2009年 コートジボワールの労働事情

2009年1月28日 講演録

コートジボアール労働総同盟(UGTCI)
エレーヌ・デッシオ・ニョンサエ

全国助産婦労働組合書記長兼UGTCI副事務局長

 

1. 労働情勢

 わが国の労働運動は、3つの大きな変革を経てきた。独立以前、我々には未知であった『勤労者』という概念は、ヨーロッパ人によって初めて設立された共済組織と共に現れた。続いて、首都においてナショナルセンターの支部や下部組織となる労働組合が生まれることになった。
 しかし、労働組合の力は分散されており、当時の労働運動指導者たちは自らの要求をより強化するため、統一に向けて動いた。こうして1962年、コートジボワール労働総同盟(UGTCI)が設立されるに至った。
 この単一労働組合ナショナルセンター主義は、複数政党主義が導入される1990年まで続いた。複数政党主義は労働組合の世界にも影響し、新たに2つのナショナルセンターが設立された。今日、国内には国家から未承認のナショナルセンターが7つほどある。
 労働組合は二つのセクターで組織されている。すなわち[1]公共部門の労働組合、[2]民間部門の労働組合である。
 UGTCIには9つの産別組合が加盟しているが、期待されるほどには機能していない。

2. 現在直面している課題

 わが国の労働運動は内戦を経て、疲弊しきった経済をどう立て直すかという深刻な問題に直面している。ここ20年積み上げ、進歩してきたものが無に帰し、賃金もほとんど上がらず、いかなる展望も持てない状況にある。
 戦争のため国内にあった企業が外国へ出たり、操業停止に追い込まれ企業の従業員は職を失い、また、解雇、事業縮小といったことで労働者がその重いツケを払わされている。
 若者は大学を出て行政機関に就職できない場合、低賃金の不安定雇用に甘んじなければならない。

3. 課題解決に向けた取り組み

 国内で最も歴史があり、代表的なナショナルセンターである我がUGTCIは、2008年7月から発生した石油製品価格の高騰、貧困にあえぐ国民、貧弱な賃金、これらを前にして48時間のストを敢行した。このストは政、労、使をして交渉のテーブルにつかせることになり、その結果は以下のとおりである。

公共部門:様々な職種の労働者が集合し、賃金や労働・生活条件の見直しや、具体的な手当て支給を政府に迫った。教員組合、私自身も関わる医療関係従事者の組合も行動を共にした。政府は公共部門の職業間最低賃金を見直し、2009年1月、50,000 CFAから108,000CFAに引き上げることにした。

民間部門:UGTCIのイニシアティブにより、物価指数を踏まえて通勤手当については5,000CFAの増額、最低賃金(職業間最低保証賃金)も36,607CFAから60,000CFAに見直され、これが全ての職業の賃金に反映されるようになった。また、ガソリン価格や輸送費を低減できた。

4. ナショナルセンターと政府の関係

 ナショナルセンターと政府の協力を図るツールとして独立常設協議会(CIPC)という労使間二者構成の協議会がある。この協議会の決議は労働諮問委員会(CCT)に上申され、その決定は省令、若しくは、大統領令として公布される。
 また、最近、労使間の諸問題を取り扱う全国労働評議会(CNT)というものが設立された。国内の労使紛争は全てこの評議会に報告される。必要な場合三大ナショナルセンターは、足並みをそろえて統一行動をとる。

5. 多国籍企業の進出状況

 1995年に制定された労働法、投資促進法によって優遇策も採られることから、多くの多国籍企業が進出してきている。
 多国籍企業はおおむね国の南部、特に首都アビジャンに集中し、自動車、農業、流通、携帯電話通信事業、電気、水道事業などの分野に多い。国土の中央には油田、北部には米の耕作、綿花の栽培にまで多国籍企業が進出している。