2014年 ネパールの労働事情
ネパール労働組合会議(NTUC)
ヨゲンドラ・クマール・クンワール(Mr. Yogendra Kumar Kunwar)
財政担当
政治状況
ネパールでは、2008年に王政が廃止され、現在は連邦民主共和国になった。去年、2013年11月19日に、第2回の制憲議会選挙が行なわれ、ネパール国民会議派を中心にネパール統一共産党と小さな政党とが連立する連立政権が設立された。新政権は1年以内に民主的な憲法を制定するとしている。
経済状況
2012年の統計によると国民1人当年間所得は735米ドルで(約円)、GDP成長率は4.9%であった。人口の半分以上は、1日の収入が1米ドル(約円)以下という貧困ライン以下の生活を強いられている。
ネパール経済では、海外からの送金の役割が極めて大きい。ネパール人の30%が海外からの送金を受領していると言われ、一家庭が年間受領する額は年間平均8万440ルピー(約8万400円)という。この額は南アジアで最も多く、世界でも5番目になる。
ネパールで国の経済政策を策定している国家経済計画機関は、ネパールの経済を11年以内に新興国に引き上げるという目標を設定している。
労働市場
ネパールの総人口2649万人のうち総労働力は1180万人、その中の96.2%はインフォーマルセクター労働者である。毎年30万人の労働力が労働市場に参入している。
定まった賃金体系の下にある労働者(フォーマルセクター労働者)は約200万人と言われ、また自営業者は約180万人といわれている。産業別では、農業や林業に携わっている労働者が73.9%を占め、他の産業労働者は26.1%に過ぎない。こうした背景から、労働力の中で若い労働力が占める割合が高いが、残念ながら多くの若い労働力は海外へ出稼ぎに行かざるを得ない状況にある。
雇用状況
ネパールの雇用状況は、まず、ほとんどの労働者が最低賃金以下で働かざるを得ない状況にあるということである。完全失業率は5%と言われる。
労働環境も3Dと言われる危険(dangerous)、きつい(difficult)、汚い(dirty)環境におかれている。フォーマルセクターの雇用が縮小して、インフォーマルセクターの雇用規模が大きくなっている。生産セクターからサービスセクターへの雇用移動が強まっている。また、未熟練の労働者の存在が大きくなっている。
統計では、海外への出稼ぎ者の数は約300万人いると言われ、世界の48カ国でネパール人が働き、特に中東とマレーシアで数が多く、出稼ぎ労働者の80%が働いている。その他の東南アジア、アメリカ、日本でも働いている。
ネパール人労働者は貧困と教育水準の問題から搾取され続けてきたため、労働者が国内のどの都市で働くか、海外に出稼ぎに出るかは労働者の大きな関心事・選択となっている。
ネパールの海外留学生や高い教育を受けた者が、卒業後、海外に留まる、もしくは流出するという頭脳流出の問題もある。
インフォーマルセクターでは、多くの児童労働が見られる。今後、国内で雇用創出の可能性があるのは、農業、観光、工業、インフラ事業などである。
労働市場が抱える問題
労働力は多くあるが、有効に活用されていない。
投資を呼び込む環境が少なく、雇用を促進する投資が行なわれていない。低賃金で小規模生産の産業が多く、雇用を生む産業が少ない。
労使関係はよくない。労働組合を民主的に運営し、労働者を組織化し、健全な労使関係の構築を目指す必要がある。
インフォーマルセクターの労働者の技術のレベルが低く、少しでも技術のレベルを高めるためにネパールの2つの郡で、現在、JILAFの協力のもとで職業訓練を行なっている。
労働市場に関する分析情報が少ない。
ネパールの若者の約1500人が毎日海外に出稼ぎとして出国している。海外で死亡した労働者の遺体が毎日3人ぐらい運ばれてくる。
労働法は存在するが、それが活用あるいは実施されていない状況にあり、監督するための行政も力も弱い。
インフォーマルセクター労働者の問題
インフォーマルセクターの労働者に対する対策が必要である。
第1は全てのインフォーマルセクターの労働者を、地方の政府機関で登録するようにすること。続いて国レベルおよび地方レベルにおける三者協議の場でインフォーマル労働者問題を協議すること。第3番目は改正労働法の中でインフォーマルセクターの労働者の問題を規定する項目を設けること。4番目はインフォーマルセクターの労働者を組織化し団体を結成すること。特に青年と女性の組織化を優先すること。その意味でインフォーマルセクターの労働者を組織化するために、JILAFの協力で実施しているSGRA事業は非常に役に立つ。教育と保険の無料化も進める必要がある。
最低賃金を確保する制度
国レベルでの三者構成委員会で最低賃金を協議しているが、それは2年ごとに決める最低賃金であり、更に適用されるのはフォーマル部門に所属する労働者の最低賃金である。農業分野と建設分野を含むインフォーマルセクターの労働者の賃金は、地方政府(郡行政局)が決めている。茶農園で働く労働者の最低賃金は、別に定められており、他の分野よりも低い。
労働時間
労働時間については、労働法では1日8時間と規定されており、また継続した5時間労働ごとに30分間の休憩を与えなければならないと規定している。労働者のうちこの規定が適用されているのは44%、企業の63%だけに規定が適用されている。
時間外労働については1日4時間、週24時間以上働かせてはならないと規定し、その割増賃金は、時間当たり1.5倍と規定されている。
労働組合の共通課題
ネパールの労働者と労働組合の共通課題として以下のことが挙げられる。[1]憲法に基本的権利としての労働権を確立すること。
[2]インフォーマルセクターセクター労働者の識別のため政府機関への登録。
[3]労働者を尊重する労働法の制定とその実施の確保。現在、ネパールは、労働法を改正する作業を行なっている。7つの内容で改正が提案されている。結社の自由、社会保障基金、失業保険、労働委員会委員、一時金、職場の安全衛生などに関する法律の改正である。社会保障改正案が現在、議会に提出されている。
現在の労働法ではカバーされないインフォーマルセクター労働者も労働法が適用されるよう要求している。現行法では、10人以上雇用する企業にのみ労働法が適用されているが、1人でも働いている事業所でも適用されるよう要求している。
社会保障制度の充実の必要性も訴えている。使用者やその団体は雇用、解雇、賃金支払いの柔軟性を訴えているが、労働者側が訴えているのは、労働の柔軟性を語る前にまず社会保障を第一義的に充実させるべきであるということである。
労働者および労働組合のもう1つの共通課題は、国レベルの政策策定段階でそれを審議する委員会の委員の10%を労働者の代表にするべきであるという要求である。国レベルで政策を策定する段階で労働者の代表によって、労働者の権利、要求などを伝える必要がある。
ILO条約関係では第87号(結社の自由)の完全適用、および第189号(家事労働)と第102号(社会保障の最低限)の批准および適用を優先的に考えている。
優先分野
上記したことを含めて労働組合の優先分野を挙げておく。
[1] 労働組合をプロフェッショナル、かつ実践的にすること。
[2] 財政的に自立化を図ること。
[3] 労働組合の交渉能力を向上させること。
[4] インフォーマルセクターと自営業者の組織化
[5] 政府の政策策定への労働者代表の参加促進。
[6] 労働法の改正とその完全な実施。
[7] NTUC、GEFONT、ANTUFが指導的な役割を果たして設立された労働組合共同調整委員会(Joint Trade Union Coordination Committee:JTUCC)を中心にナショナルセンターが共同行動を発展させること。
ネパール発展の可能性
ネパールには発展の可能性がある。豊富な若い労働力を有効に活用して、農業、観光、それから水力発電などの分野を発展できれば、国の経済発展は可能である。
そのための前提条件は、ネパールが政治的に安定することである。ネパールは長い政治的な混乱が続いた。新政権の樹立に伴って、今年1年間で新憲法が制定されれば、それによって政治的に安定化する。政治的に安定すれば、ネパールの経済発展のために国民が活動を始める。ネパールで経済が発展し、雇用が創出され、社会的な保障も進めば、海外に出稼ぎに出かけている若者の帰国も進む。
ネパール労働組合総連合(GEFONT)
塗装・配管工・電気・建設労働組合連盟(CUPPEC)
スムリティ・ラマ・タマン(Ms. Smritee LAMA TAMANG)
GEFONTおよびCUPPEC国際担当
ネパール労働組合総連合(GEFONT)
サンタ・クマール・ライ(Mr. Santa Kumar RAI)
メチ郡委員会委員長
最近の政治動向
ネパールでは2013年11月に第2回制憲議会選挙が行なわれた。制憲議会選挙は、一生に1回と言われているが、ネパールではそれが2回起きた。議会の議席数は前回の選挙とは大きく異なり、毛沢東主義派(マオイスト派)は勢力を弱め、ネパール会議派が第1党、ネパール共産党統一マルクス・レーニン主義派(CPNUML)が第2党となり、2つ党の議席を合わせて議席数の約60%を獲得し、連立政権が成立した。ネパールでは10年間におよぶマオイストによる武装闘争を経験し、その後、選挙でマオイストは最大の勢力を獲得したが、今回の選挙では平和を望むネパール国民の期待が反映された。議会は約束の期間内に新憲法を作成するものと期待されていた。
しかし、ネパール国民の期待にもかかわらず、制憲議会は新憲法の制定を達成できずにきた。その理由は、毛沢東主義派が最上位カーストを基礎とした国家形成を目指したのに対し、他の政党が反発し、これが不達成の主要な原因である。選挙を通じて国民も毛沢東主義派の考え方に反対の意を示していたはずである。議会には労働組合が支援する5名の議員がいる。労働組合の期待としては、現在の政権のコイララ首相が1年間で憲法を制定するとの約束を果たし、その中で労働者の権利・利益、基本的労働組合権が保障されることにある。
労働事情
ネパールの労働市場はいびつである。未熟練で技能を欠き、そのため十分な賃金が払われず、雇用の機会にも恵まれないグループがある一方で、技能があり比較的多くの就労機会を持ち、十分な賃金を得ているグループも存在する。しかし国内の雇用機会は限られており、そのため少しでも何らかの技能を持つ多くの労働者は海外に出稼ぎに出かけていく。未熟練者はネパール国内に留まり、技能を持つ者は海外に出かける状況にある。毎日1500人の労働者が出稼ぎで海外に向け出国すると言われている。
ネパールのGDPのうち25%は海外からの送金によって占められている。ネパールからの頭脳流出は労働組合の大きな課題である。
同時に、労働法は存在するが、一部の例外を除き労働法が適切に施行されていない。賃金は貧困レベルにある。インフレが進む中、賃金と社会保障で生計を支えるのが困難である。すなわち全体の状況は充実しているとは言えない。
ネパールの労働組合組織
多くの開発途上国に見られるとおり、ネパールにおいても労働組合の乱立の問題を抱えている。ネパールには4つの主要なナショナルセンターと少数の小規模政治組織が存在する。大きなセンターとしてはGEFONT、NTUC、CONEP(公務、教育、金融などのホワイトカラー労働者を中心とする統一共産党系の組織:約20万人)、ANTUF(インフォーマルセクターの労働者を中心とする毛沢東主義派系の組織:約35万人)がある。それらに小規模の組織と合わせて11のナショナルセンターが集まって労働組合共同調整委員会(JTUCC)を構成し、共同行動を行なっている。
GENFONTについて
GEFONTはほぼすべての業種を網羅する30の加盟組織によって構成されている。現在は、加盟組織間の統合の結果、農業、製造業、運輸、ホテルなどのサービス分野を始めとする22の組織で構成されている。2014年3月に第6回GEFONTの大会が開催された。加盟組合員数は38万7418万人で、そのうちの約21%が女性である。GEFONTの執行部では女性が34%を超えている。
労働組合の制度的な枠組み
1992年のネパール労働組合法により、ネパールの労働組合は、企業レベル、産業・職種別レベル、ナショナルセンターレベルの3段階で構成されることになった。
労働組合として登録するために、企業レベルでは全労働者の25%以上、最低10人が労働組合に加盟する必要がある。企業の中に4つの組合ができる可能性があるが、その4つの中から選挙によって1つを代表として選び、経営者側と交渉する権限が与えられている。
産業別職種別レベルの連盟においては、同種の企業から5000人以上の加盟組合員、さらに50以上の企業別登録労働組合の加盟が必要である。ナショナルセンターの場合には10以上の産業別職種別レベル連盟の加盟が必要である。
GEFONTの機構
組織運営を容易にし、かつ強化するためにGENFONTの下に、22の産業別職能別連盟を[1]製造業、[2]運輸、[3]観光、[4]農業およびプランテーション、[5]教育・通信・金融、[6]非農業インフォーマルセクター、[7]都市部インフォーマルセクター、[8]医療健康の8つの協議会に分類している。
規約の下でGEFONTには11の県委員会があり、75の郡委員会を設置している。
労働組合の目下の課題
(1)労働法改正
労働組合の目下の最大の目標は、これから改正される労働法に労働組合の要求をどのように反映させるかである。1992年に制定された労働法への改正として社会保障の導入、男女平等の確保、全国労働委員会の設立、迅速で効率的な争議解決制度の導入、労働基準監督制度の導入などを目指している。また、1993年に制定された労働組合法に関しては、インフォーマルセクター労働者を含むすべての労働者を適用範囲にすることを目指している。
現在ネパールには社会保障基金という制度があり、フォーマルセクターの労働者は賃金の1%を支払い、政府も2%を出資しているが、現在の社会保障基金は、何にも使われず、全く機能していない。
(2)新憲法制定に当たっての課題
中央レベルおよび地方レベルの議会および政府機関において、使用者側と同じく労働者代表を要員の10%の参加を確保することである。代表の参加を確保することによって労働者の声を反映させることができる。
ストライキ権を含む労働基本権を憲法に明記する必要がある。
社会保障と社会的公正に関する権利についても明記する必要がある。
男女平等の達成
ネパールの労働市場では、賃金その他の労働条件や処遇おいて男女間に大きな差別がある。以前は差別の壁は煉瓦で作られていると言われていたが、現在はガラスの壁と言われ、見えるけれども、女性がそこへ辿りつこうとしても、このガラスの壁にぶつかり前に進むことができない状況がある。すべての労働組合が、お互い組織として相違があるとはいえ、女性の問題に関しては共同して取り組まないと問題を解決できない。
ナショナルセンター間の共同行動
労働法の改正、新憲法の制定に労働者の要求を反映させるために、多くの組織に分裂している労働組合が共同して要求していくことが重要である。その共同行動の場として1990年代半ばに11のナショナルセンターが参加して設立された労働組合共同調整委員会(JTUCC)が存在する。要求項目はJTUCCの中で共同して既にまとまっており、今後共同して政府に要求することになる。問題は使用者側の対応であるが、使用者側はまとまっていない。
ストライキ権を含む労働基本権の確立については最後まで要求を続けていく。EPZ内では、使用者側は労働基本権を拒否しているが、労働組合としてはJTUCC内で一致した要求となっている。
JTUCCは使用者団体に対して30にも上る要求項目を提出している。JTUCCが労働組合の共同行動の中心となっている。
政府に対して要求する場合には、労働組合がそれぞれの政党を通して共同して要求している。労働組合の統一については互いに抱える問題意識の違いや政治・政党との歴史的な関わり合いなどがあるため実現はむずかしいが、現在は少しずつ共同行動の枠を広げていくというのが実情である。