2013年 タイの労働事情

2013年6月28日 講演録

1.タイの労働情勢について

ポンティティ・ポンシラメニー
タイ国営企業労働者関係連合 (SERC)アドバイザー

 

 現在、タイには5つの大きな課題がある。第1はインフォーマル労働者の問題。第2はタイの教育システムが労働市場の需要と合致していない問題。第3は外国人労働者の問題。第4は政府による最低賃金1日当たり300バーツへの引き上げの影響。そして最後はすべてに共通する問題で、使用者が『労働法』を守らない点である。

インフォーマル労働者問題

 統計によると、タイの労働人口は大きく2つに分類される。1つがフォーマルセクターに働く労働者、もうひとつがインフォーマルセクターの労働者である。インフォーマルセクターの労働者は、農業、漁業、自営業、行商など、『労働法』の保護対象外の仕事に従事し、全労働者の60%以上を占めている。これらの労働者の生活水準の向上には、『労働法』による保護対象を拡大する方法を見つけなければならない。このため、政府はこれを重要な問題と考え、このような労働者を支援するシステムを検討するための、総理大臣をトップとするワーキンググループを結成した。

教育状況と労働市場の需要の不一致

 タイ人の価値観として、若者が就労生活に入る前に、大学まで進学させる傾向とともに、高等教育を受けることを望む若者が増加している。従来の職業高校や職業技術高校が短大や大学になり、労働市場が必要とする職業高校卒業の技能者が不足している。職業高校卒業者は確実に就職できる一方で、大学卒業者は仕事を見つけられない状況があり、失業問題と人材不足問題が同時に起きている。しかし全体的に見れば、タイ国内の失業率は未だ非常に低く、早急に対策を取らなければならない重要問題とはなっていない。

外国人労働者問題

 経済成長により労働者の職業選択の機会が広がったため、タイ人労働者はきつい仕事をやりたがらない。そのため、これらの雇用を求めて、周辺国から入国管理法上、合法、不法、両方の労働者が入ってきている。不法入国労働者に対しては、送り出し国のブローカーが渡航費を要求するところから始まり、タイ人ブローカー、タイ人雇用主および政府職員が労働者にお金を要求することまで、さまざまな搾取の例が見られる。タイ国内の労働関係機関、例えばSERC、使用者団体、NGO団体などはおのおの、これらの外国人労働者の生活向上のため支援の手を差し伸べようとしている。一方、外国人労働者の増加で、刑事問題など新たな社会問題も増えている。

最低賃金問題

 現在、タイ王国内全地域で最低賃金は日給300バーツ(約900円)に改定され、適用されている。これは実は選挙の人気取りという部分があり、今まで250バーツ程度であった最低賃金水準を一挙に全国一律300バーツに引き上げた。バンコクと周辺地域では70バーツ以上、地方の雇用では100バーツ以上の引き上げになっている。この改定は、消費者物価の上昇を引き起こしている。従って労働者の生活の質は小幅にしか向上しない。しかし、雇用主にとっては、影響は大きく、営業コストの増加幅は大きくなっている。収益の多くない工場のほとんどは、増加した原価高騰による負担に耐えきれず、事業を閉鎖したり、製造拠点を移転したりし、労働者の賃金や福利厚生費を削減するため、正規雇用者を解雇し、外部労働者を契約雇用するという事態が発生している。政府も雇用主の困難を目の当たりにし、増加した支出に対する負担を軽減するため、産業界における雇用主支援規則を発布した。しかし、政府の政策はほとんど問題を解決していない。それは、サービス業や中小企業が規則の対象外であるからだ。そのため、事業の閉鎖が多くなっている。労働者は解雇され、政府の方針とは逆に、フォーマル労働者のインフォーマル化を促進し、不安材料となっている。
 最低賃金は、実際には政府の意思で決まり、日本のような審議会はない。以前は、使用者側、労働者側、政府の三者構成の賃金委員会があり、各県ごとに賃金委員会が設置され、それぞれの県の物価を考慮して賃金状況について話し合い、その結果を賃金中央委員会に持ちより、県ごとに異なる金額を決めていた。毎年引き上げ額はわずかで、労働組合はいつも引き上げ要求をしてきた。ところが、タクシン政権が選挙時の人気取りの公約として、自分たちが与党になったら一挙に最低賃金を300バーツにすると大幅引き上げ額をいきなり提示した。そして、形式的な三者協議を経て、公約どおり最低賃金はすぐに引き上げられた。
 なお、最低賃金はリキシャ運転手のような個人事業主、家内労働者には適用されない。最低賃金を守らない場合の罰則はあるが、あくまで労働者側からの申告に基づくので、解雇を恐れる労働者からの訴えは少ない。

2.タイ国営企業労働者関係連合 (SERC)の活動について

ポンティティ・ポンシラメニー
タイ国営企業労働者関係連合 (SERC)アドバイザー

 

SERCの直面する課題

 1つ目の課題は、国営企業は自由競争の障害となっていると見る新自由主義の考え方が大きくなってきている点である。民間企業に事業参入機会を開くため、国営企業の事業を積極的に推進せず国営企業を強靭にさせない政策、民間と政府と合資する機会を開くための法改正を進める政策などがとられるようになった。国営企業の形態が変わってきたことにより、さまざまな問題が起きている。
 例えば、公共のインフラについても民間が関わり、民間のスタイルに変えていくことも実際に起こっている。つまり、民営化に伴う諸課題を調整するのがSERCの課題であり、具体的には、国民に国営企業の大切さを理解してもらうセミナーを開催したりしている。今のところ、国営企業が民営化した例はないが、国営企業が弱くなったり、SERCが弱くなったりすると、政府が圧力をかけて民営化に持っていこうとする動きはある。
 2つ目の課題は、政府が国営企業の労働者数削減政策を打ち出しており、削減した分を派遣労働者や外部業務委託で賄うという傾向が出ている。例えば、定年退職者の代替を新規に雇用せず、派遣会社からの人材派遣で補うなどで、このような労働者は1年契約を更新し続けるため、国営企業職員と同様の業務を行なっているにも関わらず、まったく昇給がない。契約終了時には、入札で勝った企業の元へ異動しなければならず、継続的な雇用とならない。SERCは、労働組合が国営企業と交渉して、定年退職者の補充は派遣ではなく正社員にするよう交渉する支援をしている。
 3つ目の課題は、ASEAN経済共同体(AEC)が、薬品製造、鉄道・トラム・自動車・バス運輸システムなど、多くの国営企業の運営に及ぼす影響である。多国籍企業が事業運営に参入し、国営企業との激しい競争が見込まれる。競争は見方によっては良い点もあるが、事業運営による収入が、国営企業から国に納められるのではなく、事業運営に参入した資本家のものとなる。
 最後の課題は、役人による不正・汚職である。国営企業はオーナーが明確でないため、役人の間で私腹を肥やそうという気持ちが強くなり、汚職が蔓延している。直接的な労働問題ではないが、国営企業労働者の生活に影響を及ぼす大問題である。

課題解決に向けた取り組み

 すでに触れた取り組みの他、SERCは国営企業にとって好ましくない政策が出された時に、国営企業を監督している大臣宛に意見書を提出している。民間企業労働者が解雇された時に賠償が支払われなかった場合など、不当な扱いを受けた場合の援助も行なっている。まず労働組合が解決にあたり、収拾がつかなくなり深刻なレベルになった場合に、SERCが介入し一緒に交渉し、支援する。最終的に、ILOのバンコク事務所や諸省庁への要求書を提出したりして進めていく。
 SERCは外国人労働者の支援にも取り組んでいる。外国人労働者を多く雇用している企業で、タイの法律に従って労働者保護が行なわれていない場合には、実際にその工場に行って調査し、法律違反があれば、労働省やILOに提訴したり、外国人労働者の国籍のある国の大使館に報告したりしている。

3.タイ労働組合会議 (TTUC)の活動について

ウィチエン・ペチティー
タイ労働組合会議 (TTUC)副会長

 

TTUCの直面する課題

 タイではインフォーマルセクターについてのデータが把握されておらず、これらの労働者は「実在しない」ことになっており、不公正な労働条件を強いられている。これらの労働者は、重要な『労働法』、『労働者保護法』(1994年『労働者補償基金法』、1990年『社会保険法』、『事業所内安全法』、『労働関係法』など)に基づく保護を受けていない。ほとんどの場合、最低賃金を得ていない。すべての労働組合がこの問題を解決しようと取り組んでいるところである。
 現在、民間の労働組合が直面している一番の課題は、タイ政府がILOの第87号条約および第98号条約をまだ批准していないことである。タイでは団結権が認められていないために、労働組合をつくるのが非常に難しい。労働組合をつくろうとすると、必ず、指導者や中心人物が妨害されたり、場合によっては解雇されたりして、労働組合をつくらせない圧力がかかる。そのため、タイでは労働組合がもっと多くあるべきであるにもかかわらず、なかなかできないというのが現状である。

課題解決に向けた取り組み

 レーバーデー(労働者の日)に、ILO第87号の条約と第98号条約の批准を求める活動を続けている。しかし、タイ政府からは前向きの返事が出てこない状況が長く続いている。TTUCはもっと本気でこの問題には取り組むべきと考える。

4.タイ労働会議 (LCT)の活動について

サハラット・サンジャン
タイ労働組合会議(LCT)執行委員

 

LCTの直面する課題

 臨時雇用労働者や派遣労働者の権利、福利厚生は非常に制限されていて、能力や技能に見合った賃金を得ていない。最低賃金の300バーツへの引き上げに伴い、使用者は福利厚生を大幅に削減して労働コストを以前と同じ水準に維持しようとした。使用者は臨時雇用労働者や派遣労働者を活用することによって、法律に違反せずに労働コストを削減し、労働組合との交渉で有利な立場を得ている。
 労働組合が政府に頼ろうとしても、窓口となる政府職員の法律の知識が欠如しており、政府への不信感が生じている。

課題解決に向けた取り組み

 労働組合に対しては、非正規労働者の要求も労働組合が会社側に提出するよう指導すると同時に、政府に対しては、このような非正規雇用が生まれてくる法律の抜け穴を改正するよう要求している。ナショナルセンター間で協力して、インフォーマルセクターの権利を拡大するよう法律の改正をめざす。また、労使関係の改善により、使用者と労働組合が協力して問題解決に当たるよう努める。そのために、会社側に対して、経営に関する情報の労働組合への開示を求めていく。

5.全国民間産業労働者会議(NCPE)の活動について

プラパーパン・ジェナワニ
全国民間産業労働者会議(NCPE)女性・教育担当(農業部門)

 

NCPEの直面する課題

 第1の課題は、組合員の労働組合に対する理解が不十分であることである。第2は、使用者が労働組合の結成に反対すること。第3は、組合員が『労働法』や自分たちが受けるべき利益・権利に対する知識や理解が欠如していること。第4は、就職時に会社の仕事内容を理解せずに就職してしまうこと。第5には、ASEANが合同するASEAN経済共同体(AEC)の時代を迎えるに当たって、組合員は英語を含めて、知識能力の向上が必要となること。最後に、人口構造が高齢化へと変化している問題がある。タイでも人口減少、労働力増加率の減少となっている。労働市場の需要に見合った技能を持つ労働力が不足している。高齢者が増えてきているが、日本のように年金制度で保護されているわけではない。特にインフォーマルセクターの労働者には何もない。現在ある唯一の制度は、60歳以上のタイ国民全員に政府が月500バーツ(約1500円)支給するというものであるが、金額として十分とはいえない。年金を受け取れるのは一部のきちんとした制度を持っている大企業や公務員だけである。

課題解決に向けた取り組み

 まず、労働者に対して、労働組合とは何か、どのような利益があるのか、知っておくべき法律、労働組合を結成するにはどうしたらよいか、という研修を行なっている。労働組合からナショナルセンターに提出される要望では、例えば英語の研修、問題解決あるいは労働組合に関する知識の研修要望が多い。経営者に対しては、労働組合についての理解を求める説明活動を行なっている。
 NCPEは、タイにある12のナショナルセンターの1つだが、インフォーマルセクターの労働者を区別せず、組合員に多くのインフォーマル労働者がいるのが特徴となっている。この人たちには、協会あるいは協同組合(Association)のような会をつくることを勧めている。自分たちの協同組合形式の協会をつくることによって、例えば仲買人や買い取り業者に対する交渉力、政府に対する交渉力を高めることをめざしている。