2015年 ウルグアイの労働事情

2016年1月22日講演録

ウルグアイ労働組合連合会(PIT-CNT)
ニコラス・ファビアン・インファンテ・カストロ
(Mr.Nicolas Fabian Infante Castro)

全国乳製品生産協同組合労働組合執行委員兼青年委員会委員兼PIT-CNT青年委員会委員

 

1.労働情勢

(1)唯一のナショナルセンター PIT-CNT
 ウルグアイでは労働者の35%が労働組合に加入しているが、その労働組合のほとんどがPIT-CNTに加盟している。その組合員数は約41万人である。2004年当時は組合員数が12万人であったことからすれば、この10年余りの間に非常に大きく成長したことになる。現在、経済状況の鈍化傾向もみられる中(注1)、労働組合に寄せる期待も高く、その活動は多岐にわたる。

(注1)国内総生産(GDP)成長率 2013年4.4%、2014年3.5%、2015年1.7%(見通し)
物価上昇率 2013年8.5%、2014年8.3%、2015年9.4%(見通し)

(2)組合員増加の背景と現状
 組合員増加の中でも、若年労働者の増加が特徴である。その要因は、PIT-CNTが十分な知識や技能がない若者のために、教育機関であるクエスタ・ドゥアルテ研究所を設け、人材育成に力を入れてきたことにもよるが、一番大きな要因は、2004年に誕生した政府が、非常に労働者および労働組合に理解があることが大きい。
 この政府は拡大戦線政策により、労働組合活動を保護している。また、労働組合活動に関わるさまざまな法律の整備も手掛けている。例えば、労働組合活動の自由を保障する法律の中で、組合費を労働組合に成り代わって企業が徴収し、労働組合にきちんと渡さなければならない義務付けや、企業側が団体交渉の席を設けなければならないなどの規定が定められている。
 しかし、労働組合と政府がいつも蜜月関係にあるわけではない。ウルグアイでは労働者の大半が公務員であり、PIT-CNTに加盟している労働者の大半が公務員で占められている。去年、その公務員である教職員のストライキに対し、政府はそれを禁止する法律を提案した。当然ながら、これに反対しデモ行進が行われた。
 また、PIT-CNTは労働者だけでなく学生連盟とも非常に緊密な関係を保っている。それは、学生が未来の労働者であり、若者の10人に3人がインフォーマルセクター労働者

(注2)である現状から、その権利と保護のために連携を強めている。
(注2)インフォーマルセクター労働者の割合は、2015年24.9%(2004年時は40.7%)

(3)PIT-CNTの取り組みやで進展した法整備
 PIT-CNTの取り組みや要求のもと、いくつかの法律が成立するという成果が得られた。例えば、『労働組合活動自由法』や人間としての尊厳を維持するために重要な法律である『アイデンティティ変更法』、中絶を許すための『妊婦を守る法律』、『大麻使用許可法』、などがある。
 さらに、PIT-CNTの要求により承認された法律で、企業の中で労働災害などが発生し障害や死亡に至った場合、刑法で雇用主を裁くことのできる法律もある。

2.労働組合が現在直面している課題(人材育成が喫緊の課題)

 PIT-CNTの取り組みにより、労働者の権利や利害、特に組合結成の自由と団体交渉権を保障する新たな労働関係の法律が成立し、労働組合加盟の増加を促した。これによりさまざまなレベルで団体交渉が必然となり、PIT-CNT傘下で行われる団体交渉の割合が98%と高いことからも、労働組合として団体交渉を有利に運ぶ能力が問われている。しかし、加入している組合役員も若年層が多くなり、知識や交渉能力に欠けている。そこで組合員への教育を充実し、将来を見通しながら短期的要求に対応するための能力を養い、団体交渉のできる力を身につけた人材の育成が問われている。
 もう一つの課題は、「正社員的」な職域において、正社員を期間労働者に代替させることへの対応である。

3.その課題解決に向けた取り組み(正社員の期間労働者への代替は許さない)

 この人材育成問題に対処する組合の方針として、PIT-CNTの教育機関であるクエスタ・ドゥアルテ研究所を利用して労働組合教育に力を入れている。
 また、正社員的な職域を期間雇用契約に代替させるという方法については、可能な限りの手段を用いて反対の姿勢を続けるつもりである。労働組合は以前から、正社員を期間労働者に代替させることは許さない、派遣企業との契約を制限する、残業をやめさせるなどの取り組みをしてきた。これは、「労働の不安定化」の一つの形だと捉えているからである。労働組合運動が8時間の労働時間のために戦ってきたのも、「労働の安定化」で生活の質を確保することが重要であり、持続的かつ堅実に社会が発展する方法だと考えるからである。