2007年 カンボジアの労働事情

2007年5月16日 講演録

カンボジア労働組合調整評議会(CTUCC)
ヤーン ロァットカオ ピセイ

カンボジア自由労働組合(FTUWKC)/副書記長

チョッ ヨーン
カンボジア労働組合連盟(CUF)/書記長

 

 カンボジアにおける1995年頃の平均的な賃金は、おおよそ25ドル程度(月額)で、最低賃金法は存在しなかった。1996年から外国資本による縫製工場が多く設立された。そこでは多くのストが発生し、政府に対して労働法の制定や最低賃金の制定が要請された。政府はそれに応じて労働法を制定し、最低賃金については、正規労働者は40ドル、非正規労働者は35ドル、見習いは30ドルと制定した。
 カンボジアでの最初の組合は、1996年12月15日に結成されたCTUCCで、労働法が制定される前に、PCCSが作られた。カンボジアの労働法は基本的にはフランスの労働法から展開したもので、理論的には良い法律である。しかし、経営者は法律を遵守しないため、労働者は法律の遵守、組合結成の自由、賃金の引き上げ、労働時間の48時間から44時間への短縮、さらに労働裁判所の設立などを求めて、毎年5月1日のメーデーにストライキを実施している。しかし、この提言に対してラオス政府はなかなか応じてこなかった。
 2002年には、ほとんどの労働者がストに参加し賃金改定を申し入れた。その結果、政府は新しく労働委員会を作って賃金改善に取り組むこととした。労働委員会の構成は、労働者側5名、経営者側5名と政府側からの10名であった。委員会で議論を尽くした結果、正規労働者の最低賃金は45ドル、見習いは40ドルとなった。また、皆勤奨励金として月に5ドル、食費として1,000ルピア(0.2ドル程度)を支給、さらに、2002年から2004年まで仕事を継続的にやった場合は、5ドルの昇給が付与されることになった。
 2003年にはデモに対する抑圧行動があり、2004年1月22日にはCTUCC委員長のチア氏が銃弾で倒れ、その後も殺害事件や多くの負傷者が生じた。組織化の活動に対しては、家族に対してまでも警察権力による妨害行動が行われている。
 2006年になり、経済が成長しているにもかかわらず、5年間も賃上げがないことに対して、全国的なストが行われた結果、最低賃金は50ドルに引き上げられた。また、今年の3月24日サンテク労組の委員長であるヒグティさんが殺害される事件が起こっている。
 雇用システムでは、2002年以降多くの経営者が正規雇用に代えて非正規労働者を雇うようになった。契約期間を短くし解雇しやすくして、組合組織化を困難にしようとしているのである。 カンボジアには大きな組合が17組合あり、それ以外に小さな組合が1,000以上結成されている。カンボジアの労働法では8人以上が集まり、3人以上で申請すれば労組の結成が出来るため、非常に多くの組合が存在することになっている。