2007年 バーレーンの労働事情

2007年12月5日 講演録

バーレーン労働組合一般連盟(GFBTU)
Abdulqader Abdulkarik Kadeea Shehab

 

 第2次世界大戦までは、農業や真珠採取の労働者が一般的な労働者であった。真珠採取の労働者やほかの労働者も抑圧されて賃金は少な<、苛酷な労働を強いられていた。1932年にバーレーンで石油が発見され、国家はもちろんであるが労働者にとっても石油採掘の起業により労働条件が大きく変わった。1936年に石油の精製所ができた。1943年には最初の労働ストライキが行われた。1956年に労働法が施行され、労働者、管理職双方の組合活動が許され、1965年、68年、70年に大きなストライキが行われた。1972年頃から労働運動の激化に伴い、73年から75年の間、政府は治安維持法をしいて多くの労働者を収監した。イギリスからはすでに独立していたが、イギリスの支配、影響力は強く残っていた。1983年にバーレーン労働者総連盟が設立された。1999年に現在の国王が就任し、政治改革と経済改革が行われた。労働組合法もできて組合運動も大き<前進を遂げた。
 2002年にようやく治安維持法が廃止され、その年の5月に国王は大きな組合の組織化を許可した。労働組合も名前を変えてバーレーン労働組合総連盟(GFBTU)になった。政府は、当初総連盟の存在を認めなかった。国際組織のほうが先に総連盟を認可した。その後政府も労働組合との交渉を受け入れたものの、労働組合の活動については今でも厳しい制限を加えている。ストライキは禁止され、政府部門においての労働組合結成の禁止、また労働組合員の政治活動も禁止されている。現在バーレーンでは74の組合があるが労動者の組織率は20%にすぎない。当面の課題は、民間企業での組合活動の促進と青年・女性都門の拡大である。そのほか政治活動への参加や労働法のスト規制解除などもある。労働紛争を解決するために仲裁委員会があったが長<活動を停止されていた。このほど活動が再開されたが年金が労働者と政府で公平な分配になっていないという問題がある。女性の労働者には産休が2か月、妊娠中は一日2時間の労働の軽減という権利がある。