2005年 ウクライナの労働事情

2005年2月2日 講演録

ウクライナ自由労働組合総連盟(KVPU)
リュドミラ ボリネッツ

国際担当兼青年委員会委員長

 

国内の経済状況

 ウクライナはヨーロッパの東部に位置する人口4,740万人の国です。人口はこの5年間で500万人減少しています。原因は出稼ぎのためにロシアやEU諸国、イタリア、ポルトガルといった国々に非合法に出国をしているためです。というのも国内での賃金が非常に低く、政府がきちんとした労働条件、賃金を保障できないからです。
 ソ連崩壊後にはハイパーインフレが進行しましたが、このインフレ率もようやく鎮静化し、現在では12%となっています。
 最近2年間、ウクライナは年率10%から12%の経済成長を遂げました。しかしその一方で国民の生活水準は50%減退したと言われています。たとえば国民の約70%が貧困生活を余儀なくされています。教員の賃金を例にとって申し上げますと、最低賃金が60ドルと定められているにもかかわらず、実際に受け取っているのは50ドルにしかすぎません。
 実はウクライナ経済の約80%がヤミ経済と言われています。民営化が推進されてきたわけですが、結局その民営化も不正に、不透明な形で行われており、結果的には財閥が自分16たちの財をさらに肥やしていくための手段となってしまいました。民営化は財閥が戦略的に産業施設を手に入れるために行われたと言ってもいいでしょう。
 リストラは石炭部門において顕著に進んでいます。数多くあった炭鉱の町がどんどん衰退しています。その衰退していく炭鉱の町をめぐってマネーロンダリングが行われており、約5,000の非合法な炭鉱が生まれてしまいました。そういった炭鉱において今現在、約3万2,000人が働いており、労働安全衛生対策も何もなされていないまま非常に過酷な労働条件下に置かれています。

国内の政治状況

 2004年11月から12月にかけて大きな政治的な事件がありました。オレンジ革命と言われるもので、このおかげでウクライナの名が国際舞台にとどろくことになりました。きっかけは大統領選をめぐって大々的に違法行為が行われ、人権と有権者の権利が著しく侵害されたことです。
 これに対してウクライナ国民全体が非常に憤慨し、キエフその他の都市や広場や通りに集まって抗議集会を行いました。屋外でこのような抗議行動をとった人々は寒さ、雪、雨を耐え忍びました。さらには武力が導入されるかもしれないという恐怖ともたたかいました。軍隊はキエフ郊外の裏道や公園でバスに乗って待機しており、鎮圧のためにいつ出動するかわからない状況でした。
 しかし幸いなことに武力行使には至りませんでした。それは、ウクライナ国民の意思の強さに加えて他の国々の、特に労働組合の支援があったおかげだと思っております。この事件を経てウクライナは民主主義的な国家への道を歩みはじめました。

ウクライナの労働組合運動

 ウクライナの労働組合は非常に困難な状況に置かれています。国内には3つのタイプの労働組合が存在しており、一つはいわゆる伝統的な組合で、旧ソ連邦の組合を継承しているもの、もう一つは自由労働組合、そして三つめが御用組合、つまり経営者や財閥が自分たちの利益を守るためにつくった組合です。
 ウクライナにおける自由労働組合の運動は1989年に始まったと言えます。この年に鉱山労働者独立労働組合が設立され、それがそのほかの産業部門にも波及していきました。1997年、いろいろな産業部門の自由労働組合がまとまってウクライナ自由労働組合連盟――私たちの組織の前身が結成され、その1年後に今のウクライナ自由労働組合総連盟が設立されました。
 ウクライナ自由労働組合総連盟(KVPU)には、産業別組織、地方組織などが加盟しています。具体的な職種を申し上げますと、教員、鉱山労働者、港湾労働者、鉄道労働者、自動車輸送業者、マクドナルドのようなファストフード系の従業員などです。加盟人数は13万5,000人になります。
 KVPUの傘下にある産業別組織の多くはさまざまなグローバル労働組合連盟に加盟しています。たとえばウクライナの教員組合はEIに、鉱山労働者独立労働組合はICMに参加をしています。サッカー選手労働組合もその国際組織に加盟しています。そのほかの産業組織も今後、国際的な産別組織に加盟できるように交渉をしています。
 KVPUは大統領管轄の社会パートナーシップ評議会にも参加をし、この中で政府関係省庁や経営者団体との関係を発展させています。他の加盟組織とともに全国一般協定の締結のために尽力し、産別協定、個別の労働協約を結ぶための交渉を積極的に推進しています。
 今現在、ウクライナの労働法制に関して、労働法も含めた改革が推進されているところです。まもなく国会で第3回公聴会が開催される予定になっていますが、ILOもこの改革に協力をしてくれています。
 2002年、私たちKVPUとICFTU、ILOの協力により――具体的には私たちがILOに提訴する形をとって――労働組合の権利及びその活動の保障に関する法律に修正が加えられ、差別を助長するような条項が削除されました。これによりこの法律は国際的な基準にかなう法律に生まれ変わりました。
 ところが現実的にはこの法律がきちんと遵守されておらず、違法行為が横行しています。自由労働組合員は経営者側から組合員であるという理由だけで差別を受けています。単なる差別だけではなく、嫌がらせ、迫害、恫喝、脅しを受けたり、ときには暴力を振るわれることもあります。昨年1年間でも自由労働組合の幹部数名が殴られました。また私たちの自由労働組合を支援してくれていた法律家の女性は、車が破壊されるという被害に遭いました。
 私たちKVPUの会長自身もいろいろな形で迫害を受けています。殺害をほのめかした脅しを受けることもありますし、彼自身、国会議員という資格があるにもかかわらず、治安当局の職員から公衆の面前で暴力を振るわれたこともありました。裁判の最中に暴行されたこともあります。2004年3月には会長の子息が誘拐されましたが、奇跡的に無事救出されました。
 こうした困難はありますが、自由労働組合の活動は非常に大きく発展しています。この2年間はいろいろな形での迫害があったので、その迫害から自分たちを守るという受け身的なことに専念をすることが多かったわけですが、今現在は組織の拡大に取り組み、尽力できるようになりました。特に力を入れているのが青年活動です。青年委員会を設置し、これまで青年層の間にあった労働組合に対する良くないイメージ――積極的な活動は行わず、保養地の利用券を組合員に配ったり、物質的な援助を特定の人に与えるだけというイメージ――を払拭したいと思っています。ですので、教育活動も非常に重要なテーマになっております。また女性の役割向上をめざし、女性委員会を設置して女性問題にも取り組んでいます。