2005年 アルジェリアの労働事情

2005年9月7日 講演録

アルジェリア一般労働組合(UGTA)
カドラ・アスルーン

UGTA全国女性労働者委員会委員兼教育広報責任者

 

 アルジェリアにおいては、過去20年間政治的社会的に大きな発展が見られたが、1986年政治的、社会的、経済的に大きな危機を迎えた。国家の唯一の収入源であった石油価格の低下により、政治的にも打撃を受け、結果として、対外債務を多く抱えることになった。この危機に対し、政府は政治的、社会的、経済的分野において根本的な改革を行った。
 政治的には1989年の憲法をもとに政治の開放があり、報道の自由、多党制が認められた。経済改革では世銀やIMFの諸計画の枠組みの中で、1994年、1995年に改革が行われ、約1100の企業が閉鎖され、50万人の労働者が解雇された。その一方で労働関係の法律が整備され、労働組合結成の自由やストライキ権が認める労働法が制定された。この間、国内ではイスラム原理主義者のテロ活動が1990年から10年にわたり展開され、20万人の生命が失われ、社会的、経済的インフラが破壊され、多くの人々が職を失ってしまった。しかし国民は特に女性は向上で農場で学校で都市や農村で一生懸命頑張った。21世紀に入り、国力は徐々に回復し、外交においてもアラブ、アフリカ、国際社会との関係が修復してきている。
 法治国家として麻薬覚醒剤撲滅法、マネーロータリング禁止法、収賄・贈与禁止法等々の他、教育法改革、家族法改革、行政改革、公共福祉、金融・銀行分野の改革が進められている。
 国内経済を見ても、国内収支については2003年の30億ドルから2004年の120億ドルに上昇し、貿易収支を見ても、2004年は134億ドルの残高となっている。
これらの経済成長は石油価格の上昇によって成り立っており、獲得外貨の96%が石油の輸出によるものである。
 国内のインフレ状況は2002年は1.4%、2003年2.6%、2004年は3.6%となり、原因は設備投資である。国内総生産(GDP)は2003年232億ドルから2004年214億ドルと1.6%の上昇が見られ、原因として国民の収入が増え、消費が進んだことにある。
 外貨準備高は500億ドルまで上がり、対内外債務についても、2003年の232億ドルから2004年には214億ドルまで下げることが出来た。これらの背景には第一に石油価格の国際市場での上昇、国内的には農産物の豊作があった。これが幸運ともいえる経済成長をもたらしたともいえる。
 一方不安材料としては最近の工業部門の成長が見られない状況がある。国内投資は2004年は156億ドルの投資があったが、内容は実際の投資は44.5%であり、残りは設備投資に向けられてしまった。もうひとつの原因は2004年に117の公的部門の民営化が行われたが、何をどこでの戦略かなかったことにある。