2005年 アンゴラの労働事情

2005年11月16日 講演録

アンゴラ独立自由中央労働組合(CGSILA)
アントニオ エウジェニオ モライス

アンゴラ教職員労組国際関係書記

 

 私が最初に仕事を始めた当時、アンゴラの政治は一党制であり、労働組合も1つだった。当時、全ての労働者は、組合又は何かの組織に所属をしなければならない状態であった。1988年、私は教職員として仕事をしていたので、私は唯一ある組合に加盟しなければならかった。一党制政治であり、全ての労働者はその政党に基づいた組合の方針に基づいて働かなければならなかった。その後、1994年に平和協定が結ばれ、我々は情報を伝達する自由、表現の自由、さらに組織化する自由を手に入れることができた。
私たちの教職員組合も、要求を立ち上げるために、1996年に独自のアンゴラ教職員労組を結成した。私は国際関係の書記官であり、結成から現在まで、組合員の教育活動、インフォメーションの伝達、さらに必要に応じて多くの活動を行ってきた。
その当時、国が変わり、自由を手に入れることができたということで、社会全体が大変活性化し、誰もが何かをしなければいけないと沸き立っていた。当時、我々は残念ながら、勉強不足ということもあり、主な活動としてストライキを行い、我々の要求をするということだけにとどまっていた。さらに、団体交渉も行い労使委員会などにも参加し、活発に労働運動をつくり上げてきた。それから2年後、アンゴラ独立自由中央労働組合(CGSILA)のナショナルセンターが発足され、我々教職員労組もCGSILAに加盟することになった。初めての独立したナショナルセンターの結成に伴い、我々は、能力ある人材確保に力を入れなければならなかった。
我々は、国際的、国内的に多くのセミナー、会議、あるいは地域の教育活動などにも携わった。CGSILAである私たちの組織は、イタリア・トリノで行われた組織化と運営に関するセミナーにも参加することができた。ポルトガルでも、同様のセミナーに参加することができた。それらのセミナー受講により、ナショナルセンターの要請を受けて、我々はアンゴラ国内での教育活動に携わるようになった。さらに、ILOプロジェクトの中で、我々のナショナルセンターと、もう一つの政府傘下のナショナルセンターが一緒に、国内の労働組合員の教育活動にも携わるようになった。この2つのナショナルセンターの仕事により、国内の様々な地域において、指導者の養成・教育を行った。労働組合の活動としては、人権問題、国民としての権利に関する教育活動も行った。
組合運動というものは終わりなき運動であるので、私は、これからも長く組合運動を続けていきたいと思っている。