2013年 アルジェリアの労働事情

2013年10月4日 講演録

アルジェリア一般労働組合(UGTA)
アブドゥルワッハーブ ホウラーレン(Mr. Abdellouahab Khoulalene)

全国教育労働者連盟 執行委員

 

1.アルジェリアの労働情勢全般

 アルジェリアは、北アフリカに位置する共和制の民主主義国家で、国土面積はアフリカ最大で、人口は約3790万人である。
 アルジェリアの労働事情は、フランスからの独立を境として改善され、その後、歴史を重ねながら飛躍的に進歩してきた。国内の政治・経済情勢の変化とともに、労働事情は段階を経て改善されてきた。その段階は主に3つに分けることができる。
 第1段階は、政府が社会主義的な政策を進めた1960年代初めから80年代末(1962~1989年)の時期である。この期間に、労働者の基本的な権利を保障する法令が整備され、労働者に対する搾取や恣意的な解雇からの保護、疾病保険、年金、無償医療および各種社会的サービスなどの社会保障制度が完成した。
 第2段階は、1980年代末から90年代末(1989~1999年)で、暗黒の時期とも呼ぶべき期間である。当時の政権に対する大規模な反体制運動によって1988年10月5日、政権が倒され、それまでの社会主義的な体制から、市場経済、自由主義に大きく傾く体制へと変わった。これをアルジェリアの春と呼ぶこともある。この時期、政権が変わった影響で、アルジェリアは大きな変革期に入った。憲法が改正され、政党および労働組合の複数主義など、民主的な政治改革や、市場経済の導入など、経済の自由化が進んだ。また当時は、国際石油市場での原油価格が低迷し、アルジェリア政府の歳入は落ち込み、対外債務返済の繰り延べのために、国際通貨基金の支援に頼らざるを得なくなるという危機的状況に陥った。支援を受けるにあたっては、構造改革計画を実施しなければならないという厳しい条件が課されたため、そのことが労働者階級に対して重大な結果をもたらすこととなった。多数の公的機関は閉鎖され、その影響で、何十万人もの労働者が解雇された。こうした状況に加え、イスラム主義勢力によるテロ行為も頻発し、何十万人もの罪なき市民が殺害されたほか、多数の外国人も犠牲となった。さらに、工場や学校など数えきれない数の公共施設が破壊され、国軍を始めさまざまな治安部隊が出動した。また、国民の大多数も野蛮なテロ行為への断固たる措置を支持した。その一方で武装解除し投降した者に対しては恩赦を与えるなど、国民相互の和解に向けた政策も進められた。こうした取り組みにより、アルジェリアはテロリストの孤立化と弱体化に成功し、治安情勢は安定に向かった。
 しかし、アルジェリアのテロとの戦いに対する当時の国際社会の姿勢は、状況を一層複雑化させるだけで、「アルジェリアの殺し合いでは、どちらが加害者なのかわからない」などとも言われた。それでもアルジェリアはテロとの戦いに孤軍奮闘し、国民は何としても勝利するとの決意を強めていった。一連のさまざまな危機により、当時の労働者は大変な困難の中にあり、1999年の失業率は30%に達しており、賃金も低迷するなど、多くの難題が山積みであった。
 こうした中、UGTAは歴史的な責任を背負うべく、テロ行為を拒否する政治勢力や市民団体と連携し、「アルジェリア救済国民評議会」を設立し、UGTA が議長を務め、テロ対策に取り組む政府部隊を支援し、情勢の安定化と治安の回復をめざした。
 また、社会問題への取り組みにおいても、UGTAは社会対話という文明的な手段を通じて、労働者が直面するさまざまな問題の解決策を追求した。協議は三者間(政府、UGTA、経営者)または二者間(政府およびUGTA)によって行なわれた。こうした努力により、労働問題に関するすべての当事者に対し、あらゆるレベルでの対話の定着を促進する「社会・経済に関する国民協定」の合意に至った。
 第3の段階は、1999年から現在に至るまでであり、あらゆる面で多くの成果がもたらされた時期である。テロとの戦いにおおかた勝利し、テロをほとんど根絶することができた。中でも重要なのが、1999年のブーテフリカ大統領の就任以降、国民的な和解を実現する政策が掲げられ、社会的対話が推し進められた結果、治安が改善・安定化したことである。 
 また、国際石油市場における原油価格の上昇に伴い、政府による適切な政策の実施と相まって、政府の財務状況が改善された。これにより、対外債務支払いの前倒しが可能となり、国家としての自主性を完全に回復した。治安情勢が安定化し、事態が正常化することによって、さまざまな法律の施行が可能となった。法律にのっとり労働者の権利である団体交渉が粛々と行なわれていく望ましい状況になった。10月10日には、政府、労働者、そして経営側の三者による、労働条件に関する三者協議が予定されている。 
 また、その他のさまざまな社会的な問題についても、三者協議を行なうことになっている。さらには、多国籍企業にアルジェリアの労働法制を遵守させていく問題についても、法令整備を行なっており、現在、労働者をめぐる状況は段階的に改善しつつある。こうした状況の好転は、社会的対話のいっそうの成功にも寄与することとなった。三者間の協議によって、幾度となく賃金の引上げに関する合意がなされた。現在の賃金水準は1万8000アルジェリア・ディナール(約225米ドル)である。また、その他の合意事項としては、[1]退職金および年金の引上げ[2]石油収入の3%を徴収し、それを財源とした退職者のための社会保障基金の設立[3]大規模公共事業(東西高速道路、鉱山ダム、住宅などの建設)の実施による雇用の創出[4]基礎的な公共施設の整備[5]テロ行為により閉鎖された機関の再開[6]専門機関の融資を活用した若者の雇用促進[7]若者に対する税制の優遇措置および専門家による相談・助言――などがある。
 こうした政策により、失業率は年々低下しており、2012年の失業率は9.7%である。UGTAは今後とも、さまざまな対話や、法律の整備などを通じて、労働者の状況改善に努めていく。

2.アルジェリア一般労働組合(UGTA)について

 アルジェリアには、さまざまな産業別・職能別の労働組合が存在するが、UGTAが唯一の連合体である。設立は1956年2月24日。UGTAはあらゆる政党および経営側から独立した自由で自主的な組織である。そして、一般の賃金労働者だけでなく、退職者、契約労働者、求職者、失業中の労働者など、アルジェリアのあらゆる労働者に対する支援を行ない、強い団結力を保持している。UGTAは、労働者の団結を力の源泉としており、アルジェリアにおける社会的な公正の実現のため、1954年11月1日のフランスからの独立活動の理念にのっとって、さまざまな取り組みを行なってきた。
 またUGTAは、労働者の物質的あるいは精神的利益の保護、労働条件や労働環境の改善、生活水準の向上、恣意的な行為や解雇、搾取への反対などを目標として掲げている。