2005年 アルゼンチンの労働事情

2005年2月16日 講演録

アルゼンチン労働総同盟(CGT)
パブロ ロベルト コメグリオ ブランダン

たばこ産業労働組合 総務担当局長兼CGT国際担当委員

 

CGTについて

 私はアルゼンチン労働総同盟(CGT)に属しており、私が直接所属する労働組合はたばこ産業単一労組です。
 私はアルゼンチン共和国のたばこ産業労働組合の総務担当書記をしています。この組合は全国で活動しており、私は特に組合の資産や人材の管理、また組合活動の企画運営を担当しています。そして私はたばこ産業の中での組合の闘争活動に活発に参加していると同時に、団体協約関係の内容を話し合ったりもします。アルゼンチンには、労使が代表する労使協議会という仕組みがあり、その中で労働条件や賃金などの交渉をします。つまり、経営者の団体、または企業と話し合ったりするわけです。
 CGTにはJILAFのような研究センターがあり、そこでは労働関係の研究をしています。この機関はとても重要な機関で、今までに国の大臣などを輩出しています。私はこの労働研究センターの理事をしています。私たちの組合CGTですが、IUF(国際食品関連産業労働組合連合会)に加盟しており、IUFの中で活発に活動を続け、さまざまな行事に参加しています。私はまた、CGT国際関係局の地域統合部の活動にも参加しています。1990年以降、メルコスールという南米南部の市場統合の活動に参加してきました。私は南米南部労働組合ナショナルセンター連合(CCSCS)のメンバーでもあり、CCSCSの行う生産性関連の開発委員会の活動にも参加しています。この委員会はメルコスールの労働組合が労働生産運動やその連携を検討したり、生産性活動の均衡を保つための補完的な活動を検討する組織です。私はメルコスールの経済社会諮問フォーラム(FCES)にも加わっています。FCESというフォーラムはメルコスールの公式諮問機関であり、労働組合や経営、またNGOなどのさまざまなセクターが加わっています。そして市民社会の意見が政府に反映されるように提言を行っています。私はまたペロン党(正義党)の政治活動にも参加しています。アルゼンチンの労働組合活動の幹部の多くが、この正義党の活動を行っています。私も自分が住んでいるところで党の代表として活躍しています。

国内の組合活動

 アルゼンチンには2004年に2,800の組合が登録されていました。中にはとても小さい組合もあります。50人以下しかいない組合もありますし、何十万人も組合員のいるとても大きな組合もあります。代表的な労働組合は、労働組合のいろいろな活動に参加する労働者を代表する合法的な組織として認められています。つまり、組合としての法人格を持っているということになります。こうした労働組合が交渉して、団体協約を締結します。現在法人格のある組合はおよそ1,100です。
 次に団体交渉ですが、私どもは団体交渉が我が国の労働組合の主な手段になると思っています。団体交渉は労働者の権利の基盤になるだけでなく、さまざまな社会活動における労働者の本当の意味での民主的な参加の基本となる手段と言えます。アルゼンチンには、団体協約については長い歴史がありますが、ネオリベラルな政策が盛んだった時代には団体交渉はとても難しいものとなりました。ドルの兌換制が廃止され、新しい経済と生産の制度が生まれてくると、また団体交渉が盛んになってきました。最近では、多くの協約が締結されています。2004年1月から9月までに238の協約が締結されています。そして2004年に承認された交渉のうちの63%が企業関連のもので、残りの33%は産業全般にわたるものです。この期間の産業全般に対する団体交渉はおよそ105万人の賃金労働者を対象にするものです。産業の中でももっとも交渉が多かったのは製造業で、その中でも皮革業と食品産業が多くなっています。特に、賃上げ関連の団体交渉が増えており、第3・四半期では交渉の95%が賃上げ関連でした。そして産業レベルの交渉で合意された最低賃金は、アルゼンチンの最低賃金水準の450ペソを上回ったものになっています。

国内の経済・社会情勢

 最後に、グローバル化された経済の中での、アルゼンチンの経済・社会情勢を話したいと思います。2004年を見てみると、製品についてもサービスについても、新たな成長が見られたと言えます。そして特に最初の四半期と10月、11月の数字、特に経済活動の重要な指標を見てみると、アルゼンチンの年間平均経済成長率は8%前後になると言えます。このことからも国内生産は2年連続で大きく成長していると言えます。そして、国民1人当たりの所得ですが、2003年には7.9%の増加となっています。2004年の終了時点では7%以上増加しています。したがって、2002年にドル兌換制が廃止され、大きな落ち込みをこうむった経済からこの2年間で回復したということが言えると思います。つまり、1998年以来、国内の平均所得というものが断続的に下落してきたのですが、今の状況というのは2002年前の状況とは相当対照的だと言えます。1998年ですが、その前にテキーラ危機が起きて景気後退が起こり、その後98年までは回復という路線にありました。その後、景気の後退が起き、99年の下落率が4.6%、2000年は5.2%、2001年が2.3%、そして2002年には14.6%と非常に大幅な下落となっています。