2006年 ボスニア・ヘルツェゴビナの労働事情

2006年11月15日 講演録

ボスニア・ヘルツェゴビナ独立労働組合総連合(SSSBiH)
レジェラ・カウセビッチ

国際局長兼青年部コーディネイター

 

ボスニア・ヘルツェゴビナの概要

 「ボスニア・ヘルツェゴビナ」という国名は、1995年のデイトン和平合意の後につけられたものである。それ以前は、「ボスニア・ヘルツェゴビナ社会主義共和国」と呼ばれユーゴスラビア連邦を構成する一共和国であった。このユーゴは91年に解体された。正確な人口ははっきりしないが、推定で現在は約390万人といわれている。首都はサラエボ、人口はおよそ50万人程度。公用語は、ボスニア語、セルビア語、クロアチア語の三つ。主要民族は、ボスニア人、セルビア人、クロアチア人の3民族。
 1992年から1995年までの激しい戦争によって20万人の犠牲者と150万人の難民・避難民をだした。1995年11月オハイオ州デイトンにおける21日間にわたる和平会議の結果、和平案の合意に至り1995年12月14日フランスのパリでボスニア、セルビア、モンテネグロ、クロアチアの大統領が和平協定を調印、戦争が終結した。
 その結果、新しい憲法と新しい国の機構が組織された。現在、連邦国であるボスニア・ヘルツェゴビナは二つのエンティティ(政体)と呼ばれる部分と一つの地区によって構成されている。最初の二つの部分は、スルプスカ共和国、ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦。地区はブルチコ地区と呼ばれるところ。さらに、連邦は10の県(カントン)分かれている。また、連邦レベルには9つの省があり9人の閣僚と議長からなる閣僚評議会がある。さらに三つの政府、ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦、スルプスカ共和国、ブルチコ地区である。労働法典も三つ存在する。従って、労働組合は合計で14もの政府を相手にしなくてはならない。

労働市場

 2006年6月現在の失業率は統計局のデータによると47.81%(2006年8月)である。この高失業率、とりわけ若年層の失業とインフォーマル経済が連邦の直面している深刻な問題である。2006年8月現在、連邦の平均賃金額(月当り)は、ドル換算で$378.83,年金がおよそ$148.47。生活費は、統計局の数字で約$303.53。組合も毎月の生計費統計数値を出しているが、統計庁のデータとは大きく異なっている。それは組合の数値には教育費、住宅費、光熱費、さらに文化的な生活を送るための費用、書籍代、また奨学金などが含まれているためである。

ボスニア・ヘルツェゴビナの労働運動

 ボスニア・ヘルツェゴビナ労働組合総同盟は、ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦独立労働組合総同盟、スルプスカ共和国労働組合総同盟、ブルチコ地区労働組合の3組織によって2005年に結成された。結成前にボスニア・ヘルツェゴビナ独立労働組合総同盟がすでにICFTU(現ITUC=国際労働組合総連合)に加盟していたことから新組織が継承した。欧州労連(ETUC)にはオブザーバーとして参加している。
 新組織は3つの点を重点に活動をすすめる。経済社会審議会を通じての国との協力、国際協力、法的保護サービス活動である。

ボスニア・ヘルツェゴビナ独立労働組合総連合(SSSBiH)
1905年結成、本部サラエボ、組織人員約276,000、産別加盟22。歴史のなかでは組合が禁じられた時もあり組織名称も何回か変わっている。99年より現在の名称。2005年に結成100周年を迎えた。連邦の組織労働者の71%を代表している。24名構成の執行委
員会には青年部および女性部からそれぞれ1名の委員が選出されている。部局は、経済・財政部、法務部、教育部、国際部。

スルプスカ共和国
スルプスカ共和国労働組合連合(SSRS)
ビリャナ・スクルビッチ

青年部委員長兼国際協力コーディネイター

 

スルプスカ共和国の労働市場

 スルプスカ共和国はセルビア人を主体とする共和国で連邦国家ボスニア・ヘルツェゴビナの構成体の1つ。スルプスカ共和国内における就業者は24万7,343人で、失業率は42%に上る。その中の20%から30%は登録されていないインフォーマルセクター、あるいは闇の労働市場で働く人たちである。不法就労が、4万人おりその多くが青年に占められていることから組合は青年部を中心に女性部の応援を受け不法就労反対キャンペーンを行っている。その権利獲得のために闘う日としてメーデー(5月1日)を位置づけている。不法就労のケースを記載する「ブラックブック」を活用して労働査察官の協力を得ながら運動をすすめ5月~9月に指摘された不法就労の60%を正規の雇用に転換することができた。組合から提出された報告をもとに不法就労について中央政府が総括をしている。

民営化問題

 土地を含めすべてが国家の所有であったものが1998年の新しい法律によって民営化が実施された。戦後、多くの国営企業が破産に追い込まれた。1998年に企業破産及び整理法が施行された。このような状況の中で、組合は、2000年に民営化に関する組合の要求を政府に提出し交渉してきた。交渉している間に多くの国営企業が民営化されてしまった。組合が勝ち取った成功例もあるがそれ以外は失敗した。民営化の結果、4万5,000人の労働者が失職した。年金も失業保険もないまま失業者は放置された。

政治活動

 ブルチコ地区では、労働者並びに一般市民に対して投票権があるとい啓蒙活動を行うととともに「投票に行ってください」というチラシを配って投票促進運動をした。戦後初の社会民主党政権の誕生はこの運動の成果ともいえる。三者構成の経済社会評議会に組合も参加しているが新政権の誕生で組合にとっては幸いなこととなった。

Think Pinkキャンペーン

 健康保険法を改正して、年に1回、全女性が必ず検診を無料で受けられるようにしようという運動。これは戦争中の爆撃の影響で多くの女性が乳がんにかかるという実態があるためで、法案そのものは議会で審議中であるが政府と組合との協定で雇用主負担での検診を勝ち取っている。

スルプスカ共和国労組連合(SSRS)
スルプスカ共和国憲法の下にスルプスカ共和国労働組合連合が1992年8月につくられたが内戦により多くの人々が安全を求めて他の地域へ移動していったことから組織の存続自体を目的に人道的な活動に専念せざるを得なかった。
第1回の大会を開催して執行部を選出したのは1997年7月である。加盟組合は、金属・鉱山、森林・製紙、住宅・公共事業サービス、運輸・コミュニケーション、農業・食品、繊維・皮革・靴、貿易・観光、金融など14の産別。公共部門には警察の組合も含まれる。連合は、支部レベル(14産業)と6地域組織から構成されている。サラエボは、そのほとんどが連邦に所属するが東部はスルプスカ共和国にあることから一つの地域組織として東部サラエボ労働組合センターが置かれている。女性部は2001年に設けられ全加盟産別にもおかれている。女性が組織人員の50%を占めている。現会長は、女性である。青年部は、若年層の失業や組織化の難しい問題に取り組んでいる。青年部は、ICFTU(現ITUC)、特に中・東欧青年フォーラムに積極的に参加している。

労働事情を聴く会