2013年 モロッコの労働事情

2013年10月4日 講演録

モロッコ労働組合(UMT)
モハンマド ワーフィー(Mr. Mohamed El Wafy)

広報部コーディネーター

 

1.モロッコの労働情勢全般

 モロッコにおける雇用を巡っては構造的な問題が提起されている。国際的な経済危機の影響で若年層(平均年齢は男性26歳、女性27歳)における失業者、解雇者の増加に、政府の施策が対応できずにいることがその顕著な表れである。
 最近の公式統計によると、2012年の失業者数は労働力人口1190万人(人口の49%)のうち113万人で、10万9000人増加し失業率は9.9%に上昇した。建設・公共事業部門では3万8000以上の職が失われた。2012年の若年層の失業率は25%以上に達している。
 モロッコでは人口が増加しているが、それに対して経済の発展が追いついていない。失業者の増加、解雇者の増加に対して、政府の対応は遅れている。
 雇用の大部分は不安定である。特に大きな問題として挙げられるのが、下請契約による労働で、いわゆる非正規労働と呼ばれる労働である。一時的ないし季節契約による労働の割合が高まり、下請け契約による労働者(ほとんどが一時的労働者)が増加している。また公共部門においても下請け契約による労働が広がっており、下請け派遣専門の企業が利用されている。こうした雇用形態が日本では30数パーセントを占めていることを学んだが、モロッコにおいても同じ状況になることをモロッコ労働組合(UMT)は懸念している。
 またモロッコでは、非組織部門あるいはインフォーマルセクターと呼ばれる部門が拡大している(毎年4万ユニットが起業され増加率は18%。その数は2011年には175万社に達した。57%以上は商業を営んでいるが、75%は1人も雇用しておらず、50%は拠点を保有していない)。非組織部門の雇用者数は、組織部門とほとんど同数の250万人に上り、売上高は350億ドルで、国内総生産(GDP)約1050億ドル(一人あたり約3500ドル)の18%を占めている。

2.モロッコ労働組合(UMT)が直面する課題

 UMTは現在、複雑かつさまざまな問題に直面している。労働組合運動上の問題は、アフリカ地域全体の構造的・歴史的な問題であるのかもしれないが、モロッコにおいても労働運動は分裂状態にある。30以上のナショナルセンターが存在し、それらのほとんどがひとつの政党によって組織され、労働組合運動が政治家によって利用されている。労働組合運動が政党に利用されている現状は不健全な状態であり、意見の多元性を反映しているのではなく、むしろ労働運動が分裂化・対立化していると捉えるべきである。
 次に、労働組合運動の自由に関する問題がある。労働組合の多元性が吹聴され、労働組合は長きにわたって闘いを続けてきたが、労働組合運動の自由に対する侵害や、組合指導者に対する懲罰・追放・追及が依然として続いている。それは憲法や国内法および国際法に定める規定に違反する状況である。現在でも政府による抑圧は続いており、最近も労働の自由を侵害したという理由で労働組合指導者2人が逮捕された。
 一昨日、ある企業で、労働組合が設立されたというニュースを受け取ったが、翌日になると、今度はその労働組合に所属している組合員全員が追放、逮捕されたという事態が発生したが、このような事態は現状の一端に過ぎない。UMTにとっては、要求を実現することも重要であるが、労働組合活動の自由を勝ち取ることのほうが優先課題となっていることが現実問題として存在する。
 労働組合や労働者が直面する喫緊の課題としては、必需品価格補助基金の改善の問題がある。政府は、現行の補助金の制度を段階的に廃止し、条件に適合する家族に対し、毎月直接、物理的な援助をする制度に変えていこうとしている。しかしUMTとしては、腐敗した今の行政システムでは、本当に援助を必要としている人々に支援が行きわたらず、最終的には失敗するのではないかと危惧している。
 次の課題は、退職基金改革に関するものである。モロッコの退職基金は公務員のための基金と民間部門のための基金のふたつに分かれており、それぞれに基本部分と補完的部分があり、合計4種類の退職基金が存在する。政府は退職基金の改革によって基金の存続性を確保し、一部の基金で問題になっている構造的な赤字状態を克服することをめざしている。しかしUMTは、改革によって賃金労働者や定年退職者、その他の権利を有する労働者が損失を被るのではないかと危惧している。
 最後の大きな課題は、賃金労働者にとって不公平で複雑な税制改革の課題である。税収の75%は賃金に課せられる税金が源泉になっている。政府が2013年初めに呼びかけた税制改革に関する国民的議論にわれわれも参加してきたが、国内外におけるこれまでの数々の改革において労働者階級が高い代償を支払わされ、失敗に終わってきた前例を見るにつけ、UMTは政府が発表する結果について懸念を抱いている。
 以上の他、UMT自身においても数々の重要な課題に直面している。組織財政の問題や、組合員の研修、研修担当者の育成などである。

3.課題解決に向けたモロッコ労働組合(UMT)の取り組み

 UMTでは「労働組合運動の統一」を、労働者の分裂に抗するための最も重要なスローガンとして、また闘争の拠りどころとして掲げている。またこれを組合員や労働者の間に定着させるべく、その重要性を説き、労働者の団結が弱体化させられることの危険性について啓蒙を図っている。そうすることで、これからの世代の労働者の意識が高まり、統一という選択肢が実現しているドイツ、日本、韓国、英国のように労働者の利益に望ましい影響がもたらされるよう期待している。
 またUMTは、補助金や退職基金の制度、税制などについて啓蒙を図り政策に影響を与えるための会合や議論の場を設けることに努め、現行の制度や修正案が労働者の利益を損なう場合には、その不公正さについて証拠を提示してきた。また解決策を提示し、政府や使用者側に対して政策の危険性に関する意識を喚起するための覚書を提出し、代替案を提案してきた(例えば2011年の要求覚書、新憲法改定覚書など)。
 こうしてUMTは、税制改革をめぐる国民的議論に参加し、退職制度改革国民専門委員会にも参加してきた。また、議会の第二院に積極的に参加し、経済・社会・環境の各評議会などにも参加してきた。さらに人材育成支援や、友好関係にある労働組合組織との協力を行なっており、現在の状況がもたらすさまざまな課題に対応するため、組織の基本的構造の近代化に努めている。

4.モロッコ労働組合(UMT)について

 UMTは、モロッコで最も古く大規模な労働組合組織であり、1955年3月20日に抵抗運動に参加していた青年労働者らによって設立された。設立までの間、労働者の検挙や活動の禁止など、さまざまな抑圧があった。
 UMTは、政治・経済・社会の独立に前衛的な役割を果たすとともに、マグレブ、アラブ、アフリカの各レベルにおける地域的な組織の設立を通じて、アフリカおよびアラブ諸国の労働組合運動においても指導的な役割を果たした。UMTの活動家は逮捕、拉致、追放のみならず暗殺に晒されることもあったが、闘争を継続し、労働者や国民一般の各階層を擁護し続けてきた。