2018年 チュニジアの労働事情
チュニジア労働総同盟(UGTT)
ハヤート ヤコウビ エプ ハスナオウイ(Ms.Hayet Yakoubi Ep Hasnaoui)
研修・文化活動局トレーナー兼 大学教職員組合書記長
シハーム サーシー エプ ムティラウイ(Ms.Sihem Sassi Ep Mtiraoui)
研修・文化活動局トレーナー兼 スワックス市初等教育労働組合書記長
ガイス ナフティ(Mr.Ghaith Nafti)
委員 兼 Saidaビスケット工場組合執行委員
1.基本情報
面積は日本の43%あまり(約16.4万平方キロ)、人口は1100万人強、この大半がアラブ人である。政治体制は共和制をとっている。経済成長率(実質)は、2016年が1%、2017年が1.9%の推計値である。その政治・経済状況だが、2011年の革命以後、待遇改善や雇用をめぐる労働争議などから経済の一時停滞を招いた。また、2013年に発生した野党議員の暗殺をきっかけとする与野党の対立、政治状況の硬直化を打開するため、チュニジア労働総同盟(UGTT)、工業・手工業連合会(UTICA)、人権擁護連盟(LTDH)、および全国弁護士協会(ONAT)の4団体が与野党の仲介を努め、政治ロードマップに基づく国民対話・与野党間協議が実現した。(この功績から4団体は「チュニジア・ナショナル・ダイアログ・カルテット」と称され、2015年ノーベル平和賞を受賞)しかし、その後もテロの発生(2015年)があり、経済状況はマイナス影響を受けながら現在に至っている。(主に外務省情報)物価動向は、2016年4.2%、2017年6.4%、2018年5月時点で7.1%となっている。失業率はこの3年間(2015~17年)15%台が続いており大きな課題となっている。ナショナルセンターはチュニジア労働総同盟(UGTT)であり、約100万人の組織規模を誇っている。(注)数字は報告者による。
2.労使紛争解決への挑戦(実例2ケース)
(1)紛争実例1(電子関連の多国籍企業)-協力的対話による交渉解決の好事例
①チュニジアにおける多国籍企業の現状と労働紛争-下火になる紛争
多国籍企業の実態は把握しづらく定かな情報はないが、UGTTの調べでは外国企業数3068社、33万人余りの雇用という数字がある。チュニジア各地に展開され、その国籍は欧米、アラブ、アフリカ各国などであり、分野も工業、農業、サービス、観光など多岐にわたっている。
これら外国企業における労使紛争でストライキに及ぶ件数は、2017年40件(紛争205件)に上り、民間部門において記録されたストライキ総数の約20%を占めている。しかし、2016年と比べて50%、2015年と比べて54.5%減少と年々下火となる傾向にあるようだ。
②平和裏に解決した交渉-成果は協力的話し合いの賜物
当該企業は、電子関連専門の多国籍企業(親会社の拠点はフランス)である。労働者数は1300人、そのうち組合員は1190人、正社員700人、契約社員380人、その他は派遣労働者となっている。
2018年初めに経営側との交渉に向けて要求の取りまとめを行ったが、その内容は次の通りである。▷2018年に基本給の引き上げ、▷ラマダン月臨時手当(350ディナール)導入、▷犠牲祭手当の150ディナール引き上げ、▷年末手当を80%から90%に引き上げ、▷年末収益手当(600ディナール)導入
交渉は4回行われた上で5回目に合意に至っている。その意味では、紛争とはいえ平和裏に進められ交渉としての好事例といえる。第1回目の交渉では経営側は組合側の要求全てを拒否する対応となった。その理由は、会社の経営状況、賃金引き上げが及ぼす影響が挙げられた。組合側は、労働者の購買力の低下を理由に要求堅持の姿勢を貫いた。双方共の立場の固守が続く中、数回の交渉を経て、4回目の交渉では、要求に対する経営側の回答が示された。しかし、その内容は賃上げ率の減率(5%に留める)やラマダン手当の拒否など、要求との隔たりが大きいものであった。組合側はその経営側提案を拒否し、ストライキの実行通告を下すところとなった。しかし、5回目の交渉では、対話をあくまでも続けて、司法、社会問題省代表(労働監察官)、UGTT中央組織のいずれの第3者による介入もなく、一転して合意が成立した。その内容は次の通りである。▷賃金引き上げ7%、▷ラマダン月手当300ディナールの導入、▷犠牲祭手当の150ディナール引き上げ、▷年末手当は80%に据え置き、▷年末収益手当350ディナール導入
円満解決の背景に何があったかだが、まず基本的に、労使とも100%要求を貫くということではなく、話し合いの果てにお互いの立場を忖度しあう協力的交渉のあり方を尊重しているからだということである。まさに、この成果は協力的話し合いの賜物なのである。
さらに加えるとすれば、次の点も見逃せない。多国籍企業の従業員は国内地場企業と比べ、社会保障などで好遇されており、かつ企業側にとってチュニジアの賃金水準が相対的に低く、応えやすい状況にあったということである。双方が歩み寄る環境が手助けをしたということでもある。
UGTTの雇用維持、操業を続けるという視点にもかなう、紛争解決の1つの好事例といえる。
(2)紛争実例2(チュニジアの国際企業)
①紛争の原因-民営化の動きがきっかけに
当該企業は、1980年チュニジアの国際的なパートナーシップの枠組みの中で設立された。国家は公的銀行を通じて株式を保有し、役員人事を通じて経営の監督を行っている。労働者は1000人を擁する規模である。同社は、民営化をきっかけに赤字へと転落することになった。2016年3月には公的銀行が原材料の購入資金提供を拒否、また、たった1枚の請求書の支払いが14日間遅れたことを理由に、原材料が差し押さえられ電気供給が停止された。そして、ついに公的銀行は新たな投資家に株式を売り払い、経営から手を引いてしまった。同社は負債がかさみ、返済ができず2016年4月に生産を停止するところとなり、労働者に不安と混乱を招いた。
2016年6月になり、新たな所有者と組合との最初の交渉が開かれた。これにより明らかとなったことは、支配を強めようとする思惑であり、それがために操業再開の条件は厳しい内容であった。例えば、労働者を3カ月間の技術的失業の対象とすることや、国家からの産業訓練助成の対象となることなどであった。さらには社員が獲得していた経済的・社会的条件が民営化した会社の持つ可能性に見合わないとして、これを取り下げるプログラムまで準備されていた。
②闘争行動の開始-治安当局の過酷な弾圧もはねのける
労働者たちの生活は、同社の活動停止により深刻な状態となった。組合の主導により、労働者の会合が相次いで開かれ、生産現場において座り込みを行うことが決議された。それは、操業再開への圧力をかける狙いであり、2016年4月以来奪われていた労働者の労働債権(賃金や手当)を取り戻すためのものであった。同年7月には地元組織及び地方組織との連携による座り込みが開始された。治安当局は過酷な弾圧に打って出たものの、あくまで働く権利を主張し、労働債権を要求する労働者を強制的に解散させることができなかった。
③交渉経過とナショナルセンターUGTTの役割発揮-対話交渉が解決の拠り所に
2016年12月、労働和解監察局において最初の合意が結ばれた。この会合は、UGTT中央組織の代表者や当該企業組合の代表者、同企業の法的代表者、チュニジア工業・商業・手工業連盟(UTICA)の代表者が出席し、社会問題相が議長を務めた。
合意内容には、労働者の労働債権(賃金、手当)や、労働に関連する措置に関するものなど(週間労働時間、残業、交通、食事など)複数にわたるものであった。また、工場2ヵ所における労働の再開についての合意も成立し、社内環境改善の必要性が確認された。さらに、労働者に対する経営側の措置や決定事項の取り下げ、これに伴う抗議行動に関する訴追や告訴も停止されることになった。
ところがこの合意署名にもかかわらず、投資家側は労働者の債権に関する約束を守らないことから、改めて地方と全国レベルで当事者間の交渉が行われた。その話し合いの内容は、当然ながら合意成立(2016年12月会合)した労働者の権利に関することや、操業停止問題についてであった。
この紛争に伴い社内の活動がしばしば停止することになり、職場は陰鬱な雰囲気に覆われていたことから、この打開を目指しUGTT中央組織がこの問題を全面的に引き受け、政府及び投資家側の代表者との間で交渉を行うところとなった。そして、紛争当事者間で結ばれた合意の履行を保証する枠組みを設定するため、3者から構成される委員会が設置される運びとなった。
紛争は長期にわたったものの(2016年4月16日の投資家側による操業停止~2018年1月24日の3者委員会による合意署名まで)、当事者間の対話と交渉が紛争打開の拠り所になったことは間違いない。