2010年 ケニアの労働事情

2010年10月8日 講演録

ケニア労働組合中央組織(COTU(K))
ラファ・ズベダ・ユーサフ・ダファーラ(Ms. Rafa Zubeda Yusuf Dafalla)

通信労働組合(COWU)執行委員 

 

1.労働運動

 ケニアでは、1963年の独立前に労働運動が始まった。当初、植民者が所有する企業において極めて劣悪な条件で働く労働者が自らの判断で待遇を改善するため、賃上げを要求する活動を開始した。労働者はモンバサ港で労働組合を結成し始め、その動きがやがて首都ナイロビにも広がった。これらの労働組合は、後にケニア労働連盟として知られる、ナショナルセンターを結成した。
1965年に設立されたこのナショナルセンターは、その後、ケニア労働組合中央組織(COTU(K))と改名され、現在では36の加盟組織及び100万を超える加盟人員を擁している。私の所属する通信労働者組合(COWU)も加盟組織の1つであり、通信部門の労働者を代表している。労働組合は、組合結成について規定した2007年労使関係法に基づいて運営されている。
2002年以降、事務局長フランシス・アトウォリ氏のリーダーシップのもと、ナショナルセンターでは労働組合主義が定着し、労働組合が国の経済、社会、政治部門の全領域に関与することが可能となった。労働組合は承認を経て、現在施行されているケニアの新憲法制定に関与し、新しい労働諸法の制定も先導した。労働組合は、労働者の権利のために闘う中心的責務から決して逸脱することなく、数え切れないほどの団体交渉を実施してきた。5つの労働裁判所の設立は紛争解決の観点から労働組合に大きな課題を課している。また、労働者の良き代弁者であり続けるために、労働組合には教育や訓練を通じた能力開発が切に求められている。ケニア労働組合中央組織(COTU(K))は組合員への教育活動を行う独自の労働大学を擁しているが、資金調達が大きな課題となっている。
ケニアでは、労働者、経営者と労働省による三者構成機構が労使関係を調整している。ケニアの労使関係機構は、工場の現場から労働裁判所に至るまで網羅している包括的な機構である。

2.労使関係

 2007年労働関連法は、労働争議の解決や団体協約交渉に関して、労働組合と経営者の関係に資するものとなっている。通常、団体協約交渉は、労働組合が企業労働者の単純過半数、50%以上を獲得することが第一条件となる。その後、認知協定の資格を得ることができる。認知協定を得ると、当該労働組合には団体協約について交渉する権利が与えられる。労働者は自分たちの交渉に関する提案書をまとめ、それが労働組合の支部に送られて分析される。支部はそれを文書にまとめて労働組合の本部に送り、それが精査されて、提案書となり、経営者に提出されて交渉が始まる。
交渉には、賃金引き上げ、最低賃金、住宅手当/住宅の供給、労働時間、時間外手当、年次休暇、疾病体暇、忌引、労働組合研修休暇、出産休暇、父親の育児休暇、医療、従業員の死亡、協約の施行期日、年次昇給などの項目が含まれる。
通常、協約には平均45以上の項目が含まれる。締結された協約は、法的拘束力を持たせるために、労働裁判所に送付されて登録される。一方、交渉中に当事者間の意見の不一致がある場合は、その案件は斡旋を要する労使紛争として労働省に付託される。それでも合意に至らない場合、最終的に労働裁判所に持ち込まれる。
労使紛争の解決は、通常、職場の苦情から始まり、正当に選出された労働組合の職場委員によって処理される。未解決事項は、労働組合の支部事務局長がこれを引き継ぐが、そこでも解決に至らない場合、当該事案は本部事務所に引き継がれ、本部事務所は労働大臣に労使紛争を報告する。労働省は、当事者の調停に当たる調停委員を任命する。合意に至らない場合、この事案は最終的仲裁のために労働裁判所に送られ、そこでの裁定が最終決定となる。これが労働争議の解決や団体協約交渉に対応するケニアの包括的労使関係機構である。