2013年 パレスチナの労働事情

2013年10月4日 講演録

パレスチナ労働組合総連盟(PGFTU)
サーレフ A.S. マフムード(Mr. Saleh A.S. Mahmoud)

情報通信・郵便労働組合 委員長

 

1.パレスチナにおける労働運動の歴史的背景

 パレスチナの労働組合運動は、1920年代にまでさかのぼる。パレスチナの鉄道産業に働く労働者によって、労働組合が結成され、鉄道部門の労働者をめぐる状況の改善を求めてさまざまな活動を開始した。結成のもうひとつの目的は、当時パレスチナを支配していたイギリスによる植民地支配に対する抵抗運動であった。このふたつを目的に労働組合運動が開始された。
 その後、1947年のイスラエルによるパレスチナ占領という事態により大きな転換期を迎えた。当時、ハガナと呼ばれるイスラエルの民兵組織によって、デイル・ヤシーン村などのパレスチナ人居住の村落で虐殺事件が起こり、大規模なパレスチナ難民問題が発生した。その後も、当時のベギン・イスラエル首相の政策のもとで、パレスチナ人に対する迫害が行なわれ、労働組合はこのような迫害問題を他の問題に優先して取り組むべきであるという路線転換が行なわれた。
 1948年のイスラエル建国では、大規模なパレスチナの難民問題が発生した。経済情勢も以前とは一変した。イスラエル占領当局が、あらゆる国境、その他公共施設、土地、インフラ、すべてを支配する状況になると、パレスチナはかつての経済状況とはまったく違う情勢を迎えることになった。このような状況を受けて、当時まだヨルダンが実効支配していた状況にあったヨルダン川西岸地区では、ヨルダンの同胞たちおよびヨルダンの労働者と連帯し、このヨルダン川西岸地区をメインとする組織と、占領されたヨルダン川西岸地区の西側の労働者と連帯組織などを立ち上げ、イスラエルの占領政策に対する闘いを進めていくことになった。
 1967年の第3次中東戦争により、イスラエルは、ヨルダン川西岸地区を含むすべての土地を占領し、現在にまで至っている。パレスチナの労働組合組織は、非常に厳しい状況にありながらも存続し、活動を続けた。イスラエル当局は、そうしたパレスチナの労働組合活動に対して激しい弾圧を行なった。労働組合員の中で、イスラル占領当局の手によって殺害された者も、この時期に多数発生している。イスラエル占領当局は、パレスチナ経済に対してもさまざまな制約を課した。国境をすべて支配することによって、輸出・輸入を完全にコントロールした。また、工場などの大きな設備・施設を建てるときも、すべてイスラエル当局の許可・承認がなければ、一切認めなかった。また、労働市場における人の出入りについても、厳重に管理することによって、自由な労働市場を認めてこなかった。
 このようにさまざまな形で、イスラエルによる厳しい経済統制により、現地情勢が不安定化し、また経済的自由が制限され、投資がほとんど呼び込まれない。また、人の出入りが厳しく統制されている中で、あえて投資をしようという者も出てこない。逆に、資本が逃げていく。最終的には、労働者であるパレスチナ人は移民としてパレスチナを出て他国で働かざるを得ない。イスラエルにとっては、パレスチナ人が減少することによって、パレスチナ問題の存在が徐々に減っていき、事態が有利に展開するという思惑のもとで厳しい経済制約を課してきたのだと考えられる。

2.パレスチナの労働情勢全般

〈限られた労働市場〉

 パレスチナの労働市場は非常に規模が小さく、増大する労働力を吸収するにも限界がある。パレスチナ人の労働市場を考える上で重要なことは、パレスチナ人が労働できる場所が、大きく3つに区分されていることである。まずは、1948年のイスラエル建国の際に、イスラエルが占領して自国領とした、いわばイスラエル領である。パレスチナ人がイスラエル領内に出稼ぎで労働を行なうことになる。2つ目の市場は、1967年の戦争でガザ地区と西岸地区を占領されて自治区と呼ばれている両地区での労働である。ここにはイスラエル人入植地なども含まれている。3つ目は、パレスチナ自治政府がさまざまな権限を行使することができる非常に限られた地域での労働である。この地域は、オスロ合意と呼ばれる暫定自治合意に基づいて取り決められている。パレスチナ人は、これら3つのいずれかの地域で労働せざるを得ない状況にある。

〈イスラエル領内での労働〉

 イスラエル領内で労働する労働者は多数いるが、労働者たちは2種類に分かれる。ひとつは、生活費を稼ぐために不法就労として、イスラエルで労働する労働者で、これらの労働者には何の法律的な保障もない。もうひとつは、イスラエル当局から就労許可を得て、その許可のもとでイスラエル領内への入国を許されて働く労働者である。この労働者には、労働関係に関してイスラエルの法律が適用される。しかし問題は、社会保障や労働組合費などはイスラエルの法制に基づいており、例えば年金基金、失業保険など、さまざまな社会保障の基金もイスラエル側に支払わなければならないが、パレスチナ側に帰ってきても、その保障をパレスチナで受け取ることが事実上不可能というねじれた状況になっていることである。

〈暫定自治区内の現状〉

 また、国境線は未だ確定していないとはいえ、自治が行なわれているパレスチナ自治地域内で自治政府の法制度が適用されているのかというと、実際は適用されていない。よく見ると、イスラエル側と暫定自治政府の合意の中で、現在の自治区はA、B、Cと3つの地区に性格づけられている。C地区では民生、つまりパレスチナ住民の生活にかかわる事項も、また治安維持管理や警察・軍隊に関する事項も、すべてイスラエル側が責任を持つとなっている。このC地区が圧倒的大半を占めている。パレスチナ政府が責任を持って、治安維持管理から住民の社会保障や生活保護まで担当しているA地区は、ほんのわずかにすぎない。このわずかな地区で働くパレスチナ人に対して、パレスチナ自治政府の法制度が適用されているという現状である。またC地区には、イスラエル軍、イスラエル人によって不法に打ち立てられた入植地が大量にある。しかし、このC地区においてはパレスチナ自治政府自らの法律を施行・適用する力が無いのが、現在の暫定自治区の現実である。

注:1995年のオスロ合意IIに基づき、ヨルダン川西岸地区について以下のことが規定された。
  A地区…パレスチナ暫定自治政府が治安権限と民生権限の双方を保持する。
  B地区…イスラエル政府が治安権限を保持し、パレスチナ暫定自治政府が民生権限を保持する。
  C地区…イスラエル政府が治安権限と民生権限の双方を保持する。

 〈高い失業率〉

 パレスチナ自治区全体の失業率は現在28%に達している。しかしこの数字は、治安情勢が安定して、イスラエル占領当局によるパレスチナ人に対する対応が通常時の場合の数字である。事件が発生して、イスラエル占領当局が、非常事態を宣言した場合には、パレスチナ人の移動や出入りがチェックポイントで厳しく規制される。そういう一時的に治安警戒レベルが上がるような状況になると、パレスチナ人は職場に行くことができなくなり、労働することもできなくなる。このような場合には実質的な失業率は一気に60%ぐらいにまではね上がると推計されている。

〈労働条件〉

 パレスチナの労働市場での賃金は低下している。2013年1月1日よりパレスチナ自治政府は月約410ドルを最低賃金とすることを決定したが、自治政府の監視・調査が不十分であり、90%を超える企業で最低賃金が支払われていない。労働時間は民間部門では30分の休憩時間を含め1日8時間、週6日で、休日労働は有給である。最近は、非正規労働、特に家事労働者の問題が増大している。

3.パレスチナ労働組合総連盟(PGFTU)が直面する課題

 現在、PGFTUが労働組合として取り組んでいる重要な4つの課題がある。まずは『労働組合法』を制定して、ILO条約第87号(結社の自由及び団結権保護条約)と同第98号(団結権及び団体交渉権条約)の履行を達成することである。第2は、賃金、労働時間、職場の安全衛生、労働条件、ディーセントワークに関する社会的な遵守、ILO条約第189号(家事労働者条約)に関する条項の遵守をパレスチナにおいても実現させることである。第3は、2014年中に、社会保障に関する法律の制定をめざしている。第4は、現在の労働者の状況を考えると、必ずしも十分な内容と言えない労働法の一部改正である。こうした課題解決のための取り組みとして、労働者の権利を擁護するために、労働組合員を動員して、さまざまな運動や訴えを行なっている。労働組合員だけではなく、現地の市民団体や、有力な政治家や社会活動家、有識者とも連携を強めている。また、国内だけではなく、国際労働組合総連合(ITUC)や国際労働機関(ILO)をはじめとする国際機関との連携も強化している。

4.最後に

 パレスチナにおける労働組合運動は、通常の労働者をめぐる待遇の改善のための運動以外に、極めて政治的な活動を余儀なくされている。それは占領に対する抵抗、占領に対する闘いである。占領されている土地をすべて解放しなければ、労働者の真の意味での尊厳が取り戻せないということがパレスチナの労働組合運動の大きな特徴となっている。
 最後に、日本の労働者に、連帯と感謝と尊敬の気持ちをパレスチナからお伝えしたい。パレスチナの労働者は、日本の労働者を高く評価している。日本はパレスチナの労働者にとって第二の祖国のように身近な存在である。労働者の利益実現のために、日本の労働者が頑張っている姿に対して敬意を表したい。日本の労働者の貴重な活動により、社会的公正や雇用の安定その他、さまざまな権利の実現が必ず果たされることと信じている。