2008年 韓国の労働事情

2008年10月21日 講演録

国際労働協力院(KOILAF)
ファン・サン・ユン(Mr. Hwang Sung Yun)

海外調査部 部長

雇用情勢

 韓国の総人口は4,845万人、労働人口2,361万人、賃金労働者1,610万人である。
 雇用労働者率61.5%(男性:73.8%、女性:49.7%)。失業率は2008年8月現在3.1%、若年者の失業は7.1%。最低賃金は時間当たり3,770ウォン、一日30,160ウォン。インフレ高のため労働者の生活は厳しい。非正規労働者の増大にともない非正規労働者保護の法律が成立している。全労働者の3分の1は非正規労働者である。政府は非正規労働を法的に規制する。リストラ問題が官公部門、電力、鉄道、空港、水道に起きている。労使関係が紛争化する傾向があるが、一方厳しい経済的環境から労使が協力的になってきているところもある。

労働運動の挑戦課題

 グローバリゼイションとネオリベラリズムの台頭は韓国の労働運動にとって厳しい状況に直面している。2008年の組織率は10.8%で2007年の10.3%から上昇した。これは官公労働者の組織化によるものである。
 韓国の労働運動はその機構と財政に係わる重大な問題に直面している。それは組合専従役員に対する会社の賃金支給禁止と複数労働組合の容認問題である。組合の複数化は団体交渉窓口の一本化問題と絡んでいる。組合役員の賃金支給は現行法でも禁じられているが処罰規定はない。この猶予期間が2009年末で切れる。組合役員の賃金支給については労使の自治に一任すべきであというのが労働運動の主張である。

国際労働協力院(KOILAF)

 韓国国際労働財団(KOILAF/現国際労働協力院)は、民主的かつ自主的な国内外の労使関係の定着と、労働分野における交流活動を通じた国際的な連帯関係の強化を目的に1997年に発足した。KOILAFの運営には労働界や使用者団体、政府、公益代表が参画している。最高議決機関である運営委員会(8人構成)の委員長には韓国労働組合総連盟(FKTU)元会長のパク・インサン氏が就任している。国際労働協力院の職員は約60名で国際交流活動、海外調査、外国人労働者教育、外国国籍同胞教育等の活動に従事している。外国人労働者教育については外国人労働者雇用許可制が2004年から導入されたことに伴いKOILAFは、政府から外国人労働者の就業教育実施機関に指定された。ベトナム、モンゴル、タイからの労働者の就業教育では2007年6月までに30,252人が修了している。また韓国国内の外国人労働者および韓国での就労に関心のある外国人のためにホームページを韓国語、中国語、ベトナム語、モンゴル語で開設している。

韓国の労働運動と政治発展

2008年10月14日

 国際労働財団は(JILAF)は、韓国国際労働協力院(KOILAF)との定期交流を毎年実施している。今年度は10月12~16日までの日程で、3名のKOILAF代表団を日本に招聘し、意見交換を行った。また、10月14日には、「韓国の労働運動と政治発展」をテーマにパク・インサンKOILAF議長による講演会を開き、聴衆からは非常に多岐にわたる質問が提起され、活発な議論が行われた。講演会の内容を取りまとめた議事録をここに収録する。

講師

韓国国際労働協力院(KOILAF) 議長
パク・インサン(Park In-Sang)

韓国労働組合総連盟(FKTU) 中央教育センター理事長
オ・ヤンボン(Oh Young-Bong)

韓国国際労働協力院(KOILAF) 国際協力局長
キム・スンジン(Kim Sung-Jin)

パク議長

 JILAFのご招請を受けて、このようなすばらしい席で皆さまと一緒に韓国の労働事情を語ることができることに、大変感謝申し上げたいと思います。
 皆さまのお手元に、今日の私の話の要旨の部分と簡単な年表がございますか。この年表は、韓国の労働運動と政治発展について、労働分野と政治経済分野に分け、戦後の韓国の労働運動の歩みを簡単に記したものです。ご覧のとおり、特に年代や事件について色をつけてある部分は大きなできごとがあった時で、労働分野と政治分野を対照しながら、流れがある程度、分かるようにしてあります。
 50年代に李承晩が没落したのは、4.19革命を契機としたものでした。
 ところで、韓国では45年、民族の主権を取り戻したという意味で光復と呼んでいます。独立を達成したときに大きな2つのナショナルセンターがつくられました。まず45年には朝鮮共産党の影響力のもとに朝鮮労働組合全国評議会(全評)がつくられ、その翌年には民族系の大韓独立促成労働総連盟がつくられたという次第です。
 4.19革命によって第1共和国、すなわち李承晩政権が没落した後、非常に短い期間でしたが、尹潽善大統領、張勉首相のもとでの民主党政権、第2共和国が存在しました。不幸にも61年、軍事政変、軍事クーデターがあって、社会団体、労働組合を一切停止させる軍事政権の布告令が出ました。そのようなことで60年代、尹潽善、張勉内閣はいち早く没落して、軍事政権が樹立されたわけです。
 朴正煕政権の歴史的評価はいろいろとありますが、軍事独裁政権で、韓国経済の成長発展、韓国経済を救ったという点では評価されていますが、それ以外の点では否定的な評価を受けているようです。70年代当時の朴正煕政権は経済成長一辺倒主義で、経済成長には力を入れましたが、労働面での福祉や保護は顧みなかったわけです。そのようなときに、ソウルの東大門の平和市場で、服などをミシンで縫い上げる縫製の労働者の一人として活動していたチョン・テイルという若者が焼身自殺を図りました。その朴正煕政権も、70年代末にYH貿易籠城事件。YHは繊維会社ですが、ここで女性労働者たちが野党の新民党の党舎に立てこもるという闘いがありました。当時それを支持・支援していた新民党の金泳三総裁が国会議員職を剥奪されるという状況が契機になって、10月26日の朴正煕大統領の暗殺による10.26事態が発生しました。
 軍事独裁政権が終焉したかに思われた80年、軍事独裁政権の後を継ぐかのように全斗煥政権が登場して、それに反対する運動として光州の民主化運動が起こりました。
 この時期の労働法の改定、実際には改悪と言っていいと思いますが、いわゆる労働組合の第三者介入禁止という、後々まで非常に抑圧的な機能を果たす法律などが導入されたわけです。何と申しましても、韓国の労働運動史の中で非常に大きな転換は、87年の労働者大闘争と呼ばれるものでした。これは、それに先立つ社会団体を中心とした韓国の民主化運動がまず行われ、それと労働運動が結合する形で、全斗煥政権の終焉をもたらすわけです。
 政治的には、この87年6月10日民主化運動以降の段階で、民主化勢力が一致団結していれば、つまり、その年の12月の大統領選挙に野党側から金大中、金泳三という2人が同時出馬をしないで一本化していれば、同じく軍事政権のルーツを持つ盧泰愚が大統領になることはなかったはずですが、そうはなりませんでした。
 このような民主化の不十分な状況の中で、87年の労働者大闘争を受けて90年に全労協が結成される余地があったわけです。この全労協は、ご承知のとおり現在の民主労総の前身で、95年に民主労総が結成されます。96年、金泳三政権のもとで労働法改正が論議され、年表の右側にナルチギ(ひったくり採決)とありますが、与党単独で強行採決を図るという事態が起こりました。金泳三政権の末期は、後にIMF経済危機として爆発する危機が、徐々に進行しつつあった時期だと言っていいと思います。
 その労働法改正、改悪の強行採決(ナルチギ採決)をしたときの韓国労総の委員長は私が務めておりましたし、民主労総は言論労組出身の権永吉氏が委員長でした。このときには韓国労総と民主労総が一致協力して金泳三政権が強行採決で制定した労働法を撤回させ、再度国会にこの問題を論議する場を設けさせて、97年の労働法改定につながっていくわけです。
 97年12月の大統領選挙は、まさに通貨危機、IMF経済危機の真っただ中で行われました。当時韓国労総は、大統領選挙にどういう方針で臨むかについて、今回は金大中候補の進歩的な立場を支持することとなりました。97年の大統領選挙の際、私が決断して、金大中大統領を支持する声明を出しました。当時の『労働組合法』では、労働組合の政治活動が禁止されていましたから、そのような行為自体も法律違反になる状況でした。しかし、あえて金大中候補を支持することによって政策協力の土台をつくったことが、新政権発足後、労使政委員会での全般的な労働法改正の中で、労働組合の政治活動容認を実現していく1つの下地になったと考えています。
 この97年の金大中大統領が当選した大統領選挙のときに、民主労総からは権永吉民主労総委員長が立候補し、これが後の民主労働党の結成、民主労総の政治勢力としての登場の最初の契機となるわけです。
 少し飛びますが、03年、盧武鉉政権になって、週5日制が制定されました。
 現在、韓国労総は組合員投票の総意に基づきハンナラ党の支持を表明し、韓国労総とハンナラ党は政策連合を取り決めています。一方、民主労総が推している民主労働党は、盧武鉉政権の後半期からだんだん萎縮するような様相を呈しています。
 これまでは、お配りした年表の説明も兼ねて簡単にごらんいただきましたが、以後は、レジュメに基づいてお話していこうと思います。
 先ほども言及した87年の労働者大闘争は、同じ87年の6月に民主化運動と結合することによって生じたと言えると思います。4つ目の黒印のところにありますが、民主労総がICFTUに加入するのは、設立1年後の96年11月のことでした。
 民主労総と韓国労総が最も集中的に共同闘争に立ち上がったのは、96年12月~97年3月の労働法改悪に反対する労働者のゼネストのときでした。このときのゼネストは、金泳三政権が図った労働法の改悪はもうそのころにはIMF経済危機が忍び寄っていたわけですが、働法改悪を原点に差し戻すということで一致して闘ったストライキでした。
 労働者のゼネストによって、ついに金泳三大統領は、いったんは強行採決で通過させた労働法について謝罪するとともに、法案の撤回を表明せざるを得なくなりました。そして、国会でもう一度仕切り直しの法案審議をして制定されたのが、97年3月制定の『労働組合および労働関係調整法』です。
 複数労組が問題になるわけですが、97年3月の『労働組合および労働関係調整法』制定の時に、上級団体に関しては複数労組を認める法律となりました。3つ目の黒丸にありますように、附則第5条の[労働組合設立に関する経過措置]に基づき、「1つの事業または事業場に労働組合が組織されている場合には、06年12月31日まではその労働組合と組織対象を同じくする新しい労働組合を設立することはできない」とされています。このときの法律どおりなら、06年12月には、事業場単位でも複数労組が認められなければならなかったはずですが、一応労使間の合意で、その適用が09年12月31日まで留保されるという経過をたどりました。
 実は、この複数労組解禁の問題は、交渉窓口単一化の問題とも深く絡み合っています。さらに、複数労組の問題は、組合専従者の賃金支給の問題とも深く絡み合っています。法律的には、使用者が労組専従者に対して賃金を支給した場合には不当労働行為で違反となる処罰規定があります。ですから、今後の労使間の核心問題として、専従者の賃金支給問題と、事業所レベルにおける複数労組問題と交渉窓口の単一化問題、この3つを1つのセットとして解決しなければならない状況となっています。
 教員労組、公務員労組についても、申し上げることは多々ありますが、これは省略することにいたします。
 2ページ目の<労働と政治>という部分に入りまして、97年12月、先ほど申し上げたように大統領選挙が行われました。それは、ちょうどIMFの救済金融を受けた時点です。そのとき進歩陣営の候補者として金大中が当選したわけです。このときの大統領選挙をめぐる労働組合と候補の間のやりとりもあって、5番目の黒丸印の、労働組合の政治活動の許容が、大統領選挙の翌年の98年2月の法改正で認められました。
 その結実を見るまでには、12月の大統領選挙のときに労働組合の政治活動を禁止する制約の中であえて金大中候補の支持を表明したために、当時韓国労総の委員長だった私は検察庁から指名手配を受けるという笑えない状況が生じてしまったわけです。そういった意味では大変危うい橋を渡った面もありますが、98年2月の法改定で、その苦労を全部解消することができました。
 00年4月の総選挙では、与党が少数、野党が多数という一種のねじれ国会が生じました。02年12月の次の大統領選挙では、盧武鉉候補が李会昌を抑えて当選すると同時に、民主労働党が大きく躍進し、民主労働党の権永吉候補が大きく躍進する成果も生み出されました。また、このときの選挙運動を通じて、いわゆる80年代に学生運動で活躍した若い世代が、一つの政治勢力として勢いを得て注目されるようになりました。
 また、04年4月の総選挙では、開かれたウリ党(与党)が152議席、保守野党ハンナラ党が121議席という新しい勢力関係となり、また、民主労働党が一躍国会に10議席を獲得する躍進ぶりを示しました。
 韓国労総は、このとき民主労総の民主労働党に対抗して、緑の社民党(緑色社民党)をつくりましたが、投票率が低迷して規定の得票率に達しなかったために解散せざるを得ない、少し恥ずかしい状況となりました。民主労総は、このときの民主労働党の議会進出で議会活動を活発に展開できる基盤をつくり出しましたが、韓国労総のほうは、国会での活動の基盤をつくりだすことができないという決定的な違いが生まれました。
 07年12月の大統領選挙で、韓国労総は、組合員投票によってハンナラ党との政策連合を選択することになりました。このときの韓国労総の行動について、労働組合が保守政党と政策連合を結ぶことがあり得るのかという論議が少なからず起きましたが、組合員の投票による意思決定を組合幹部も無視することができなかったというのが実情です。
 ハンナラ党は大統領選挙での勢いを持続して、今年4月の総選挙でも圧勝を果たしました。一方民主労働党のほうは、10議席あった議席を5議席に減らし、地域区で2名、比例代表で3名という劣勢に立ってしまったのみならず、民主労働党が分裂し、新しく進歩新党なるものがスタートする分裂状態に至ったわけです。
 08年の現在、韓国の労働運動と政治の現状を見ますと、韓国労総とハンナラ党の関係は、レジュメではvsとなっていますが、政策連帯が一応実現しているわけです。民主労総と李明博政権は、民主労総が独裁政権打倒というスローガンを掲げて、非常に対立的な関係となっています。
 韓国労総と民主労総は相当葛藤的な関係となっており、この2つのナショナルセンターの関係が葛藤的なまま続くのか、連帯の回復はできないのかという問題については、その下に書いてあるいくつかの要素がどうなるかに関係してくると思われます。
 1つは非正規法の再改正です。実は、今日の午前のセッションでも、現在連合が非正規雇用の増大に対して、歯止めをかけていかなければいけないというお話をしていましたが、昨年施行された『非正規雇用保護法』について、その再改正を、民主労総も韓国労総も求めています。
 2つ目は、組合専従者の賃金支給禁止問題、それから事業場単位での複数労組許容問題の論議を進める中で、民主労総と韓国労総が協力する方向性が出てくる可能性はあるかとうことです。そして、李明博政権は誕生以来、公企業民営化およびその統廃合政策と、金融産業の構造改編を強力に推し進めています。この問題については、韓国労総も民主労総も明確に反対、批判の立場ですから、ここに共同闘争の余地があるのではないかと思います。李明博政権は、成長中心政策を掲げながら、成長を通じた雇用創出を推進していく方針です。また、労働市場の柔軟化政策についても、かなり慎重な下準備をしながら推進しているところです。この労働市場柔軟化政策を進めるためにも、現在の労使政委員会の枠組みをさらに広げて、労使民政という枠組みに拡大しようとしているようです。
 従って、こうした環境条件の中で、韓国労総の選択はいかにあるべきかが問題となります。李明博政権のもとで、民主労総としては現在選択できるカードはほとんどないのが実情です。民主労総が労使政の社会的対話に復帰する可能性、参与する可能性はあるのかというと、まことに希薄な状況です。ハンナラ党との政策連合によって、与党内に議席を持っている韓国労総こそが、労働界にとって有利な役割を果たす余地があるのではないかと思われます。
 しかしながら、ハンナラ党は内部の亀裂を修復して、議会内での勢力を一層拡大しています。もう巨大与党といっていい状況です。このような中で韓国労総出身の議員の活動の余地、影響力を発揮する余地がどこまであるのかというと、無視されればそれまでという側面もあり、韓国労総としては決して楽観できない状況です。
 李明博政権は同時に、韓国労総との政策連合を通じて大統領になった面もあるわけで、労働組合からの要求、声というものを一切無視して政治運営ができるかというと、それも決して容易ではありません。李明博政権と労働界の関係はいま申し上げたような状況ですが、政権が、民主労総はいうに及ばず、韓国労総のほうも捨てて、2つのナショナルセンターにかわる第3の労働勢力を育成・支援し、そこと手を結ぶということも全くあり得ない話ではありません。
 いずれにしても、今ハンナラ党には韓国労総出身の4人の議員(地域区3人、比例区1人)がいますが、彼らがハンナラ党の中で行う活動の重要性は、ますます高まっていると言えます。
 一方、民主労総の闘争課題は今どうなっているかというと、まずは李明博独裁政権の打倒を最大の目標に掲げています。公安弾圧粉砕や政府の言論掌握を阻止するといった内容です。1%特権政治反対―民生保障は、李明博政権が富裕層、特権層の人間で構成されており、1%の持てる者に対する政治を行っていることに徹底的に反対し、民生保障をそれに対置していくことが、民主労総の李明博政権に対する闘争課題になっているということです。それ以外の公企業民営化阻止や非正規雇用保護の問題は、民主労総も韓国労総も同じように重要課題と捉えています。
 最後の結びのところで、現在韓国の労働運動や労働組合が抱えている課題について若干整理しましたが、これらが今後注目すべき点ではないかと思います。
 最近急激に高まったアメリカ発金融危機の状況が、日本にも深刻な影響を及ぼしていると思います。韓国は非常に危機的な状況になってきており、これがどのような作用を果たすことになるのかという問題もあります。最近少しおさまりつつあるようにも見えますが、原材料価格や原油価格の高騰のような外的な経済変動要因の中で、労働組合がどのような要求を掲げ、どのように闘っていくのかは、国民の労働運動に対する目線、支持する姿勢を大きく変える要素であり、非常に難しい局面にあると思います。
 私は長い間、労働運動に携わってきて、私の生涯と韓国の労働運動は重なっています。私は、経済状況が非常に悪化するときには、労働運動もそれに合わせて後退を余儀なくされる経験を多々してきており、そういった意味で最近の経済状況には非常に難しさを強く感じます。
 私の話はこのぐらいにしまして、質疑や意見交換の時間にしたいと思います。

司会

 パク議長、大変ありがとうございました。
 非常に興味深い、極めて中身の濃いお話を非常に簡潔に聞かせていただき、ほんとうにありがとうございました。貴重な資料を拝見しておりますと、やはりパク議長の労働運動の歴史が、まさに韓国労働運動の歴史とほとんど重なるということがよくわかります。特に96年のゼネストや翌年の労働組合の政治活動の解禁に大きな役割を果たされたことに、心から敬意を表したと思います。
それでは、質疑応答の時間に入りたいと思います。

質問者

 先ほど最後に言われました現在の金融危機の問題で、私どもが一番不思議に思っているのは、ウォンが急激に下がったことです。ヨーロッパやアメリカ、東南アジアでも、サムスンやヒュンダイなど韓国企業の大きな伸びが目立ちます。要するに、われわれが目にする韓国は、非常に健全な大企業が世界的に発展している状況です。特に電機でいえば、サムスンは世界一の電機メーカーになっています。このような中でなぜウォンが下がっていくのか。日本の場合は円高でかなり大変です。ウォンも下がり過ぎると、先ほど議長が言われたように、原材料や石油の値段が上がり、インフレ要因となって大変だと思います。なぜこんなに急激にウォンが下がってしまったのか、教えていただければと思います。

パク議長

 李明博政権の経済チームは姜万洙(カン・マンス)財政経済相がトップを務め、為替の調整を相当行いましたが、それがうまくいかずウォンの急激な下落を引き起こしてしまいました。国会では「経済チームを全面的に交代させろ」というような意見があり、今回のウォンの下落は明らかに経済政策と為替政策の失敗だと批判されています。韓国は、ご承知のように輸出主導で経済発展しており、韓国の輸出企業を支えるためにはある程度の為替の適正維持が必要です。
 もともとこの間の急激な原材料価格や原油価格の高騰は、韓国にとっては、対応するのが非常に難しい状況でした。それに加えてアメリカの「サブプライムローン」の破綻による影響があまりにも強過ぎて、通貨当局は経済政策としてのウォンの維持のための介入がうまくできなくなってしまいました。一度、そのたがが外れて信用を失うと、韓国に投下された外国資本の逃亡と相まって、暴落に近いようなウォンの下落が生じたと考えられています。
 韓国の輸出企業は、アメリカ市場への依存度があまりにも高過ぎて今回のような事態を招いています。輸出先が多様化し、中国市場への依存度も相当高まってはいますが、ヨーロッパなどにもっと輸出先を展開し、為替の安定を図っていかなければならないということが議論されています。
 冗談まじりに、アメリカでくしゃみをすると韓国が風邪を引くというように依存度の高さが言われますが、そのような状況となっています。

質問者

 先ほど、李明博政権が第3の労働勢力と手を結ぶかもしれないというお話がありましたが、その第3の労働勢力というのはどのような勢力なのでしょうか。

パク議長

 韓国の李明博政権を誕生させた一つの政治勢力の一部に、ニューライト勢力があります。労働運動における教職員労働組合について、現在、民主労総に加盟する全教組と韓国労総に加盟する教員労組がありますが、ニューライト勢力では、そのどちらにも入っていない教職員で、新しい教職員労組をつくろうという動きがあるようです。それから、韓国労総にも民主労総にも所属していない中間的な独立系労組も相当数あります。今後企業別組合レベルで複数労組が認められるようになったときに、これらの要素によって新しい動きが相当あるのではないかと言われています。
 私自身はこれまでの経験から、そういったものが登場してくる余地があるからといって、現在の組織管理を怠ってはならないと後輩たちに言っています。周辺的な状況から、そういう新しい勢力の登場が予見できることを常々考えながら運動しろと言っているわけです。
 李明博政権は、まだ4年5ヵ月ほどの任期が残っていて、その間労働政策をどういうふうに進めていくかについては、彼らなりにいろいろ苦労するでしょう。そのようなときに、いま申しあげたような韓国労総でも民主労総でもない第3の勢力を抱き込んで、自分たちが協力できる、あるいは操れる労働勢力をつくっていくという可能性も、全くないとは言えないという意味で申し上げました。
 李明博政権を生み出した主要な国民の世論、支持は、まず何よりも経済を回復させろということでした。ですから経済を救う、経済を回復させるためには、それまでの盧武鉉政権の社会政策や労働政策に対して多少抑圧的に出ることにも目をつぶるというか、認める世論が形成されているのは確かです。

質問者

 今の質問と回答とのかかわりで、ニューライト指導層の面々を見ると、かつて民主労総を立ち上げたときの事務局長や、何人かのいわゆる左翼的な革新系といった人たちが名を連ねていますが、彼らが右傾化したのでしょうか。民族などいくつかの柱を立てて旗を振っているようですが、私が聞いた限りでは、組織としての体をなしていないようです。しかし、地域組織をもう5~6ヵ所つくっているそうです。この人たちにいったい何が起こったのか、知りたいと思います。

パク議長

 ニューライトの指導層の中に民主労総出身の人が何人かいます。民主労総第1代目の事務総長をやったウルサン出身のクォン・ヨンモク氏はニューライトのリーダーの1人で、現代グループ企業の出身です。ニューライトも他の団体と同様、資金があってはじめて動きがとれます。いまニューライトは、キム・ジンホン氏という牧師が先頭に立って引っ張っています。いくつかの地域組織ができているというご指摘は、おそらくウルサンで、現代重工業の造船が民主労総を脱退して、韓国労総にも民主労総にも属していないという意味で今中立的な状況にあることを示していると思います。ニューライト労働連合には、クォン・ヨンモク氏や現代重工業でストライキ闘争を指導したイ・ヒョング氏らが連なって、運動を始めています。この人たちは、李明博を大統領に当選させるためにニューライトの中の労働社会部門をまとめていく組織として、動きを顕在化させています。
 このような部分と、先ほど申し上げた新しい教職員労組をつくり出すような状況があるのを考えあわせると、企業単位での複数労組が認められるようになったときに、第3の労働組合なり労働勢力がつくられる可能性は排除できないと思います。
 民主労総が第1代目事務総長のクォン・ヨンモク氏のような人たちと決別したのはずっと以前のことです。
 もう1つ考えるべき要素としては、ハンナラ党にペイルド氏という国会議員がいました。労働界の出身で17代の国会議員を務め、現在の18代の国会議員にはなっていません。このペイルド氏は、ソウル地下鉄労組委員長の経験者です。彼も初期の民主労総、あるいはその前の全労協のときからストライキを指導したような人で、その後完全に民主労総とは手を切っています。彼が17代のハンナラ党の国会議員として労働問題で活躍しているときに、今申しあげたようなニューライト的な労働勢力の結集をやろうと、そのような動き、考えを表明したことがあります。
 つまり、その頃は、私が韓国労総の委員長として金大中を支持し、民主労総は民主労働党をつくって政治活動をする状況でした。ハンナラ党としては労働に基盤をおいた勢力がないわけですから、ペイルド氏あたりから、何かそのような対抗できる勢力をつくろうといった言動が出たのではないかと思います。
 こうした人材がいるわけですから、今後、資金やいくつかの要件がうまくそろえば、第3の労働勢力があり得るのではないかと、私は見ています。

質問者

 先程の質問者が、ニューライトの政治的な志向はナショナリスティックのようなことをおっしゃっていましたが、政治的にはどこをめざしているのでしょうか。
 また、組合運動が政治にコミットすることによって、結局運動自体がますます分裂していくということにはならないでしょうか。それについては、パク議長ご自身が政治に関係してこられたお立場として、どうお考えでしょうか。

パク議長

 ニューライトの政治的志向性は、保守的な立場で間違いありませんし、経済成長や経済回復、経済安定といったことを今のところ重視しています。ですから、韓国の既存の労働運動がニューレフト運動だとすると、レフトに対抗する意味での右派的、保守的な労働運動を目指すといったところです。社会民主主義的な労働運動や政策を志向するものではありません。
 ニューライト労働運動とはいいながら、ストライキや過度な要求で企業活動を損ねることには反対する立場の人たちです。
 2番目の労働組合運動と政治とのコミットメントの仕方、あるいはコミットメント自体が労働運動にとってマイナスになる恐れはないかという問題ですが、私は元来労働運動と政治は、政策をめぐって対話することはできるけれど、労働組合運動と政治が並行して行われることはあり得ないと思っています。私たち自身の経験からいえば、金大中候補を支持する形での野党と韓国労総の政策連合は、労働組合側の求めるものを政策として受け入れ、実現するという合意のもとに政策連合を結んだわけです。実際に発足した金大中政権がこのような労働組合側の要求を無視することや、ねじ曲げたときには、すぐに政策連合を破棄するということでやってきました。
 重ねて申し上げますが、政策を実現するために労働組合が特定の政党をバックアップすることはあっても、労働組合運動が政治活動そのものになってしまう。あるいは政党政治活動が労働運動を肩代わりするようなことはあり得ません。組合の政策を有利に実現する上でうまくいく場合には政策連合や政策中心の関係を結びますが、あくまで労働運動と政治とは別な次元のものと私は考えています。下手に政治にコミットメントすると組合運動が分裂する恐れがないかというご指摘はもっともです。誤った関係の仕方を続ければ、必ず組合組織のほうで分裂は起こります。

質問者

 実は、今から10年ちょっと前、私の自動車総連時代に日本のメーカー労組の委員長と一緒にウルサンの現代自動車を訪問して、組合との交流、意見交換をやりました。そのときみんなが一様に感じたのは、現代自動車の組合は極めて戦闘的で、経営に対して闘争的な姿勢が強いということです。今のお話をずっと伺っていて、ヒュンダイ自動車の組合も大きく運動の方針が変わり、労使関係も劇的に変化したと考えてよろしいでしょうか。

パク議長

 現代自動車労組は、闘争的な姿勢という点では10年前からほとんど変わりがなく、民主労総の中の主力組合、非常に闘争的な組合という性格を維持しています。現代自動車労組の幹部の6人ぐらいが現在告発されているような状況で、まだ拘束はされてはいませんが、非常に対立的な状況が続いています。現在、産別労組になった金属労組の委員長は、現代自動車労組出身のチョン・ガプトク氏ですが、現在拘束されています。

質問者

 専従者の賃金支給問題について質問をさせていただきたいと思います。
 初歩的なことで、私が知らないのかもしれませんが、再確認という意味で質問させていただきます。専従者賃金支給に関連して、企業籍を持っていない人は、法的に産業別組合あるいはナショナルセンターの組合専従役員になることができないのかどうかということです。
 それからもう1点、これから専従者賃金支給問題については、対政府や対経営者との交渉が行われると思います。今まですでに行われてきましたが、やはり一般国民の一定の理解も必要だと思います。政府や使用者、そして国民を納得させる上で、どのような理由づけを考えているのか、その2点についてお伺いしたいと思います。

パク議長

 まず、前者の企業籍を持たない人が産別組織やナショナルセンターの役員にはなれないという規定があるかについては、そのような法的規定があります。
 韓国の労働組合が組合専従者の人件費の問題についてどういう基本的な論理を持っているかに関しては、ILOの規定では組合専従者の人件費について、企業が出せ、出してはならないというような明確な規定はないと思います。私たちとしては、専従者賃金について法律であれこれ規定するのではなく、労使自治による決定、労使にそれを任せることを主張しています。支給できれば支給するべきだし、支給できなければ支給しない。これは使用者側の権限に属する問題だと思います。この労使自治に任せるべきだという論理、理屈は、国民からはある程度受け入れられる立場でしょうが、使用者側からすれば、労使自治はなかなか受け入れらない状況だと思います。
 企業側としては、強力で戦闘的な組織にこの問題について押されている状況ですから、やらないわけにはいかないと考えていると思います。また、使用者が支給した場合は不当労働行為で処罰の対象になるということが法律に規定され、その法が施行されれば、使用者側は支給したくても支給できないと言えるようになります。
 労働組合の実態からすれば、ご承知のように韓国の労働組合は企業別組合として組織され、その90%は中小企業の労働組合です。したがって、現在の韓国では、組合専従者の賃金が企業から支給されない場合には、組合活動そのものが成り立たなくなる恐れがあります。組合の内部では、この法律が制定された場合にはもう企業別組合ではもう立ち行かず、早く産別組織に転換しなければならないという声が出ています。また、もともと韓国で企業別組合が法律的に強制されたのは80年の全斗煥政権のときの労働法改悪によるものです。この問題の根源には政府のこのような法的強制があり、責任の一端があるはずだという主張が組合の中にはあります。
 10年前の97年に金大中政権が発足して、労使政委員会が設立されたときに、この専従者の賃金問題が労使政委員会で最も大きな課題の1つとなりました。今後委員会で論議を重ねて解決案をつくることで合意しましたが、実際にはこれといったいい解決案はつくられていないわけです。

質問者

 最初の質問について、再確認させていただきたいのですが、例えば、単組の委員長が産別組合組織の委員長に選出された場合、そこで所属企業の籍を切ることはできるのでしょうか。

パク議長

 そのときは企業籍を持っていかなければいけません。切ることはできないということです。単組の委員長が産別の委員長になったときには、その委員長の給料はもともと専従者賃金ですが、産別委員長になってからも企業が継続して保障しなければならないということです。産別組織では彼に幾らかの手当だけを出して、賃金に当たる部分は、もともと単組の委員長時代に企業から受けていた専従者賃金をそのまま持っていくということです。

質問者

 逆に言えば、例えば今のケースで、単組の委員長が産別の委員長になって、企業籍を切る場合は当然産別がその委員長の賃金を支給することになると思いますが、そういうことは可能ですか。法的に問題はないのでしょうか。

通訳

 その場合には韓国では企業籍を切らないでそのまま持っていくことを前提にして、賃金もそうなっています。

質問者

 賃金を企業が支給するということは、当然企業籍がなければいけないと思いますが、逆に産別が委員長の、単組から来た役員の給与を保障すれば、企業籍を切ることができますかという意味です。

パク議長

 現実には、現在の産別の委員長は、全員自分の出身単位労組の籍を持っています。現在の韓国労総委員長は電機メーカーLG労組の出身です。彼は、LG電子出身でLG電子単位労組の委員長を経て、金属労連の委員長になり、その後、ナショナルセンターである韓国労総の委員長になりました。今でもLG電子の企業籍を持っており、給料もLG電子から支払われています。韓国労総からは手当だけを受けています。これが現在の韓国の産別体制です。産別連盟で給料を保障し、企業籍を切ろうとした場合、組合員資格そのものを失うという法的な規定があるようです。ですから、組合員資格がなくなれば、委員長資格もなくなるという形で引っかかっているようです。
 97年3月の労働法改正で、超企業単位の組合をつくることができるという法律をつくりました。これは解雇された者が組合をつくることができるということを意味しますが、実際にそれを実行するための手続きがその後、政府から発表されず、宙に浮いたままとなっています。

質問者

 先ほど企業別労働組合から産別組合へというお話がありました。私の理解では、韓国労総も民主労総も、産別組合を志向しようという方向性を持っていると伺ったことがあります。現在の進捗状況はもうすでに一部は産業別労働組合になっていると伺っていますが、今現在どういう状況になっているのでしょうか。産業別労働組合になったことによって、例えば労使交渉がどうなるのか、具体的に労働運動がどのように変わるのか、あるいは変わってきているのかという何か具体例があれば教えていただきたいと思います。

パク議長

 韓国で企業別組合から産別組合への転換ということがいわれていますが、産別組合をどうようなに規定するのか、見るのかというときに、ドイツに見られるような明確な形での産別組合というのは、韓国にはまだないと私は思っています。しかしながら、産別組合へ移行しようという努力は相当行われていて、産別組合の看板が幾つかかけられているのは事実です。民主労総は60%ないし70%が産別に看板が書きかえられたといいますし、韓国労総でも30%前後が産別組合になったともいわれています。
 しかし、企業別組合から産別組合になるためには、何をもって産別組合とするかという基本原則のようなものがあると思います。例えば、現代自動車労働組合という企業別組合が産別組合になるとすれば、現代自動車労働組合で持っていた組合予算は、産別組合にすべて移管させなければなりません。また、交渉権についても産別組合に委任され、すべての交渉を産別組織が責任を持って進めなければなりません。
 このような点があいまいなまま残されているために、例えば民主労総の金属労組は産別労組となり、現代自動車は支部になったわけですが、産別労組は産別労組で交渉し、現代自動車支部は現代自動車支部で交渉するという二重の交渉が行われています。その意味で、形式的には産別をめざす動きがあって変わりつつありますが、きちんとした産別になるためには、踏み越えなければいけない過程が多いと感じています。
 正しいというか真っ当な産別になるためには、組合費、組合財政の問題と団体交渉権を産別体制にしていかなければなりませんが、まだまだできていないと思います。そのような意味で、私はまだ産別とは言えず、連合会段階にとどまっていると見ています。しかし、若い組合員たちが、何とか産別転換を進めようと大変な努力をしているのは事実です。

質問者

 私は、全く別のアングルから質問しますが、昔アメリカで北米自由貿易協定ができるときに、AFL-CIOは強く反対しました。労働条項など、労働組合の人たちに対する大きな影響を取り除く手当が特にされていないということが反対の理由だったと思います。韓国も最近ではエコノミック・パートナーシップ・アグリーメントで、もう少しスコープの大きい協定の交渉を行っています。日本と韓国の間でもエコノミック・パートナーシップ・アグリーメントの交渉が行われていますが、FKTUや韓国の労働組合運動は、この協定の交渉をどのように見ているのか、あるいはどういう行動をとっているかお伺いしたいと思います。

パク議長

 NAFTAについて、つい最近の私の経験に基づいてお話しすると、KOILAFの労使政代表団がメキシコを訪問したことがあります。私はメキシコの労働者代表に、NAFTAによってメキシコの労働組合ないし労働者はどういう影響を受けたかを質問しました。彼は、当初は雇用の増加が期待されましたが、実際にはむしろ悪循環ばかりが増えたと回答しました。韓国の労働組合は、現在韓国政府が進めようとしているさまざまなFTAについては、基本的に反対の立場をとっています。
 ただ、組合が反対の立場とはいっても、民主労総と韓国労総では若干トーンが違っています。民主労総はFTAについては完全拒否の立場を貫こうとしていますし、韓国労総は、FTAを締結する場合には農民たちの保障の問題等についてきちんとした補完策を立てて、その上で交渉を進めるよう求める立場になってきています。
 しばらく前のことですが、韓国労総の代表団が日本に来て、連合の皆さんと一緒に、韓日間のFTA問題について意見交換するとともに、共同行動の呼びかけをしたと思います。韓国では基本的にはFTAを組合の立場として歓迎する状況にはなっていません。

質問者

 2つ質問させていただきたいと思います。
 1つは非常に細かいことです。レジュメのご説明で労使政委員会とそれから今後の新しい枠組みとして労使民政というものがありました。この民というのは、日本では公益委員、いわゆる学識経験者に当ると思いますが、そういう方々のことを指すのでしょうか。

パク議長

 当然の疑問だと思います。労使政委員会の労使は、もう紛れもなく民のはずです。そこへもってきてまた民を入れるというのは、李明博政権になってから、労使政委員会の枠組みを拡大再編、拡大改編しようというかけ声で言われましたが、労使とは別の意味での民とは一体だれかということについては、ご指摘のように、社会団体や公益委員のイメージで語る人もいれば、いわゆる韓国の在野の一般社会運動団体まで広げて入れるべきだという意見もあって、今のところ、このつけ加えられる民がだれかということについては、はっきりしていません。
 現在の労使政委員会の中にも、諮問委員という形で公益委員、学者がたくさん参加しています。それ以外に民を改めて言い出すねらいが何か不明ですが、まだはっきりとしたことは分かっていません。

質問者

 2つ目の質問は、韓国の労働組合の組織率に関係することです。日本はもうご承知のとおり非常に低く18.2%になっています。韓国の場合、年表の最後のページに労働組合組織率の表がありますが、ここ2、3年は若干増えているとはいえ、相変わらず10%強の非常に低い組織率です。この表の一番高いときでも89年の19.8%が最高です。87年に民主化が起こって、韓国の経済がこれだけ発展しても、組織率は相変わらず非常に低い。若干増えていますが、非常に低い数字であるという根本的な原因は、何かあるのでしょうか。もちろん、非正規労働者がものすごく増えているとかそういう事情はもちろん承知しています。しかし、歴史的に非常に低い原因について、どのようにお考えか、教えていただければと思います。

パク議長

 韓国では、87年の民主化闘争、労働者大闘争以後ピークのときには20%に肉薄する組織率でした。この労働者大闘争のときには、それまで抑圧されていた労働者の組合結成の動きに対して、使用者側は手がつけられない状況でした。使用者側は、新たにつくられた労働組合に対しても90年の後半から対応策を立てるようになりました。87~89年の大闘争とその影響が残っていた時期には、労働者・労働組合の要求はほとんど実現できるような状況が続きました。90年の後半に使用者側が組合対策を立てるようになったとき、政府の労働政策とそれらが結びついて、かなり組織率を抑え込むように作用し始めました。
 1つには、爆発的にたくさんつくられた小さな組合が解散に追い込まれ、それが組織率の低下につながった面もあります。それから、97年末からのIMF経済危機で企業倒産が相次ぐ中で構造調整が強行され、組合の解散、減少が相当発生しました。こうした構造調整等で組織労働者としての立場を追われた人たちはどこへ行くかというと、非正規雇用の増大という形であらわれてきます。
 韓国で問題なのは、正規雇用の組織率が低下する一方で、新たに増大する非正規雇用を組織化することができないということです。この非正規雇用の組織化という点では、おそらく、民主労総も韓国労総も、現在の非正規雇用のうち組織化されている部分は、2%程度の水準ではないかと思います。全体労働者の中ですでに非正規雇用が50%を上回っている中で、非正規雇用の組織率はそういう状況にあります。このため、非正規労働者の組織化が急がれるわけですが、各単位労組は、自分たちの企業、職場にいる非正規労働者を組合に迎えようとはせず、非正規雇用の組織化は全く話にならない状況です。
 例えば、代表的な韓国の現代自動車労働組合は正規雇用の比率が非常に高い組合で、こちらは小さなものですが非正規雇用の組合もあります。しかし、正規雇用の組合は非正規雇用の組合をほとんど支援せず、自分たちだけで闘っています。韓国では、使用者側が構造調整するときに一番手をつけやすいのが非正規雇用だと言われています。また正規雇用の組合からすれば、自分たちの雇用を保障するためには、非正規雇用、臨時雇用のほうを雇用の調整弁にすべきだと公然と言っています。その意味では、企業別組合から産別組合への組織転換をやらない限り、組織率の向上は望みがたいと思われます。

質問者

 1ページ目の複数労組と書いたところについて、パク議長の個人的展望としてのご意見をお聞きしたいと思います。
 先ほどの話でも、複数労組問題、交渉窓口単一化問題、それから労組専従者の賃金問題、この3つはセットで考えなければならないとおっしゃいました。しかも、労働法改悪は97年に提起をされ、労働組合が非常に大きな反対運動を起こしながらずっと延期させ、来年の12月が一応タイムリミットとなっています。このタイムリミットに向けて、産別化やいろいろな努力もされているとお聞きしました。しかし、来年いっぱいで決着がつくのかどうか、その展望をまずお聞きをしたいと思います。特に政権がかわって、李明博政権は、それにどれくらい執念を持っているのか。これが1点目です。
 結局この3つがある程度整理がつかないと解決ということにならないのかもしれません。この複数組合の問題は、韓国労総にとっても非常に重要なことだと思います。複数労組問題が来年12月で決着がつくかどうかは別にしても、複数労組はいずれは当然認められないといけない。そのときに当然2つのナショナルセンターやそこに加盟する産別、言ってみれば個々の組合の争奪戦。今でも争奪戦はあるでしょうけれども、もっと激しく、つまりどっちが多数派をとるかどうかということが大きな課題になってくると思います。こういうことをやっていく中で、私は先ほどのニューライトではありませんが、いわゆる産別やナショナルセンターに入るのはもう嫌だ、企業別労働組合にそのままとどまったほうがいい。経営側は当然そう思うでしょうが、組合のほうでもそういう意識が出てくるのではないだろうかと思います。
 日本では少し歴史が違いますが、今組織されている組合員は約1,000万人で、連合に660万人くらい加盟しています。ところが、独立労組といって、企業別でどこの産別やナショナルセンターにも入っていない組合員が250万人もいます。日本の組織労働者の4分の1は、残念ながらまだ産別やナショナルセンターに入っていません。韓国の場合には逆のことになるのかもしれませんが、このあたりが少し心配なものですから、先ほど言ったニューライトの問題を絡ませたくないという気持ちはよくわかります。しかし、全然ないとは言えないのではないかというのが率直な印象です。これは若干私の印象も入れましたから、何かお考えがあればおきかせいただきたいと思います。

パク議長

 問題の本質を鋭くえぐっていい質問してくださったと思います。[1]複数労組[2]窓口の単一化[3]専従者賃金――の一括処理しないとどうにもならない状況になっていると私は思います。09年12月31日がタイムリミットとはいっても、これには準備期間が必要ですから、遅くとも今年の末、ほんとうに遅くとも来年の上半期のうちには立法化されないといけないわけです。立法化というのは細かい規則までつくらないといけないということです。
 まず複数労組ですが、これについては政府にしろ、使用者側にしろ、ILOからの勧告事項でもありますし、もう受け入れざるを得ないという心の準備はできているはずです。専従者の賃金支給問題については、経済団体では譲歩の余地がなく、法律どおり支給禁止を実現する立場を堅持しています。労使自治を主張している労働組合にとっては、この専従者賃金の問題が、労使間で鋭く対立する抜き差しならない問題となっています。
 交渉窓口単一化の問題も、例えばある事業所・企業に3つの組合がある場合に、労働組合側は、交渉窓口の単一化についてはそれぞれの組合と交渉するよう主張していますが、使用者側は最も多数を占める組織との単一交渉を強く主張しています。例えばA社に3つの組合がある場合、すべての組合員が交渉窓口の単一化について投票し、最も多くの投票を得た組織が交渉に当たるべきだというのが学界の考え方です。これはアメリカ方式というのでしょうか。
 韓国政府や中央労働委員会のレベルでこの問題について悩ましく思っているのは、韓国憲法では労働者の権利として団結権や交渉権、団体行動権を保障しています。もし交渉窓口単一化を法制化する場合には、この憲法の規定の交渉権の保障に違反することになるのではないかと心配する向きがあります。政府は、今のところこの問題についてはっきりとした解決策を労働組合や使用者側と協議しないで、時間稼ぎに引き伸ばししています。組合は、この問題はもう時間がないのだからすぐに協議に入るよう主張していますが、政府はまだそれに応じていません。今年の末はもう難しく、決着を見るのはどうしても来年上半期にずれ込むのではないかという感じがします。李明博政権は、この問題の解決が円満にいかない場合に、韓国労総との政策連合が破棄される可能性があることを十分知っているはずです。
 2番目の質問と関連して、複数労組が認められるようになった場合には、ご指摘のとおり民主労総と韓国労総の対立、葛藤が深まるのは間違いないと思います。韓国でも中立地帯にいる労働組合がたくさんあり、ニューライトがそのすきに乗じていろいろな動きをしてくる可能性は十分考えられます。複数労組が認められた場合には、どの組織も1年ないし2年は相当複雑でしんどい状況を迎えざるを得なくなるだろうと思います。これといった有効な具体策はないのですが、労使政の枠組みの中でこの問題について有効な対策を立て、むだな時間や犠牲が出ないようにするのが、国家レベルで考えた場合には非常に重要と思われます。

質問者

 日本はいま高齢社会に突入しています。それは人口的、あるいは寿命が長くなってというような要因で、高齢化社会によるいろいろな問題があります。それらは、もちろん政策的には年金や介護保険というような社会保障の問題で、労働組合の連合もかかわって、国会も政治とのつながりで解決しております。しかし、社会的には介護施設、介護福祉士の賃金の問題とか、あるいは日常介護する上でのいじめの問題、老老のいじめ問題などの社会的な問題もあります。介護にかかわる問題は、今日本で非常に深刻になっていますが、韓国にもあるのではないかと聞いています。そのような問題は、もちろん政策的に労働組合もかかわっていますが、一般社会や国民の中でのそういう運動の高まりはどうなっているのか、それに関する団体はあるのか。そういった課題なども、可能な範囲で教えていただければ大変うれしく思います。

パク議長

 日本の高齢化社会化についてはよく知られていますが、アジアではおそらくその次のテンポで韓国の高齢化が進んでいると思います。韓国政府も高齢化社会に伴うお年寄りの老後生活の保障については新しい制度が必要ということで、基礎生活保障基金制度をつくりました。これはもうすぐ施行されると思いますが、一定の所得水準に至らないお年寄りに政府が生活資金を、所得水準によって違いはありますが、最低でも1人当たり月にいくらという形で支給する制度です。韓国の場合はお年寄りが仕事をせずに老人の生活年金みたいなものを受け取ることについては、何か心的な負担を感じるという問題もあります。市内バスや地下鉄では、65歳以上はフリーパスにしています。このようにいろいろな形でやっていますが、老人政策そのものは全体的にまだ低水準です。老人政策については、政府の保険福祉部が主管となって行っており、その保険福祉部の傘下に老人問題研究所があります。この老人問題研究所の所長がしばらく前に日本を訪問し、日本の関係者と老人問題のセミナーを開催したと聞いています。
 政策的な面での研究が今ようやくはじまっているという点で、日本で行われているようなさまざまな施策や運動には韓国はまだまだ追いついていないという印象を持っています。国会では、老人のための福祉基金を増額しろという論議が盛んに行われています。また、老人の雇用の場をどのようにつくっていくか。地域によっては宅配便を優先的に老人の仕事にするようなシステムやさまざまな情報システムをつくろうとしています。

質問者

 韓国の労働組合の国際協力について、パク議長は基本的にどう考えていらっしゃるのか。特に各国のODAの中でどのような地位を、どのような場所を占めるべきか。それはお金の面でも、国のお金を労働組合の国際協力に出すという面でもどのように考えてらっしゃるか、その点をお聞きしたと思います。

パク議長

 実際のところ、韓国ではODA資金は労働組合に対しては全然供給されていません。組合は、組合費、組合財政の中から国際協力事業の基金をつくって国際活動をしています。韓国ではODA資金は外務部、韓国の外務省で管理しています。この外務部のもとにKOICAなど――JICAみたいなものでしょうか――さまざまな国際協力に関する団体があります。ODA資金とはいえ、それは国民の税金ですし、そのもとをただせば、韓国の労働者が輸出で頑張って稼いだ外貨が原資になっているわけですから、政府だけでなく、もっと広く使われるようにしていいとは考えております。
 お伺いしたところ、日本では、基本的には外務省が統括するにしろ、日本政府の各省でそれぞれのODA資金を使った活動をしており、その全体が日本のODAになっているということです。韓国のODA予算は、外務部が専一的に管理運営しています。韓国の外務部の傘下の団体を通じて、このODA資金を使って海外協力活動を行っているのが現状です。このようなお金は、海外にいる僑民、韓国人についてのさまざまな便宜にも使われますが、韓国に海外直接投資を誘致するためにも使われていますし、経済技術協力に関する仕事にも使われています。
 午前中のセッションのJILAFの説明では、JILAFの資金の中にはODA予算も使われているということでしたが、私たちも、KOILAFで韓国のODA予算をぜひ使わせてほしいという思いを強くしました。
 一般的に労働組合の国際協力という点については、今までの韓国の労働組合の国際協力活動は、どちらかというと2国間の組合がお互い相互訪問して親睦を深めるようなレベルにとどまっていて、もっと拡大した形で行われなければならないと思います。アジアソーシャルフォーラムは1つの先駆的形態だと思います。韓国もかつて北欧のノルディック諸国の社会保障制度を学ぶために、広げた形での交流もやりましたが、今の韓国の労働組合の国際協力は少し狭過ぎて、もっと地理的にも内容的にも拡大する必要があると感じています。
 それから労働組合の国際活動や国際協力活動という点では、日本の労働組合の先輩といいましょうか先覚者の影響がかなり大きかったと感じております。

司会

 長時間にわたって活発な質疑を行っていただきありがとうございました。パク議長には、大変難しい質問が多かったにも拘わらず、率直で大変具体的な回答をしていただき、私たちの理解も大変深まりました。ほんとうにありがとうございました。
 韓国の労働運動と日本の労働運動は相違点も多いですが、お話を伺っていて、非正規の問題や格差の問題など、共通点も非常に多いと感じました。したがって、これからも意思疎通、いろいろな情報交換をしていく中でお互いに学び合って、お互いの労働運動の発展に努めていきたいと考えております。
 それでは、大変貴重な講演をいただきましたパク議長、それからご出席いただきましたオさん、キムさんに感謝の意を表したいと思います。
 どうもありがとうございました。カムサハムニダ。

2008年度 KOILAF代表団略歴

韓国国際労働協力院(KOILAF) 議長
朴 仁相(パク・インサン)

ソウル大学、高麗大学大学院を経て、米国ラスト大学で博士学位を取得。1959年に大韓造船公社に入社。
1981年に韓国の全国金属労連の副委員長に就任後、韓国労総プサン市協議会事務局長など、さまざまな労働組合の要職を経て、1988年に全国金属労働組合連盟の委員長に選出される。
1988年に韓国労総(FKTU)副委員長、1996年に第16代目の韓国労総・委員長に選出され、2000年に退任した。また、ICFTU-APRO副会長、ICFTU執行委員、ILO副理事補を歴任。国内では労使政委員会委員、社会保障審議委員等を務め、2000年に国会議員に選出される。
2004年から韓国国際労働協力院(KOILAF)の議長を務める。現在はKOILAF議長とともに労使発展財団共同理事長、韓国国際労働協力院運営委員長を務める。

韓国労総(FKTU) 中央教育院院長
呉 永峰(オ・ヤンボン)

永進大学、高麗大学校労働大学院卒。
(株)甲乙繊維会社に入社後、甲乙労働組合委員長を務める。その後、繊維労連・慶北、テーグー地域本部会長を務めた後、韓国繊維労連の中央委員、執行委員を経て、委員長に選出される。
また、公務として中央労働委員会の労働側委員、最低賃金審議委員会労働側委員を務める。
繊維・流通労連委員長に選出される。現在は韓国労総(FKTU)中央教育院院長を務める。

韓国国際労働協力院(KOILAF) 国際協力局長
金 聖眞(キム・スンジン)

オーストラリア・モナッシュ大学アジア学大学院、西江大学・経済大学院を卒業。
1990年に韓国労総国際局次長、1996年に国際局長に就任する。
1997~2004年までシンガポールのICFTU-APROで教育局長を務める。
2004年から韓国国際労働協力院において国際協力局長に就任、現在に至る。
2005年から韓国国際移住研究所の運営委員、2008年から労働部の国際労働協力協議会委員、福祉事業審議会委員を務める。

2008年10月1日 講演録

韓国労働組合総連盟(FKTU)
カン・グムソン(康 錦善)

組織局局長補佐

 韓国はいま非正規労働者の拡大にともなう差別と格差が大変深刻になっています。非正規労働者の数は2007年度に879万人で全体の54.2%を占め、増加偏向を示しています。非正規労働者の賃金は、正規労働者の賃金を100とした場合、50.1%という現状にあり、完全に二極化されています。
 また、少子高齢化社会といった問題についても世界でも例のないようなスピードで進行しています。そのほか、公共部門の構造改革、民営化などが大きな問題として取り上げられています。そうしたなかでFKTUが直面している大きな問題は、労働組合専従者の賃金支払いに関するものです。いまの労働法では、企業からの組合専従者に対する賃金・給料の支給は禁じられていますが、しかし現実には支給されています。これは労使政の合意にもとづく決定でした。ところがこの扱いが来年の2009年12月31日で期限切れとなり、2010年から組合専従者に対して企業から賃金・給料が支給されなくなるということになりました。FKTUにとって組織の存立にもかかわる問題であり、政府に対してロビー活動を行っています。
 韓国における労働組合の組織率は10.8%と非常に低く、うち加盟している労働組合の企業規模は300人未満の中小企業が80.2%を占めています。今後、組合専従者の賃金を企業が払えなくなることになると労働組合活動全般が大きな打撃を受けてしまいます。したがって、何としても今まで通り組合専従者に企業から賃金が支払われるよう組織をあげて活動をすすめています。
 この問題解決の試みとして労使政の委員会で話し合いを続けていくこと、FKTUは現政府との間で政策協議会をもっており、このなかで協議を深めていきたいと考えています。
 この話し合いが不調に終わった場合は、韓国の労組として10万大規模の集会、デモンストレーションを計画していますが、うまく解決してほしいものです。

韓国労働組合総連盟(FKTU)
シム・ジェジョン(沈 載正)

富川市法律サービスセンター所長

 いま韓国では非正規労働者が増大して社会全体に雇用不安の問題が起こっています。このことについて2007年度に非正規職法律が制定されました。法律は、労使政の三者間の合意に基づいてできあがりましたが、この内容は、2年間連続して雇用した場合は正規職としてみなすということを法制化したものです。
 しかし、労働現場では、雇用期間が2年になる直前に企業側が雇用契約を解消するといった事態が続出しており、この法律を再度改正しなければいけないということが、いま切実かつ緊急な問題となっています。新しく誕生した韓国政府は主に企業優先の経済政策をとっており、そのテコ入れを受けた経済界は、このような法律改正に強く反対しています。FKTUはこの事態を解決するために重要な決定を下す必要に迫られています。そうした中でFKTUは各地域の労働相談所を通じて、非正規労働者の雇用被害事例を収集し、問題提起を行い国民に理解と共感を深めることによって、法律改正に消極的な態度をとっている政府と経済界に追っていくつもりです。
 次に公共部門の民営化および構造調整について報告します。FKTUは、今年の8月この件に関してイ・ミョンバク大統領と政府与党との間で政策協議をおこない協定を結びました。
 その内容は、公共部門の一部、つまりエネルギー部門、道路部門は民営化と構造調整は行わず、構造調整が不可避の部門、すなわち金融部門に関しては、労働組合と十分な協議を持った上で進行するという合意に至り、一定の成果がありました。その他、調整が必要だと言われている部門に対してFKTUは、多様な言論活動と対国民宣伝を通じて多くの公共部門の構造調整の必要性はなく、一部の財閥企業にだけ利益を与える偏向的な政策であるという広報活動を行っています。
 最後に、社会経済政策の決定過程において労働組合がどのように参加するべきかという問題です。これは、FKTUの各地域本部の活性化と関連した問題でもあり、FKTUは1998年に設立された労使政委員会と今年新政府との政策合意によって確保されたチャンネルを通して、積極的に社会経済政策に参加しています。反面、地域単位では、地方政府とFKTUの地域支部との政策参加が不十分です。そのため地域支部としては、地域単位の労使政協議制の活性化を通じて雇用と人的資源開発の問題を中心に、社会政策に参加する方法を多角的に準備するよう努力しています。
 最近、中央政府と政策協議を通じて地域単位での雇用パートナーシップ協議体の構成が合意を得ました。したがって、地域単位の雇用パートナーシップを模範的に遂行している一部地域の事例を他の地域にも拡大していかなければなりません。そのためには、労働組合だけの力だけではなく地域の市民社会つまりNGO、あるいは地域の経済界などの協力を得て、その経験を共有する方法が現実的だと思います。
 折角の機会なので、現在韓国に進出している多国籍企業の状況について申し上げます。
2008年の政府統計資料で外国人投資企業は16,095社にのぼります。国別投資額で見るとEUが35%で、つぎにアメリカそして日本その他の順となっています。産業別ではサービス業が72.4%、つぎに製造業、そのあとは第一次産業、社会間接資本となっており、EUとアメリカがサービス業分野、日本は製造分野への進出が見られます。新政府は、以前の政府に比べて企業優先、外国資本優先の政策をとっています。したがって、今後外国人投資企業はますます増加していく可能性が高くなると思います。
 世界同時不況をつくりだしたアメリカのサブプライムローン問題がこれからどのように動いていくか分かりませんが、これまでの外国人投資企業の中には韓国の文化や労働慣行への理解が不足したため問題を起こした企業が少なからずあったということを報告しておきたいと思います。