2005年 ベラルーシの労働事情

2005年2月2日 講演録

ベラルーシ民主労働組合会議(BKDP)
セルゲイ ヤウヘン アントセヴィチ

委員長兼ベラルーシ独立労働組合執行委員

 

国内の労働運動

 私たちベラルーシには名目上2つのナショナルセンターがありますが、実際のナショナルセンターは私が所属するベラルーシ民主労働組合会議(BKDP)しかないと考えています。2つ目のベラルーシ労働組合連合というのはいろいろな理由から事実上はナショナルセンターとは言えません。
 ベラルーシの労働組合の運動が始まったのは1989年です。当時、私たちは労働運動として労働賃金の値上げやソビエト共産党の解体など多くの要求事項を掲げ、ストライキ委員会を結成しました。1993年、このストライキ委員会が新しい組合に改変され、BKDPとなりました。
 BKDPには現在4つの産別組織が加盟しています。ベラルーシ独立労働組合連盟、ベラルーシ自由労働組合、ベラルーシ鉄鋼労働者自由労働組合、そして交通機関分野の労働者が集まった民主労働組合です。2003年の夏まではこの4つの組織のほかにベラルーシの航空管制官労働組合が加わっていましたが、残念ながらこの組合は私たちの会議から離脱しました。
 なお私は現在、3つのレベルで労働組合の仕事をしています。1番目のレベルはグロズド・アゾット社の労働組合の委員長です。2番目は産別レベルで、ベラルーシ独立労働組合の評議会のメンバーとして活動しています。そしてナショナルセンターレベルではBKDPの最高指導機関である評議会のメンバーとして活動しています。

労働運動と政治

 ベラルーシの労働運動は政治と非常に深い関わりがあります。ルカシェンコ大統領体制が設立されて以来、事実上独立労働組合運動つぶしが始まりました。1995年にミンスクの地下鉄労働者のストライキが行われましたが、このストライキが行われた後、ベラルーシ独立の労働組合の運動が禁止されました。1997年には集会をする場合にはあらかじめ許可をとらなければならないという法律が定められ、現在ではストライキを行うにもさまざまな手続が必要となり、ストライキをやることを宣言してから実際にやるまで半年ぐらいかかるようになりました。ハンガーストライキも許可制です。そのため私たちが行える抗議運動は自然発生的なものしかないのが実状です。
 1999年にはルカシェンコ大統領から大統領令No.2が出され、これにより、労働組合を含むすべての非政府組織は再登録をしなければならなくなりました。この再登録の手続は大きな困難を伴いました。同年、大統領令No.29が出ました。これは労働規律強化に関するもので、これにより労働者は常態雇用ではなく、一時的な契約により雇用されることになりました。
 2001年、大統領令No.11が発令され、国際的な支援を受けることを禁止するという法令が定められました。同年12月、労働組合費を現金以外の形で送金することが禁止されました。2002年には大統領府副長官のコジク氏がもう1つのナショナルセンターであるベラルーシ労働連盟の会長になりました。
 2003年、ILOがベラルーシに対して勧告を出しはじめました。例えばベラルーシに存在する三者構成という組織――これは社会関係及び労働に関する国民会議と呼ばれていますが――は、残念ながら私たちの独立会議を無視しています。ILOは私たちBKDPがナショナルセンターとしてのステータスを取り戻すようにとの勧告を行っています。なお同年11月、BKDPは大変名誉あることに、国際自由労連のメンバーになりました。
 2004年の大統領令により、すべての労働者が契約制に移行することになりました。このとき、2000年に採択された現行の労働法に対する修正案が提案されましたが、この修正案は私たちBKDPに大変深くかかわるもので、労働組合の代表とはどういうものかを確認するための修正案でありました。
 ちなみに国内の議会選挙はここ数年間行われていません。

国内経済

 現在のベラルーシの総人口は約1,000万人で、そのうちの450万人が労働就労可能人口です。失業率は、公式には2%から2.5%となっていますが、潜在的な失業者を含めますと、その数は15%から20%になると思われます。
 労働賃金に関してはここ数年間、中央集権的なシステムがとられており、ベラルーシ閣僚会議が労働賃金を中央集権的に決めているといった状況です。3月1日に閣僚会議の法令が出ることになっていますが、その法令によれば、最高の労働賃金はベラルーシの国家予算の最低ラインと比較することになります。すなわち最大限の賃金は第1レベルであり、その第1レベルというのが最低の賃金率である、という意味です。
 民営化に関して申し上げますと、各産業別の分野で公式的には民営化が行われたことになっています。しかしながら経済はよくなっていません。2003年度の1株当たりの平均価格は80ルーブルです。
 公式の宣伝活動によれば、社会福祉プログラムによって私たちの経済は成長が促され、ベラルーシ国民の生活レベルは底上されることになっています。ですがベラルーシ企業の約40%が赤字損失企業となっています。なおインフレ率は10%から12%です。