2002年 トーゴの労働事情

2002年9月11日 講演録

トーゴ全国労働組合総同盟(CNTT)
チャドウ カナウェ

トーゴ全国社会保障労働組合 事務局長

 

国内の状況

 トーゴでは1960年4月27日の独立から1967年までは第1及び第2共和制がしかれ、短い期間でしたが憲法が施行されました。1967年から79年の間には法体系が機能せず、国家元首の勅令による政治が行われました。第3共和制になると単一政党が誕生し、その政党が国家のあらゆる機関の上に立つ立場になってしまいました。このような状況の中で1990年10月5日を契機にして民衆デモなどが起こり、人権の尊重・保障、自由の擁護、多党政治を求める運動が展開されました。それらの課題は、直ちに1991年7月8日から8月28日の間に開催された全国最高会議に持ち込まれました。
 このような過渡期を経て第4共和制が誕生し、1992年9月23日に行なわれた国民投票によって採択され、10月14日の新憲法発布に至りました。こうして真の意味での法治国家が成立したわけです。それが社会的に経済的に影響を与えています。トーゴは鉱山資源に頼っています。中でも燐鉱石の開発が重要です。コーヒー、カカオ、綿の栽培も大規模に行われています。天然資源はありますが、経済危機などを受けてトーゴの経済は非常に疲弊した状況にあります。
 労働者の側から見ると、実際の経済政策と労働者側が要求している政策の間でバランスがとれていないのが現状です。公共部門では雇用者は国になりますが、徐々に民営化を進めており、国の役割が少なくなってきています。民間部門では、わずかな成長の兆しが見えます。中でも、石けん製造、オイル製造、印刷、鋼板の亜鉛メッキなどの部門で発展がみられます。この部門ではさらなる発展が望まれています。1994年1月以来CFAフランが切り下げになりましたが、これに対して何の付随的な措置が採られていません。特記すべきことは、インフォーマルセクターが異常なスピードで拡大していることです。

労働組合の歴史

 トーゴの労働組合の歴史、活動の推移を語るときに、3つの段階があったと言えます。第1段階は植民地時代の1945年から58年の時13期に当たります。この時期に最初の労働組合が生まれますが、労働組合誕生のきっかけとなったのが、暫定政府による1946年8月7日の政令です。これにより職業労働組合の設立が認められるようになりました。
 第2段階は独立後になります。第2段階の労働組合活動を特徴づけるのが、2つの大きな連合体の存在です。トーゴ労働組合総連盟(CSTT)とトーゴ全国労働組合(UNTT)です。幾つかの独立系の組織も存在しました。1969年に単一政党が誕生したのをきっかけに労働組合のナショナルセンターも1つに統一されました。それがトーゴ全国労働組合総連盟(CNTT)です。1つのナショナルセンターに統合されたことを受けてトーゴでは、要求していく従来型の労働組合活動から責任を持って参加していく労働組合活動に変わっていきます。こういった労働組合の方針の変化が政労使間の調和を進めていく上で役立ちました。
 1990年10月5日に第3段階が始まります。これは、政治的な改革、民主化を求める動きに合わせて複数の組合を求める運動が高まり、唯一のナショナルセンターであったCNTTが分裂しました。これは同時に、トーゴの労働者にとっては自由が戻り、労働組合活動の権利が回復したことを意味しました。現在、トーゴには7つのセンターがあります。これを略語でいうと、CNTT、UNSIT、CSTT、GSA、UGSL、CGCT、UTTです。

CNTTの活動方針

 課題は4つです。まず第一は、民主化の進展です。2つ目は公共の富を十分に管理して、それが労働者の利益になるようにすること。3つ目が都市部の管理にすべてが参加していくこと。4つ目が労働組合教育を十分に行い、労働組合活動家を育てて、労働組合活動への社会的な理解を深めるということです。このような目標を実現させていくために、労働組合連帯の哲学を掲げています。トーゴの労働組合連帯に含まれる組合は、CNTT、CGCT、UGSL及びCSTTです。これらの労働組合は協調した行動を行い、全国的レベルで労働者にかかわる問題を解決していくことを目指しています。
 CNTT本部で活動しているメンバーは3人、雇われている使用人は13名です。CNTTには公共部門、準公共部門、民間部門の3つの部門の労働組合が加盟しています。地域組織は30組織。地方レベルにおいても目的は、労働者の民族、人種、宗教を問わずに労働者の権利を守り、生活を豊かにしていくということです。
 全体会議が毎年1度開催されます。大会は5年に1度開催され、最近の大会は1998年2月20日に開催されました。ICFTU(国際自由労連)に加盟しています。政府との関係は良好です。毎年、6月にジュネーブで三者会議を行い、ここで政労使が協議しています。与党が何であっても労働者の権利を守ってくれる限り、協力していくスタンスをとっています「労働者の目覚め」という機関誌を2カ月に1度出版しています。CFAフランの切り下げの後、これに対する付帯措置がとられていないことが労働者の生活に厳しく影を落としています。危機的な経済状況の中で、賃金は10年来凍結されたままで、実質賃金は毎年下がっているのが現状です。