2010年 モロッコの労働事情

2011年1月28日 講演録

モロッコ労働組合(UMT)
ラハセン キーリー(Mr.Lahcen KILI)

銀行労働組合事務局長兼UMT執行委員

 

1.当該国の労働情勢(全般)

 モロッコの労働者は、継続的な労働環境の悪化に苦しんでいる。それは全般として民間企業が労働法を守らないこと、集団的な解雇や違法で一方的な事業の閉鎖、労働者の権利を保障した諸規定を遵守しないことなどによるものである。国が世界銀行の指示で雇用を減少させたことも、この悪化に影響を与えた。モロッコの公共部門で働いている人は、労働力人口の10%程度である。2009年の失業率は9.1%、都市部では14%で、修士以上の高等教育卒業者の中では24%に上っている(公式統計)。また、全人口の30%しか健康保険に加入していない。

2.労働組合が現在直面している課題

 モロッコの各労働組合、特にモロッコ労働組合(UMT)は色々な問題に直面している。以下にその例を挙げる。

  1. 1996年からの社会対話は失敗に終わった。この対話は、永続的な社会の安定を目的としていたが、政府は対話に際して、真摯な態度をとらなかった上、労働者の最低限の要求にも応じなかった。
  2. モロッコはILOの「結社の自由及び団結権保護条約(第87号)」を批准していない。
  3. 労働組合運動の自由に反する法律の存在(例:労働組合運動の自由を妨げる刑法第288条)。また、ストライキ権を規制する新立法を企てている。
  4. 当局は平和的な労働組合の抗議デモに対し厳しく実力行使する。当局は労働組合事務所の存在を認めようとせず、交渉することも拒絶している。

3.課題解決に向けた取り組み

 2010年12月11日に開かれたモロッコ労働組合(UMT)第10回全国大会は、モロッコの労働組合運動を推進する上で歴史的な機会だった。会議の重要な決定及び勧告は以下のとおり。

  1. 大会の中で議論された労働者の経済的、社会的な要求を含んだ覚書を政府に提出。
  2. 労働組合運動の統一達成に向けて、労働組合運動の協調や闘争の調整について明確な立場を表明。
  3. グローバリゼーション及び凶暴な資本主義に反対する社会的なフォーラムには、国際的なもの、全アフリカ的なもの、地域的なものを問わず積極的に参加する。また、物価上昇を防ぎ、社会・公共サービスを守るための協調行動にも積極的に参加する。
  4. 失業者との連絡を密にして行動する。

4.ナショナルセンターと政府との関係

 「統一・独立・民主主義」という3つのスローガンを掲げるモロッコ労働組合(UMT)は、政府機関と政治から完全独立している。UMTは1955年、労働者の意識と意志を体現し、歴史的な必要性に応え、国を解放するための労働者による闘争の結果として誕生した。UMTは50年間以上の歴史の中で、モロッコ労働組合運動のアイデンティティと独創性を歪曲されたり、矮小化されることなく維持してきた。そして労働組合運動を政府の気まぐれや政党の野望の前に放棄することはなかった。自らの原則に立ち返り、これを堅持した。このようにして、UMTはモロッコの労働階級を真に代表し、その歴史的な歩みとアイデンティティを体現した。

5.多国籍企業の状況

 モロッコにおける多国籍企業は、法律を順守しない傾向がある。ここで2つの例を挙げるが、労働側も抵抗運動で頑張っている。
 米国のフルーツ・オブ・ザ・ルーム社(繊維織物業)の支社であるモロッコのフルーツ・オブ・ザ・ルーム社は1994年に設立された。親会社はほとんどの生産設備をモロッコ支社に移転した。現在、モロッコ支社のセラ市工場とスケイラト市工場で約3,000人が働いている。生産高は約15億モロッコ・ディルハム(約148億円)である。同社で2000年に最初の労働組合事務局が設立されたが、すぐに経営側は労働組合に対し、宣戦を布告した。会社は法律を無視して労働組合の役員を追放した。その上、同社長は組合に対する勝利を祝い、「組合は不要」と書かれたバナーを掲げるなど、横暴の限りを尽くした。このような事件に対する国内外の反響は、モロッコで、如何に組合活動の自由が侵害されているかを白日の下に晒した。その結果、モロッコの労働者は今日まで続く闘争に忍耐強く加わっている。
 G4S(Group 4 Securicor)は国際的な会社で、1995年にモロッコに支部を開いた。現在、約6,000人が同社で恒常的に働いている。この会社は安全保障・現金輸送警備部門で操業しており、2007年に悲惨な労働条件に抗議した労働組合メンバー多数を追放した。