2005年 チュニジアの労働事情

2005年9月7日 講演録

チュニジア労働総同盟(UGTT)
イーマーン・ビン・ムハンマド・アッシャーウィシュ

チュニジア銀行労働組合連盟 青年コーディネーター

 

 チュニジアの労働運動は1924年モハンマドアリハリーが起こした運動から始まり、1937年に新しい運動として、デルャースム・アル・ゲナーらがフランスの植民地主義に対する闘争を始めるが弾圧されてしまった。1946年1月すべての労働者の熱意をまとめる運動として、チュニジア労働総同盟が創立された。この総同盟の運動を通して労働者が結集して、植民地主義者を追放して、国の独立を獲得した。その後、総同盟は民主化の問題や人権の問題に取り組んでいる。
 1989年のスースの大会から3年おきに、労働条件の改善を目的とした賃金交渉を行っている。
 経済状況をみると、70~80年後半までは、内需中心であり、政府がその推進役を果たしてきた。総同盟は政府に協力し、公正な分配に努めてきた。この事は、国民の購買力は1973年から83年まで、比較的良好に上昇傾向にあった。そのことは、総同盟が賃金水準をあげるために交渉を一生懸命行った結果であった。
 しかし、80年代の後半、突如輸出製品価格の急激な下落、石油の値段下落により経済は極端に悪化した。その結果、世銀、IMFの支援により強制された経済構造調整の厳しい条件が国の経済を苦しめている。また、公的部門の民営化問題があり、労働者は困難な状況にある。
 国内の需要が伸びない中で、政府は輸出産業の強化を行い、世界貿易機関(WTO)への加盟、ヨーロッパ諸国との自由貿易協定の締結の方向に向かい、激しい国際競争にさらされることとなった。また、国内でも厳しい競争が起きることになった。
 90年後半の終わり、海外との貿易に重点をおく新しい経済路線に入り、国内の社会・経済政策がより自由化されることになった。この海外重視政策により経済成長率は、過去20年くらいのレベルに戻ったといえる。
 社会的状況は前途のごとく、公的部門の民営化や産業のリストラクチャーにより、数多くの労働者が解雇されている。
 雇用の状況に需要が少なく、民間部門では賃金引下げの圧力が強い状況にある。
 総同盟は、約50万人の労働者が加盟し、7000の単組、25の地方組織と30の一般組合から構成されている。
 総同盟の目的は、単に今日、明日に達成できるものではなく、政治家、学識者、市民団体等と協力して、民主的市民社会を目指し、富の公正分配を含めて、多くの意見を尊重していくことにある。
 現在、総同盟は、医療保険、賃金に関する団体交渉、失業保険基金等々の課題がある。