1999年 セネガルの労働事情

1999年7月14日 講演録

イブライマ・バッジ
全国油脂化学産業労働者組合 第二副書記長

 

CNTSの沿革

 セネガルは、ほとんど1世紀にわたる間、植民地にされていたので、そのことの影響、つまり外国の影響というのが非常に大きく出ている国です。
 独立に際して、労働組合は非常に大きな役割を果たしました。ほとんどすべての国民が、自分の意見、自分の声を政治の世界、あるいは独立に向けて反映させようと何らかの形で労働関係の組織やその運動に関わっていました。ですから、植民地状態を脱するために、組合が最前線に立っていたとも言えるわけです。
 これが1960年のことで、その年に私の国は独立しました。独立というのは、経済的、社会的、そしてまた文化的に独立したという意味です。実際、政治家だけで国を動かしてはなりません。労働者の参加なくして国の運営というのはできないはずだからです。
 そのためにも、労働組合という組織はよく整備されたものでなければなりません。組合というのは国の政治にも大きく、また深く関わるものです。私たちの憲法にも人権の尊重、そして組合運動の自由というものが保障されています。ですから、例えばストライキをしたからといって、刑務所に入るようなことがあってはなりません。
 ごく単純な例を出したいと思います。1978年に、私が勤めていた工場で、あるタービンが故障して、6ヵ月間、工場が稼働しなくなってしまいました。その際に、私たち労働者は、この工場が機能しなくなったのは工場長の責任であるとして、工場長を追い出すべく、ストライキを計画し、私自身がその指導に当たりました。私たちは40日間、工場長が工場内に入ることを拒否し、そして、交渉の結果、政府も組合側に道理があるという決断を下して、この工場長は最終的には解雇されました。これが私どもの労働運動の自由が保障されていることの一例です。
 これとは別に、組合と政府は非常に協力的な関係にあり、25年間というもの、組合のトップが政府の大臣をも兼ねていました。1982年に制度が改正になり、組合の書記長は大臣を兼任してはならないことになりました。それは、組合の持つ権利を政府に移転するようなことがあってはならないからです。組合の書記長、ナショナルセンターの書記長は、必ず本部にいて、組合員あるいは労働者の利益を守るための仕事をしなければならないということになっています。
 ただし、組合の役員については、もし政府からの要請があれば、内閣を構成することができます。制度が改正されて、組合役員は、政府の構成員を兼任してもよいことになりました。それは、政府に直接入って、そこで直接いろいろな情報を交換し、政府が組合活動の障害にならないように注意するという意図もあります。社会的対話(ソーシャル・ダイアローグ)を大事にしているということです。
  ただ、グローバリゼーションが次第に進展するに従って、私たちの国あるいは国民の意図にかかわらず、市場経済が導入されることになり、民営化や自由化が多く行われるようになって、労働運動もまた新しい展開をしなければならなくなりました。私たちのナショナルセンターでは、この民営化によって、簡単に労働者の首を切ったり、労働者が放り出されるようなことがあったりしてはならないと主張しています。

最近の活動状況

 例えば、ある企業が労働者を構造調整の一環として解雇することになった場合、組合と雇用者側とが十分に話し合うことが決められています。また、私たちの国では、ある時期から多くの国営企業が多国籍企業に売却されており、国家に多くの金が入ってきています。だからこそ、組合も政府に対して多くの要求を突きつけることができるのです。
 先月、私たちのナショナルセンターは、次の7項目の要求を、政府に対し突きつけました。(1)すべての労働者に対しての賃上げ、(2)定年の年齢の引き上げ、(3)家族手当の支給率の引き上げ、(4)国民健康保険金庫の設立、(5)所得税の減税、(6)見込み電力料金の廃止、(7)労働組合運動の自由の尊重。そして当月28日、こうした7つの目的を掲げて、8つのナショナルセンターが協力し、ストライキをおこないました。このストライキは、国全体を揺り動かすほどの大きな影響を与えました。産業活動、経済活動のほとんどが停止し、港湾、空港などを含む運送、輸送機能がほとんど停止状態となりました。当日の夜になり、政府は、組合との交渉に入ることを決断いたしました。この要求した7つの項目のうち6つを政府は認めることになりました。これを受け、ストに参加していた8つのナショナルセンターのうち、5つは、この政府の回答を了承し、28日中にスト解除をせよという指示を出しました。我がCNTSもこの5つのナショナルセンターのうちのひとつでした。というのは、現実主義に基づいた行動をしなければならないと考えたからです。7つの要求のうち、6つが満たされたのだから、これ以上、国の機能を停止させていてはならないと考えなければなりません。
 一方、残り3つのナショナルセンターは、100%の回答を目標とし、ストライキを続けました。すべてが満たされるか、あるいはゼロになってしまうという道を選択したわけです。我がCNTSでも、単組のレベルでは最後まで、100%の回答を得るまでストを止めないという組合もあり、労働組合の活動というものが分裂の危機にさらされたことを感じました。参加していた組合員も一緒に始めたストライキが途中で分裂してしまったことを大変に残念に思う傾向がありました。労働運動の底辺、あるいは労働運動の中核となっているのは、あくまでも単組であり、また個々の組合員が中心であることを再認識しました。
 最後に、ぜひ一言話しておきたいのは、我が国の政府も大変大きな努力を払っているということです。ソーシャル・ダイアローグ(社会対話)というものを大変重視しており、三者構成会議というものをつくって協議しています。政府、組合、そして雇用者の代表が集まり、さまざまなことについてお互いに意見を出し合う機会を持つことが大切だと思います。