2007年 チュニジアの労働事情

2007年12月5日 講演録

チェニジア労働総同盟(UGTT)
Habib Bahrouni

 

 チュニジア労働総同盟(UGTT)は、フランスの統治下にあった1946年ファラファト・ハシェード氏によって設立された。当時から独立した組織で、ハシェード氏はアメリカに渡り、国連に対してチュニジアの独立と解放、それと労働者の労働条件の改善の2点を要求した。その後1952年にハシェード氏は暗殺された。首都のチェニスでは大きなストライキやデモが起き、それと連帯するように、モロッコやアルジェリアなどでもデモが起きた。1956年にチュニジアが独立し、労働総同盟は近代国家の設立に参画していった。その後労働総同盟の運動にも転機が訪れ、1978年賃金要求などをめぐり政府・与党と決別、1978年にはゼネストが決行され、労働総同盟の幹部連中は全員収監された。自由主義経済に移行されたのちにも幾度かの危機に見舞われたが、組織を守りながら活動を進めてきた。政府との和解も成立し、労働総同盟は新たな時代を迎えることとなった。政府はILO条約を締結、組合は団体交渉の権利を獲得することとなった。日本と同じような春闘方式の運動もできるようになった。労働総同盟には3つの目的があり、民主制・独立制それに闘争である。今日チュニジアは自由市場、自由主義経済にあり、各公的部門の民営化という問題が浮上している。最大の問題は大量に失業者が排出されるということであり、使用者側と厳しい対決となる。現在の組織率は民間部門で12%程度であるが、政府部門は70%を超えている。いま、われわれは労働組合への参加率向上を目指してさまざまな努力をしている。