2010年 インドの労働事情

2010年5月21日 講演録

インド労働者連盟(HMS)
マーロン・プラブ・デビッド

インド労働者連盟(HMS)タミルナド州支部 書記長兼HMS執行委員

 
組合名 インド労働者連盟
Hind Mazdeoor Sabha(HMS)
組合員 約578万人(男性440万人、女性138万人)<2009年12月31日>
人 口 11億9,800万人(2008年)
公用語 連邦公用語 ヒンディー語
一人当りGDP 2,762ドル(2008年)

1.労働情勢(全般)

 国内には多数の登録労働組合があるが、30%近くが既存の中央労働組合組織(CTUO)の枠外に留まっている。その理由は、インドの組合がイデオロギーに基づいて多くのナショナルセンターが存在するが、大部分は政党によって支配され分割されていることにある。その結果が今の低い組織率の状況につながっている。この政党路線に沿った運動の分割と政党による支配と管理は、労働組合運動のみならず労働者階級のパワーにもかなりのダメージを与えている。インドの組織率は労働人口の14%にすぎない。
 中央労働組合組織(CTUO) は12あるが、そのうちの9組織で全国調整委員会(National Coordination Committee)を立ち上げ、1つのナショナルセンターを作ろうとしている。参加組織の略称と系列政党、公称組織人員数は次の通り。

BMS(インド労働連盟) :民族奉仕団(PSS) 832万人
INTUC(インド全国労働組合会議) :国民会議派  784万人
AITUC(全インド労働組合会議) :インド共産党 461万人
HMS(インド労働者連盟) :なし(社会主義系) 535万人
CITU(インド労働組合センター) :インド共産党(マルクス主義) 343万人
UTUC(統一労働組合会議(LS)) 160万人
TUCC(労働組合協同センター) 89万人
AICCTU(全インド労働組合中央評議会) 67万人
UTUC(統一労働組合会議) :革命社会党 78万人
出所) HMS提供資料(2007年11月20日) アジア経済研究所2008年調査研究報告書124ページ

2.労働組合が現在直面している課題

  1. 失業問題
     4,000万人に近い若者が雇用機会を待っており、毎年60~70万人の若者が失業者の仲間入りをしている。
  2. 団体交渉と結社の自由
     労働組合が公に活動することができ、雇用者によって認知されている国では、賃金と労働条件について雇用者と交渉することができるが、インドの現実は全く異なっている。
  3. 自由化・民営化・グローバル化
     インド政府の新経済政策の下、上記のイニシアティブによって労働政策と労働慣行に多くの変化がもたらされた。経営者は、労働組合運動を潰すために攻めの姿勢をとっている。
  4. 経済特区
     経済特区における労働法の施行はきわめておぼつかない状態にあり、そこでは92%の労働者が労働法の対象外に置かれている。したがって、労働組合の当面の課題は労働者を組織して、適切な社会的便益を提供することである。
  5. 未組織労働者対策
     未組織労働者を組織化し社会保障によるさまざまな利益を労働者にもたらすことである。例えば全国農村雇用保障法(NREGA)の実施にあたっては、HMSが働く権利を要求した先駆けの組織となっている。NREGAは貧困線を下回る家族1戸あたりにつき、100日以上の労働を確保する法律で、HMSのイニシアティブによって政府はこの法律を実施した。2008年の未組織労働者社会保障法も同様である。

3.課題解決に向けた取組み

 HMSは1)キャンペーン、2)デモ、3)メディア、4)労使紛争法に規定する労働裁判是正措置やあっせんによって、課題の解決に取り組んできた。

4.ナショナルセンターと政府との関係

 インド政府との関係は良好で、定期的な公式会合に加え、必要に応じて非公式会合を行っている。また私たちのナショナルセンターは、当面する重要な課題について首相とも会談している。

5.多国籍企業の進出状況と労使紛争

 多国籍企業の大半は経済特区内に設置されているが、ここでは労働法は一切実施されておらず、労働者は全く救済措置のない状況に置かれている。労働組合の連帯アプローチと労働組合の主要な課題は、多国籍企業の弊害から労働者を守るために組合を結成して団結し、課題を解決するよう多国籍企業に圧力をかけることである。
 例えばBHEL社の労使紛争の問題では、HMSは多国籍企業に絶えず問題解決の圧力をかけられるITF(国際運輸労連)に働きかけている。
 経済特区のなどで便宜供与を受ける多国籍企業は与党と強い関係を持っている。多国籍企業の大半は労働組合の結成を抑制しており、労働組合がある場合でも野党系の労組は排除され、与党と関係の深い労働組合に加入することが求められる。

インド全国労働組合会議(INTUC)
ウメシュ・クマール

ヒマーチャル州道路運送従業員連盟 委員長兼INTUC特別執行委員

バスカラン・ムトゥラーマン
バラト重工業労働組合 書記長兼INTUC特別執行委員

 
組合名 インド全国労働組合会議
Indian National Trade Union Congress (INTUC)
組合員 約800万人(女性160万人)
人 口 11億9,800万人(2008年)
公用語 連邦公用語 ヒンディー語
一人当りGDP 2,762ドル(2008年)

1.労働情勢(全般)

 インドの人口は世界第2位であり、多くの人々は今なお貧困線以下の生活を送っている。飢えと貧困の中で暮らしている人々のほとんどは、労働階級に属する。インドの労働人口は4億3,000万人で、毎年2%成長している。
 インドの労働市場は3つの部門で構成される。

  1. 農村労働者――労働人口の約60%を占める。
  2. 組織部門――労働人口の8%を占める。
  3. 都市インフォーマル部門(フォーマル部門に含まれないソフトウェアなどの成長産業やその他サービスを含む)――労働人口の残りの32%を占める。

国内にはさまざまな産業が存在し、労働者の権利や労働者とその家族の福祉を守るために多くの法律が設けられている。最低賃金は州によって異なる。インドの全体的な労働状況はよくない。

2.労働組合が現在直面している課題

 インドでは、労働組合のリーダー が政党に属しているため、政治的介入は避けられない。
 現在、インドの労働組合は次のような主要課題に直面している。

  1. 国内では生活必需品の価格が異常に上昇しており、労働者にとって家族の2回分の食費を稼ぐことすら困難となっている。
  2. 現在の物価上昇や不況、そしてグローバル化の影響によって、国内では雇用機会も減少している。
  3. 国内ではさまざまな地域政党が育っており、それぞれの地域で独自の労働組合を結成し、既存の労働組合にとって大きな損失をもたらしている。というのも、組合の数が増大することによって、労働者の主要な問題を全国レベルで解決できる組合がなくなっているからである。
  4. 労働法は適切に実施されていない。
  5. 労働裁判の裁判手続システムに起因する裁判の遅れと裁判所の数の不足により、政府は労働争議を解決するため裁判所の数を増やす必要に迫られている。
  6. 職種に応じた全国共通の賃金政策を採用する。賃金は、官民部門を問わず同種の仕事を行う労働者全員に均等であるべきで、このことを全国一律に規制するために、別個の法律を設ける。
  7. 現在インドでは、契約労働者の最低賃金は州によって異なっている。あらゆる種類の契約労働者に対する最低賃金を州による格差をなくして共通にする。

3.課題解決に向けた取組み

 INTUCは労働者を苦しみから守るために、重要かつ緊急の課題について決議をまとめ政府に呼びかけている.INTUCの会長は国会議員であり財務大臣や首相に対し当面する課題について指摘してきた。
 また、それぞれの州で労働者教育を強化し、政党の介入による拘束を解き、政治的利害のない人物をリーダーに選出することの重要性を自覚させなければならない。INTUCは以下のような取り組みを展開している。

  1. 予算の審議と評価の前に中央の労働組合のリーダーがインド財務相と会合を持ち、労働者の直面している問題について話し合う。
  2. 中央労働組合組織(CTUO)の調整委員会を全国レベルで結成し、INTUCのサンジェバ・レディ会長を調整委員会議長に任命した。CTUOの代表団が2009年9月17日にインド首相に覚書を提出した。
  3. 2010年1月22日はインド首相がサンジェバ・レディ会長に呼びかけてINTUCメンバーとの会合を開き、財務相と労働相も出席してさまざまな労働問題について話し合った。  
  4. 政府との長い話し合いの後、労働者の福祉を念頭に、政府は労働者の福祉のための新たな制度(全国農村雇用保障法:NREGA )を実施した。NREGAはすべての労働者に対し、居住する村落や生まれ故郷で100日間の雇用を提供している。
  5. INTUCの全国会議で、労働裁判所を増やして労働訴訟の裁判手続の迅速化を求める決議が可決された。労働省に労働法の改正を行うことによって、雇用者が労働者虐待訴訟を上訴して裁判を遅らせることに対する制限を課すよう提案した。
  6. 政府に対し、全ての企業および官民部門が4年ごとに賃金改定を実施することを定めた規則を実施する法案を議会で可決するよう提案した。
  7. インド全国で同一労働同一賃金を実施する新たな法改正を行うよう政府に強く求めた。
  8. 政府に対して、全国の契約労働者を対象とした最低賃金計画を実施するよう強く求めている。

4.ナショナルセンターと政府との関係

 INTUCと政府および労働省とは良好な関係にある。
 現在、インドでは国民会議派に属するマンモハン・シン博士が首相を務めている。首相とサンジェバ・レディINTUC会長との関係はきわめて友好的である。INTUC幹部の多くは、国民会議派から国会議員および州立法議会議員に選出されている。首相と労働相は、当組合議長やその他上級リーダーとも、折に触れ労働問題について話し合っている。中央政府はさまざまな理事会/団体および労働者福祉のための委員会のメンバーにINTUCのリーダーを数多く任命している
 INTUCはインド全土に膨大な数の組合員を擁しているため、国内で適切な組織再編を行っている。特に政府部門や企業における支部や施設を全国各地に置いている。INTUCは地区、州、国レベルで認定フォーラムを設けており、中央の指導の下で加盟組織を管理している。また、地区、州、国規模でさまざまな会議や会合を定期的に開き、多様なレベルの労働者に関する現下の問題や長年の懸案事項を分析している。こうした会議の結果は、交渉や政府への覚書の提出――さまざまな段階を通じて労働省や首相官邸まで届ける――によって実行に移している。

5.多国籍企業の進出状況と労使紛争

 インドにおける多国籍企業の歴史はきわめて古く、1800年ごろの東インド会社の時代にはすでに多国籍企業が設立されていた。
 多国籍企業は、税金その他課徴金の優遇および緩和や政府の与える助成金により、国内の主要都市だけに会社を置いて活動している。しかしインドの多国籍企業における労働者の雇用は最小限に留まっており、また向こう3年間は技術者の採用を独占し、競合する国内企業は後塵を拝することになるだろう。
 2007年には多国籍企業だけで国内で15万人を採用した。ちなみに前年は累計約6万人であった。多国籍企業で雇われる職員は大部分が幹部クラスに限定され、最先端の電子機器の利用により労働者の採用は最小限に留まっている。多国籍企業は採用や労働規則、あるいは労働文化や採用時期を完全に管理しているわけではない。したがって、労働者を含めた多国籍企業の労働者は、法律による完全な保護の対象とはなってこなかった。労働者に高い給料を支払っていることは間違いないが、12~14時間も労働させ、労働者の健康に悪影響を及ぼしている。多国籍企業で紛争が起こる可能性は非常に小さく、皆無と言ってもよいくらいである。インドで活動する多国籍企業を以下に挙げる。
 アクセンチュア、ベアリングポイント、キャップジェミニ、EDS、IBM、JPモルガン、メリルリンチは来年末までインドでの大量採用の原動力となるだろう。また、シスコ、オラクル、デル、SAP、デロイト、ペロットシステムズ、マイクロソフト、ベリサイン、ブリティッシュテレコム、ロジカCMGなどの多国籍企業や、フィデリティ、コンバージス、アメリカオンライン、バークレイズ、ロイター、オクウェンファイナンシャル、ビテオズ、HSBCをはじめとする多国籍企業の外注企業は、インド国内での人員規模を大幅に拡大することが見込まれている。今後インドでは、製品開発・設計を行う多国籍企業50社以上が多くの高度人材の採用を行うものと予測される。