2003年 ナイジェリアの労働事情

2003年6月18日 講演録

ナイジェリア労働会議(NLC)
モーセス アジベイド グバデボ

全国化学・ゴム・皮革、非鉄等労働者組合 委員長

 

国内の状況

 ナイジェリアと他の国が違うのは、ナイジェリアは国ができて43年の歴史の中で民主政権であったのは最近の10年だけということです。このように、33年以上にわたって軍事政権が存在したことが我が国の労働運動にも影響を与えています。
まず、労働組合の歴史的な背景について申し上げます。これは植民地時代にさかのぼります。植民地時代というのは、権利が剥奪されていた時代、1912年に労働組合が我が国で創設されました。この労働組合がつくられた背景は、生計費調整をめぐって、公務員がアジテーションを行ったということがありました。これがきっかけとなって、1,000のハウスユニオンがつくられました。1977年から78年にかけて、政府が最初の労働組合に対する干渉を行ったわけです。1,000の組合を49の組合に編成し直すという政府による干渉がありました。96年に会議が開かれ、49の組合が29にまとめられました。こういったことはすべて軍事政権下で起きたことです。また法令によって行われました。したがって、不平不満を漏らすことはできなかったわけです。不満を漏らそうものならば、即監獄行きという時代でした。この軍事政権下にあったということが、ナイジェリアの労働運動に対してさまざまな問題をつくり出しました。
しかし、近年になって、民主主義が我が国にも到来しました。これによって、私たちは状況が改善することを期待しています。軍事政権下では、NLCと、そこに参加する組合が3回解散させられるという憂き目に遭いました。このような経験があるからこそ、私たちはナイジェリアにおける民主主義を強く支持するわけです。このように、軍事政権下にあったということから、NLCは、民主主義が実現しそうだということを聞いたときに、その民主主義を強く支持するという決意を固めました。したがって、この民主主義を崩壊させるようなことは、受け入れがたいわけです。
選挙の前と後でのNLCの3つの活動についてお話しします。ナブジャで平和運動が行われました。なぜかというと、選挙は4月にあったわけですが、3月に人がたくさん殺されたわけです。ある政党が、自分たちが勝ちたいために、敵対するライバルの政党の人を殺すという事件が起きました。そうしたわけで、私たちは平和集会を行いました。その中で私たちが訴えたのは、政治家というのは、お互いを殺し合うのではなくて、国のためになるような争点について争ってほしい、そういったことを訴えました。
さらに行った活動としては、大統領を志す人たちを集めてフォーラムを行って討論をしてもらったということです。当選の暁には、大統領として、国のために自分たちが何をしたいのかということを議論してもらいました。さらに、選挙監視活動も行っています。さらに、複数政党をNLCは支持しました。また、有権者に対する投票も行いました。お金をもらったからその党に投票するのではなくて、そのパーティのイデオロギーとか思想に基づいて、投票を行うようにという教育を行いました。
選挙が終わって負けた政党はごねたわけです。その負けた政党は、NLCにも自分たちの立場に立ってほしい、自分たちの味方になってほしいというふうに言ってきたわけです。NLCは高い評価を受けていましたから、私たちを引き入れようとしました。けれども、NLCは民主主義を強く支持していましたから、そのような求めは拒否しました。
次に、政治問題から社会の問題に移りたいと思います。腐敗というのが大きなテーマとなっています。かつての指導者たちは軍事関係者でした。彼らは腐敗しているとみなされていました。人々に権限を与えることによって、その権限を悪用して自分たちの要望を満たし、私腹を肥やすということが行われてきたわけです。しかしながら、司法、正義というものは、善と悪をきちんと区別して、善についてはそれを支持する、悪についてはこれを拒否しなくてはなりません。
しかしながら、1つ慰めとなったのは、ナイジェリアの国民は、これまでのような腐敗が日常茶飯事であったような時代とは決別しなくてはいけないという点で意見を同じくしていたわけです。
そして腐敗防止の法案がつくられました。さらに腐敗・汚職に関する委員会(ICPC)を、設けました。さらに、国の安全保障という面でも、共同体同士が衝突するという問題が発生しました。そこで議会が考えたのは、昔に戻って、昔のやり方で資源を分配するということです。60年代、70年代というのは地方ごとに政府が分かれていたわけです。その1つの地方にある資源は、その地方が管理していました。連邦政府はその地方から税金を集めました。しかしながら最近それが変更されて、資源はすべて中央に集められるというシステムになりました。それが原因となって北部やニジェールデルタにおいての問題が生じてきたわけです。ということで、議会は昔のやり方に戻って、資源の分配に関してはそれぞれの地方に任せるべきだと考えるに至ったわけです。
また、司法制度に関しても、非常に大きな問題が生じました。前政権は去年終焉を迎えましたが、その前政権下において議会は司法の独立性を強く主張しました。その主張が実を結びつつあるわけです。その資源の分配をめぐって、連邦政府は最高裁判所にまで訴えましたが、この裁判では連邦政府は負けています。地方政府も同じように最高裁判所に行って、任期の延長を求めたわけですが、やはり地方政府もこの裁判においては敗北しています。この2つの例が示すように、司法の独立というものが確立されつつあります。非常に勇気づけられる出来事でした。
次に経済です。ナイジェリアは、天然資源が非常に豊富ですが、経済の発展という点ではまだまだ遅れをとっています。ただ生きているということと人間らしい生活をするということは違うわけで、ナイジェリアの国民は、ただ生きているだけという状況です。
また、雇用も危機的状況です。また、政府はインフレを何とか1けたに抑えようと悪戦苦闘しています。一方で、金融業界は非常に繁栄をしていますが、国民の多くは貧しい状況です。ほとんどの人が貧しい状況にあるのに、なぜ金融業界だけがこんなにうまくいっているのでしょうか。NLCとしては中小企業を創設することを強く訴えています。さらに、貸付に対して付与される金利の引き下げも強く主張しています。また、政府のほうも経費、支出の削減に必死です。例えば大臣には個人的に秘書がついたりすることがあるわけですが、それらもすべて削減の対象になっています。

NLCの直面する課題

 国内の労働法規の遵守が非常に深刻な問題になっています。特に民間部門においてです。議会としては、まず、すべての使用者がILOの条約、労働基準を遵守し、また環境問題も重視するように考えています。
最低賃金に関しては、去年決着をしています。まず、2つ基準があり、7,500ナイラを下回ってはならないというものと、6,500ナイラを下回ってはならないというものです。この7,500ナイラというものは、連邦政府の職員に対する最低賃金のレベルということになります。為替のレートは、ドルに対して1.25から1.6ということですから、大体60ドルぐらいになるかと思います。