出典) |
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労使紛争件数 (出典) |
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失業率 (出典元) |
5.9% (2014/2015年度パキスタン経済白書) |
法定労働時間 (出典元) |
8時間/日 | 時間/週 | 時間外/割増率 | 休日/割増率 |
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*最低賃金委員会が州に助言し、州ごとに最低賃金を決定。パキスタンの行政区は、4つの州と2つの連邦直轄地域に分かれている。2015/16年度のシンド州(州都:カラチ)・パンジャーブ州(州都:ラホール)・カイバル・パクトゥンクワ州(州都:ペシャワール)・バローチスターン州(州都:クエェッタ)の最低賃金は月額1万3,000ルピー。(『最低賃金法(1961年)』)すべての企業が対象となる。
*50人以上の従業員を雇用する企業を対象として、最低賃金を規定しており、現在の最低賃金は月額1万3,000ルピー。(『パキスタン非熟練労働者最低賃金法(1969年)』)
*時間外は、労働法で1日4時間までが上限となっている。しかし、会社がそれ以上の時間を残業させる場合は、夜勤勤務とされ、翌日は有休休暇を付与しなければならないと規定されている。
パキスタンにおけるインフォーマルセクター労働者の数は非常に多く、組織化されていないため、自分の権利を知らずにいる。
インフォーマルセクターに対しての法律整備も少なく、適用されていない、あるいは、半ば制限されている。また、児童労働に対する国の政策や計画もあるが、実施が不十分である。
2. 労働組合が現在直面している課題
パキスタンの労働組合が直面している問題は、以下の通りである。
- 政府による労使関係政策の実施が不十分
- 労働裁判所における裁判の進行が非常に遅い
- 女性労働者の低賃金問題
女性労働者の賃金が男性に比べて低く、雇用主や使用者がさまざまな意味で差別を実施している。特に幹部レベルの人にはさまざまな恩恵を与え、ほとんどの労働者は無視されている状態にある。 - 労働組合への圧力・いやがらせなど
使用者は政治団体等と良好な関係を維持しており、それを利用し、労働組合に圧力をかけている。 - 労働法の範囲から社会的に排除されているインフォーマルセクター労働者の保護と組織化
労働法の範囲から社会的に排除されている分野は多いが、とりわけインフォーマルセクターにおける労働法規の範囲と施行が制限されていることが問題となっている。政府や国会議員はこの件に興味を持たないため、改善は遅々として進んでいない。 - 児童労働の撤廃
児童労働に対する国策と行動計画の実施や労働市場情報システムが不十分である。 - ILO条約の実施が不十分なこと
パキスタンは、児童労働の撤廃、強制労働の撤廃、男女間の差別、労働組合の結社の自由の権利や団体交渉の権利などの4分野において、条約を批准している。しかし、政府がILOに提出したレポートによると、これらの条約は本質的には適切に履行できていない状況にある。また、結社の自由や団体交渉の権利は、中小企業労働者の権利として存続しており、大企業では労働組合への加入や団体交渉への参加は禁じられている。- 労働組合の結成や団体協約を禁止されている、または権利を法律で定められていないセクター(15セクター)
①公務員、②自営業、③農業労働者、④医療機関、⑤教育機関、⑥輸出加工区、他の類似の活動、⑦パキスタン有価証券会社、⑧パキスタン有価証券印刷会社、⑨民間航空局、⑩Wah兵器工場、⑪パキスタン科学工学研究委員会、⑫軍営の小売店、⑬カラチ防衛住宅供給局、⑭全国物流公社、⑮軍属の民間人 - 団体交渉が禁止されているセクター
上記15セクターに加え、銀行や金融機関。
労使関係条例には、政府がすべての労働者の結社の自由を制限できる特約が定められている。
- 労働組合の結成や団体協約を禁止されている、または権利を法律で定められていないセクター(15セクター)
- 『基本サービス法(ESMA:1952年)』による労組活動の制限
政府はESMAに基づいて、雇用を必須サービスと宣言しており、公益事業と認定された産業(電力、ガス、石油、生産、製造部門、病院や救急・公衆衛生サービス、消防、郵便、電気通信、電話サービス、鉄道、航空、港湾、セキュリティー・サービスなど)で働く労働者は、ESMAの対象となり、労働組合の活動をさらに制約されている。これによって、労働者の活動を政府にコントロールする権利を与えてしまっていると共に、これ以外の産業についてもESMAを適用しようとしている。 - 輸出加工区(EPZ: Export Processing Zone)におけるストライキ権の拒否
輸出加工区条例(EPZAO1980)および『輸出加工区(雇用制限)法(1982年)』は、EPZ内の労働者のストライキおよび他人への扇動、強制を禁止している。EPZ内は、労働組合結成加入権を与えるILOも含めたすべての労働関係法令から除外されている。 - 安全衛生に関する取り組み
労働者のための安全衛生基準が、きちんと監督されていないため、事故が多発している。
3. その課題解決に向け、どのように取り組もうとしているのか。
これらの課題解決のためPWFは、①団体交渉の強化、②労働者のためのソーシャルセーフティーネットの構築と強化、③ディーセント・ワーク・アジェンダ(労働者たちの生活保障)の強化、④差別撤廃、特に女性労働者を労働運動の主流に入れる活動や、組織化していない労働者たちへのオルグ活動、⑤家庭内職や農業関係等のインフォーマルセクター労働者の組織化、⑥『労働基準法』の実施、⑦労働法の改革、⑧児童労働の撤廃――などにも力を入れて活動している。
特にPWFが力を入れて活動しているのが、『従業員老齢年金法(EOBI=Employees’ Old-Age Benefits Institution)』の問題である。このEOBIは、労働省の準独立機関で、政労使の三者で構成される役員会で管理されている。このEOBIは、5人以上を雇用する企業を対象とし、年金に加入することが求められ、企業が最低賃金の5%を負担する必要がある。しかし、実際は一部の公務員だけが対象となっており、民間企業では適用されていない。
特にEOBIに力を入れている理由は、2010年の第18次憲法改正による権限委譲を通じて、労働行政権限は州に与えられたが、州政府はまだ法律を改正しておらず、実施もしていないからである
4. その他
日本の2倍以上の広大な国土と、1億9000万人という豊富な人口〈IMF2016推計〉を有しながら、いまだ低所得国から脱却できていないのがパキスタンである。政情が不安定だった時代の流れを払しょくできず、組合運動への風当たりの厳しさが続いている。イギリスの労働法の流れをくんでいるものの、簡単に解雇されたり、組合いじめから組合潰しにまで至るような現実に直面している。パキスタン最大のナショナルセンターであるPWFの活動はあるものの、労働力人口約6500万人<ILO推計>の中の80万人の組織化であり、ほんの一握りの労働者の権益を保護しているに過ぎない。パキスタン政府は、ILOの多くの条約を批准しているが、適切な履行はされていない。また、労組結成や団体協約が禁止されているセクターも多く、日本では当たり前の良好な労使関係の中で、自企業の発展を通じ国全体の経済発展に資していくような流れは「夢のまた夢」だといえる。貧困削減と経済成長力の加速化のために、PWFの活動がカギを握る立場にあるとの認識に立ち、パキスタン全体の労働に関わる将来を見据えた活動をもっと浮き立たせなければならない。もはや低所得国からの脱却に果たす組合の取り組みは待ったなしだといえる。
*1パキスタンルピー=1.0842円(2017年2月21日現在)
パキスタン労働者連盟(PWF)
シェヒール・バノ
ニュース記者組合委員長
アルーマ・シャザット
ラホール家事労働者組合委員長
1.当該国の労働情勢(全般)
2014年 | 2015年 | 2016年(見通し) | |
---|---|---|---|
実質GDP(%) (出典元) |
4.1 (2,436億6,000万米ドル) (グローバル・ファイナンス) |
4.3 (2,699億7,000万米ドル) (グローバル・ファイナンス) |
(2,850億米ドル) (ウィキペディア) |
物価上昇率(%) (出典元) |
8.8 (グローバル・ファイナンス) |
4.53 (パキスタン統計局) |
4.5(2016年7月) (パキスタン国立銀行) |
最低賃金 (時間額・日額・月額) (出典元) |
□時間(57) □日額(461) □月額(12,000ルピー) (Paycheck.pk) |
□時間(62) □日額(500) □月額(13,000ルピー) (Paycheck.pk) |
□時間(67) □日額(538) □月額(14,000ルピー 2016年7月現在) (Paycheck.pk) |
労使紛争件数 (出典元) |
13件 ( ) |
25件 ( ) |
( ) |
失業率 (出典元) |
6% (パキスタン統計局) |
5.9% (パキスタン統計局) |
5.8%(推定) (Trading Economics) |
法定労働時間 (出典元) |
8時間/日 (Paycheck.pk) |
40~48時間/週 (Paycheck.pk) |
時間外/割増率 報酬率の2倍 (Paycheck.pk) |
休日/割増率 報酬率の2倍 (Paycheck.pk) |
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インフォーマルセクターは開発途上国の経済の大きな部分を構成し、厄介で手に負えないとの汚名を着せられていることが多い。しかし、インフォーマルセクターは貧困層にとってきわめて重要な経済機会を提供し、1960年代以降急速に拡大しており、かなりの悪評が立っているものの、多くの労働者は経済的理由やそれ以外の事情から、自ら進んでインフォーマルのベンチャー事業に従事している。
インフォーマルセクターセクターは依然として政府の政策立案当局の権限外にあり、その所得は推測値として国民所得勘定に含まれている。
パキスタン国立銀行(SBP)の調査によれば、国内総労働人口の4分の3を雇用するパキスタンのインフォーマルセクターは、政府の設定する最低賃金に関してフォーマルセクターに大きく後れを取っている。
SBPが最近公表した「パキスタンにおけるインフォーマル労働市場」に関する調査報告書によれば、「インフォーマルセクターの企業(全体)の47.6%は、労働者に支払う賃金が最低賃金に届いていないが、フォーマルセクターでは給与が最低賃金に満たない企業は17.5%にとどまる。」
調査報告書によると「フォーマルセクターとインフォーマルセクター間の賃金格差は、ホワイトカラー労働者に特に顕著」となっている。
パキスタン統計局は、2014/15年度の労働調査において、総雇用者数を5,742万人と推定している。
SBPの調査部門は、公式の最低賃金を7,000ルピーと記載した。
インフォーマルセクターの労働者は、例えば医療保険、有給休暇、年次休暇、ボーナスなど、正規労働者に与えられている権利が認められていない。結社の権利もない。したがって、裁判所で自らの権利を求めて闘おうにも争点がない。
また、正規労働者に与えられている給付や特権も認められていない。
インフォーマル労働者にとって、雇用保障は一番の問題である。インフォーマルセクターでは、人員削減も非常に頻繁に行われる。
残業手当のない長時間労働も、よくある問題である。
通常インフォーマルセクターで働く女性は、中間業者が利益のほとんどをとるため、たいてい最も被害を受けている。
2.労働組合が現在直面している課題
- 労働法が実施されていないこと。
- 2010年の第18次憲法改正による権限委譲を通じて、労働行政権限は州に与えられたが、州政府はまだ法律を改正しておらず、実施もしていない。
- パキスタンは家事労働者に関するILO条約第189号『家事労働者条約』を批准していない。
- この権限委譲により、年金制度の運営機関であるEOBI(Employees’ Old-Age Benefits Institution)は大きな打撃を受けている。
- 女性と若者はまだ労働組合に組み込まれていないため、インフォーマル経済で働くことになり、その貢献はまだ政府に認知されていない。
- パキスタンの州議会では33%、国民議会では17%の女性クオータ制を公式に設けているにもかかわらず、労働組合指導者は男性が占めている。
- 契約システムは、官民両セクターの雇用のほとんどで主要な問題となっている。
- 労働法は、官民両セクターのオフィスのほとんどで効果を上げていない。
- パキスタンはILO条約第36号『老令保険(農業)条約』を批准している。さらに、児童労働、強制労働、差別、団結権と団体交渉権という重要4分野をカバーするILO中核的条約すべてを批准している。パキスタンに対するILOの記録には、こうした条約の中核的基準の一般的性質についても適切に順守していないことが示されている。それどころか、2つの中核的条約―第87号『結社の自由及び団結権保護条約』と第98号『団結権及び団体交渉権条約』―およびこれらの条約に基づき与えられる権利の搾取はこれまで以上にひどくなっており、パキスタンにおける労働者の権利侵害は依然として意図的に行われ、蔓延している。
団結権および団体交渉権は、相変わらずパキスタンの労働者のごく少数にのみ与えられる権利である。労働力の大部分を抱える多くのセクターでは、労働組合への参加や団体交渉に関わることを禁止されている
民営化と外国投資資本の誘致を通じた経済成長の促進がますます優先される中、労働者の権利の侵害は悪化している。パキスタン政府は、外資系企業や輸出加工区に関連する大きな経済セクターに対し、労働法の適用を免除した。
農業および教育セクターの労働者は、法的に「産業」とみなされないため、労使関係法の適用は認められていない(PWFの闘争の結果、最近シンド州では農業セクターに組合結成の権利が認められた)。加えて、その他さまざまなカテゴリーや施設の労働者も、権利の適用から除外されている。 - 労使関係に関する政府の政策は、額面通りに受け取れば非常に素晴らしく、パキスタンの労働組合と労働者は考えられる限りの自由を享受しているように感じられるが、実態は正反対である。
- 多国籍企業は、労働組合に対してまた別の戦術を用いている。人為的昇進(組合員は職位上昇進されるが管理責任は与えられない)によって、労働者を管理職のレベルに異動させ、組合に加入することができないようにしている。
- 労働者と組合が直面するもう一つの問題は、国内の労働裁判所による訴訟手続に時間がかかることである。労働裁判所で係争中の事件は増えている。もっとも、調査によれば年内に決着した事件も増えている。
- 組合を否定しようとして使用者が紛争処理の間に数値をごまかしていることも、文献で明らかになっている。
- 労使関係のプロセスは、技術的には三者協議ではあるが、満足に機能していない。労働組合が使用者と直接対峙することはめったになく、労働省その他の政府機関、裁判所、あるいは多くの場合政党に訴えかける傾向がある。
- 市民社会における労働組合のイメージは、定評ある存在としてよりもむしろ、搾取する側であり、平穏な労働者に労使不安を生み出す存在として受け止められてしまっている。
3.その課題解決に向け、どのように取り組もうとしているのか。
- 三者構成機関に参加するのはPWFのみである。PWFは定期的に労働に関する問題を提起している。
- PWFは問題提起に加え、ILO理事会およびITUC常任幹事会にも報告を行っている。
- 労働組合は、団体協約レベルならびに三者(政府、ILO、労働者)会合を通じて、すべての労働法を実質ともに実施するために、さまざまな問題に取り組んできた。また、契約労働者、出来高払いの労働者、派遣労働者、日雇い労働者、多様な産業や組織における外部委託契約システムといった各種の問題にも取り組み、そのすべてを正式な権限下で扱われるようにすべく努めている。
- また、PWFはより多くの女性を組合に迎え入れ、職業に関して最も低い層にある女性の間で、権利を求めて交渉するという意識を芽生えさせるように努めている。
4.その他
- 2010年の第18次憲法改正の後、すべての労働法は州に委譲された。この権限委譲は、中央と州の間に格差を生じさせている。州レベルで適切な法律を策定し、州レベルで労働問題に対処する必要がある。加えて、法律には異なる州の労働者の労働条件に応じた規定を盛り込むべきである。
- 女性は非識字や無自覚のせいで自らの権利を意識していないため、経済における女性のシェアは認識されていない。加えて、女性は大部分がインフォーマルセクターで働いている。
- もう一つの問題は、外部委託や請負労働者の存在である。中間業者の搾取があり、労働者に利益が残らないためである。
- その他の課題としては、女性の教育と雇用機会の拡大、同一価値労働同一賃金の確保、賃金雇用におけるジェンダー不平等の是正などが含まれる。
- パキスタンにおける非致死的労働災害率は、2009年から2013年にかけて上昇し、2013年にピークに達した。この問題に対する適切なメカニズムが必要である。