1999年 タイの労働事情

1999年7月28日 講演録

ポンポット・ラムトーン
サイアムパーツ労働組合 書記長

 

アジア危機の影響

 (経済・社会面) タイの経済の状況からご説明したいと思います。97年から、タイは大きな経済問題を抱えるようになりました。特に資金の流動性問題、これは政府・民間部門ともに直面している大きな問題です。また、金融機関56カ所が閉鎖されました。銀行が4カ所、閉鎖されています。それから、解雇といった問題も非常に深刻になってきました。この解雇の問題というのは、かなり新労働保護法から影響を受けていると思います。
 タイに起こったいろいろな問題は、我々労働者のほうにも大きな影響を与えています。
 まず1番目の影響というのは、非常に高くなっている失業の問題です。2番目に、大量の解雇者を出しているということ。それから、組合の団体交渉権や組織化の自由といったものがかなり制約されてきている。それから、最低賃金の裁定というのが、やはり政府にとりましては、IMFの条件に従わなければならないということで、最低賃金裁定のほうにも政府の介入が見られます。それから、労働者の社会保険の問題も、数が減るなど表面化してきています。それから、女性労働者及び労働者の家族への影響も大きなものです。
 それから、児童労働の問題、これは雇用の機会ということが失われている児童労働の部分が出てきているということ。1つは、こういった経済状況の中で、やはり児童も労働しなければ家族がやっていけないという状況が生まれてきているにもかかわらず、労働ができないといった、仕事を探せないといった状況が出てきています。
 それから、不況によって精神に異常を来す者、それから自殺をする者の数が増大してきています。
 労働者の子供の教育へも影響が出てきています。これは、経済の状況が深刻になってきたので、労働者の子供たちは進学するのが難しくなったケースが出て来ています。

新労働法による影響

 こういった深刻な経済不況の中で、労働者の運命は、97年半ばの危機から始まったと言うことができます。通貨の切り下げに始まり、また98年8月には新しい労働保護法が施行されました。この新労働保護法には、解雇に伴うときの補償金の支払いを5段階に移行するというところがあります。
 この改正に伴って、経営者は、この法律が施行される前に解雇を始めました。改正された労働保護法、解雇に伴う補償金の部分ですが、3段階であったものが5段階になりました。その改正された部分は、6年~10年勤務した場合、最終賃金の240日分の補償金、それから勤続年数10年以上が300日の補償金といったところが追加されています。
 98年の失業者数は約300万人と言われています。労働福祉保護局の数字では、1,000カ所の工場で4万7,634人の労働者が解雇されました。社会保険事務所の情報では、解雇され、社会保険を納めていない労働者の数は、社会保険事務所登録労働者、つまり被保険者600万人のうち、69万8,000人となっています。被保険者の数は600万人です。
 この被保険者となっている事業所は、従業員雇用が10人以下の事業所です。また、社会保険事務所のほうに加入していない建設業者というのは含まれていません。こういった解雇に伴って、労働裁判所に提訴されている件数というのがかなり増えてきています。98年の件数は2万件を超えています。99年5月までの件数はすでに4,000件を上回っています。98年から99年にかけてのLCTの労働組合の活動について報告します。

  1. 政府に対して、三者構成による解雇監督委員会の設置を要求しています。
  2. 老齢養育社会保険、及び失業保険の導入を要求しています。老齢及び養育社会保険に関しては、98年12月から導入されました。まだ未解決は、失業保険の導入です。
  3. 国営企業の民営化の見直し、及び国営企業株式会社化法案に反対を表明しています。国営企業の労働者の団結権を要求しています。以前、タイの国営企業は労働組合がありました。スチンダー政 権のときにその権利が剥奪されまして、その後は、組合ではなく、協会という形で現在に至っております。
  4. 最低賃金の改善要求。
  5. 解雇のときに支払われます補償金に対する税金の徴収を取り消すという要求を出しています。
  6. 政府に対して「健康安全環境保護研究所」の設置を要求しています。この研究所は、自由な立場で活動ができる研究所ということです。
  7. 現在、労働関係法の見直しが進められていますが、その労働関係法案をもう一度再検討する、そういった要求です。今、タイの10の県で試験的に行われようとしている県単位に最低賃金を改正するという制度の先送り、見直し。

 それから、失業者の子供を保護するための基金の設置が主な要求事項です。

アジア危機による失業増

 深刻な経済状況の中で、事業所を閉鎖する。これは、事業を続けていく、雇用を継続していくことができないために、事業所を閉鎖する企業が後を絶ちません。ある企業は、解雇に際して補償金を支払わなかったり、また先延ばしにしているところもあります。ですから、こういった経営者側のやり方に対して、労働者は闘争を行っています。
 ある会社は、賃金を30%~40%カットしたところもありました。ある会社は、法のすき間を利用しまして、50%の賃金しか支払わずに操業を停止し、仕事をさせないというような状況をつくり出している会社もあります。
 こういった措置で、労働者は収入が半分に減るわけですから、非常に生活が苦しくなります。そして、みずから会社をやめていくということになります。こういった状況は、労働者の闘うといった意思に影響が出てきます。やはり解雇を恐れて闘わない、我慢するといった状況になっています。こうした中でLCTの活動は、次のようなものです。

  1. 労働者の中で問題を抱えている人たちに対して、アドバイス、助言を与える。
  2. 組合の設置を望んでいる労働者を支援する。例えば、組合を設置しようとする労働者が失業するような状況に、解雇されるような状況になっても、それを我々が支援する。
  3. 組合の政策や方針を打ち出すことができるように、組合の指導者や労働者を教育する。
  4. 解雇された労働者が職場に復帰できるように、また、解雇に伴う補償金が正当に受け取られるように裁判を支援する。
  5. 労働にかかわる問題、また労働者を救済するために、政府に対して要求を出す。例えば、労働に関する法律や労使関係法案、これは現在、法案が審議されていますが、それに対して反対を表明する、闘争していく。今年の9月20日に失業保険導入の闘争行動を行います。
  6. それから、不公平な賃金制定に反対をします。

 以上がLCTの主な活動です。最後に、TTUCとLCTの対立について報告します。
95年から96年にかけて、TTUCとLCTは協力して、さまざまな組合活動を行ってきました。特に、その2つの組織を統一するという動きが非常にはっきりとした方針を打ち出していました。それぞれの組合員、また役員を相互の組合に分けるというものです。97年には、いろいろな活動を一緒に行ってきました。
 98年の選挙の中で、スイット氏がLCTの委員長を降りました。98年3月21日の大会の中で、新しい役員を決める選挙が行われました。そして、プラトワン・センチャン氏が委員長になりました。プラトワン氏は、以前はTTUCの副委員長でした。この選挙の中で、LCTの委員長として選出されたわけです。
 99年3月に、TTUCが大会を開きました。そこでパミット・チャランポー氏がTTUCの委員長になりました。それを契機にTTUCとLCTは別々に行動しています。今年の5月1日、パミット委員長はメーデーの行事の執行委員長に選ばれました。さらに、ナショナルセンターの1つであるNCTL(タイ労働全国協議会)は、このメーデーの行事に共同歩調をとりませんでした。
 これ以後、LCTとTTCUの対立はかなりはっきりしてきています。加えて99年6月27日にLCTの事務所は、情報機器(コピー、ファックスなど)が破壊被害を受けました。だれによって事務所が荒らされたのかわからないが、この事件はまだ警察のほうで捜査しています。おそらく、反LCT派労組と思われます。