2003年 モーリシャスの労働事情

2003年10月1日 講演録

モーリシャス労働会議(MLC)
ギルジャナン ブージャン

輸出貿易地区労働組合 事務局長兼MLC中央執行委員

 

国内の状況

 モーリシャス共和国はイギリスの統治から1968年に独立しました。火山性の熱帯の島から成る国です。一番大きな島がモーリシャス島でして、モーリシャスの総人口はおよそ120万です。国土の総面積はおよそ720平方マイル、人口密度は1平方キロ当たり539人で世界で最も人口密度の高い国です。しかし、国連の海洋法条約のもとでの排他的経済水域における海洋面積では非常に膨大で、潜在的な水域が170万平方キロ以上に及んでいます。モーリシャスはイギリス連邦並びにアフリカ連合(AU)並びにアフリカ経済共同体(AEC)加盟国であり、非同盟国です。さらに、東部・南部アフリカ諸国の特恵貿易地域協定の加盟国、インド洋委員会と南アフリカ開発共同体(SADC )、それから環インド洋連盟の加盟国でもあります。
 モーリシャスはアジア、アフリカ、そしてヨーロッパからの移民の子孫で構成される多言語、多文化、そして多民族、多宗教の国です。人口のおよそ68%がインド系で、27%がアフリカ、あるいはその混血の子孫で、残りの5%が中国系、フランス系、イギリス系のモーリシャス人で構成されています。モーリシャスは民主国家であり、議会制度はイギリスの制度をモデルとしており、政府の長は首相です。複数政党制をとっており、国会議員が62名いますが、その選出のための選挙は5年以内の間隔で行われています。
 次に経済状況について報告します。1968年のイギリスからの独立の後、失業の問題が緊急の問題でありましたが、経済は低迷を続けました。独立後の数年は極めて困難な時代で、失業率は時として27%という高い水準にも達しました。そこで、新しい開発戦略の策定が求められました。1970年、政府は雇用創出を最優先項目とする、1971年から80年にかけての10年を対象とした政策文書を発表しました。雇用創出を目的として、原材料を輸入して工業化を図る政策は相対的に失敗に終わりました。さらに国際価格の趨勢の逆風、高インフレ率、財政赤字、国際収支の悪化などによって、政府は1979年から85年にかけて国際通貨基金(IMF)並びに世界銀行の一連の構造調整政策を受け入れることとなりました。ルピーは1979年に23%、81年にはさらに17%に切り下げられました。こうした措置を受けまして輸出主導型の戦略に特徴づけられた新しい工業化の時代が訪れました。経済的な基盤の整備、市場の多角化といった取り組みの中で、モーリシャスは大胆な調整そして改革プログラムを実行しました。それにより、製造部門、さらに観光部門が外貨を得る大きな部門に成長しました。このようにしてモーリシャスは発達のおくれた単一産品経済国から脱皮をし、新工業国という認識を得るようになりました。
 このようにさまざまな問題を抱えてはおりますが、モーリシャスの経済実績はこの20年間、非常にすばらしいものがあったと言えます。こうした状況に対して内外の機関投資家は、モーリシャスを楽園の奇跡と称するようになりました。多くの観測筋から、特に1989年に出版されました世銀の報告書の中ではモーリシャスを「経済的な奇跡」と称しております。1998年にハーバード国際開発研究所から出版されました『アフリカ諸国の競争率に関する1998年の報告書』の中では、モーリシャスをアフリカの中で最も競争力を有する国と位置づけております。1980年以来、実質国民1人当たりのGDP(国内総生産)は年平均3%から7%の成長をしています。そして、1984年から97年に関しては平均5%の成長をしています。これに対し、アフリカの後発発展途上国の1980年から96年におきます年平均の成長率は0.2%です。1997年の末までには、モーリシャスの国民1人当たりのGDPは、米ドルで3,600ドルを上回るまでになり、石油で富を得ているガボンを除き、アフリカで最も高いGDPを示すまでになりました。
 労働力人口は1997年で50万人、現在はおよそ55万人です。失業率は1980年には27%でしたが、1990年代初頭には完全雇用を達成しています。現在ではモーリシャスは外国人労働者に依存しなければならなくなりました。労働力人口の急上昇の主要な原因は、女性の社会進出、あるいは労働力として女性が急増したためです。女性の労働市場への参加は、1983年の25%から1995年には36%に伸びています。これは、女性の労働者を優先的に雇用する輸出貿易地区の繊維産業の需要に対応するためでありました。
 次にモーリシャスの社会福祉の問題、社会的収斂(Social cohesion)の問題について申し上げます。モーリシャスは政府の公式文書の中で福祉国家と称されています。モーリシャスには無料の教育制度と保健サービス制度、さらに負担を伴わない老齢年金制度が確立されています。年金制度は60歳以上の者すべてに適用されています。さらに障害者、年金受給者、寡婦、孤児、扶養家族を抱える困窮世帯、さらに世帯主が失業しているような低所得世帯に対する手当支給もあります。また、食料の援助、例えば米や小麦などの価格を補助する制度もあります。
 次に労使関係について説明します。ごく最近までモーリシャスの労使関係制度は、植民地という特有な歴史、また砂糖に大きく依存する大農園経済構造、さらに非常に独占的な所有形態、専制的あるいは独裁的な経営主体、教育制度、複雑な司法制度の枠組み、さらに多人種の人口構成などによって大きな影響を受けてきました。モーリシャスの労使関係の起源は、砂糖産業、すなわち農村部の労働者を中心とする大農園社会制度の中で育ってきました。モーリシャスの労使関係及び労働運動の歴史は1938年にさかのぼります。1938年に労使関係法が制定され、この法律により雇用主並びに従業員が、初めてそれぞれの利害を擁護するという観点からそれぞれの組織化を図るということが、正式に認められるようになりました。その1年前の1937年ですが、砂糖産業で一連の暴動が発生しました。これが、労働者とユニオン・フラッグ・シュガー・エステートの経営者との間の暴力的な衝突に発展しました。この衝突の中で4人の労働者が死亡し、そして数人が負傷しました。

MLCの活動方針

 続いてMLCを含めたモーリシャスの労働組合の主要関心分野について申し上げます。現在私どもの大きな懸念事項の一つは、労働組合員の縮小が非常に重要な部門――特に砂糖産業と公的部門あるいは準公営部門で発生していることです。組織率が、こうした部門や輸出貿易地区で低下をしているということ、未組織労働者の数が増大していることを懸念しています。

MLCの具体的な活動

 こうした問題にどのように対処しているかと申しますと、私どもは限られた財政力しかありませんが、労働者教育と組織化活動に新たな方向性を持たせ、労働組合の力量を向上させて問題の解決を図っていきたいと考えています。具体的には、労働者教育を強化すること、また新しい分野、特に輸出貿易地区や観光部門の組織化を図ること、社会的な対話を図っていくこと、新しい、労働法の改正を模索していくこと、国内の報道の支援を最大限に活用していくこと、閣僚や国会議員に対する要請などを行っていくことであります。