JILAF Database/ナショナルセンター

アルゼンチン労働総同盟

組織名 アルゼンチン労働総同盟
Confederacion General del Trabajo de la Republica Argentina (CGT-RA)  
住所 Azoprado 802-CP-1107
Buenos Aires
Argentina
電話番号 (54) 11-4331-7111
FAX番号 (54)11-4114384-7163
メールアドレスpujadasm@uocra.org
ホームページ http://www.cgtinternacional.com.ar
役員名事務局長:三頭体制 Hector Daer, Carios Acuna, Juan C.Schmid
組合員数約600万人
執行委員数35人(女性:2人)
加盟組織230 組織
地方組織数50組織
主要加盟産別業種①建設, ②トラック運転手, ③金属, ④商業, ⑤エネルギー
加盟国際組織・国際労働組合総連合(ITUC)
・ITUC米州地域組織(TUCA)
大会情報年に1回開催

前回:2016年8月
次回:2017年
主要課題・活動方針1.戦略的組織構築計画
2.チャイルドレイバーと強制労働の撤廃
3.ILO条約87号、98号の実施
4.質のある雇用政策論議への参加


略史1930年 アルゼンチン労働総同盟(CGT)結成。
1940年代後半:ファン・ペロン(43年労働・社会保障大臣、46年~55年 大統領)政権を支える最大勢力として政治の中心に。1955年:クーデターにより、ペロン政権崩壊。軍事政権により、CGTは解散させられ、地下活動へ。1961年:公式に活動を再開。
1960年代CGT内部、軍事政権との関係をめぐり分裂状態に。1973年:民主移管により、ペロン大統領復活。1974年:ペロン死去により、夫人が政権を引き継ぐ。経済情勢悪化の中で、ペロン政権との関係も悪化。1975年:政府の賃金抑制政策に反対してゼネスト
1975年 旧ICFTUに加盟 1976年:クーデターにより、軍政へ。
1979年 労組法改正により、労組の政治活動禁止。CGT事実上解散
1983年 急進党政権成立により、民主移管。CGT活動再開。
1989年 CGTが支持するペロン党(正義党)のメネム政権成立。
1989年~90年 メネム政権の小さな政府、民営化政策に対する考えの違いから、CGTが3つに分裂。
1992年 健康保険制度の運営を労組から政府に移すという改革に対抗して、CGT3派再統一し、ゼネスト(CGT幹部には親ペロン党が少なくなく、反政府勢力になりきれず)
2010年 CGTはアルゼンチンを最も代表するナショナルセンターとして、各種の三者協議会に参加し、また市町村レベル、州レベル、全国レベル、国際レベルで活動を行っている。
主な進出日系企業
トヨタ紡繊織ヤクルトNECなど
日系企業現地法人数39社
日本からの進出企業数32社
JILAFとの関係(1)最近の招聘者実績

2014年(2)、2010年(2人)、2009年(1人)、2008年(1人)、2007年(1人)

(2)最近の現地支援プロジェクト
備考 人口 :4109万人 首都: ブエノルアイレス 言語:スペイン語

参考

アルゼンチン共和国のILO条約批准
[1]批准条約総数80条約
[2]中核的労働基準結社の自由及び団体交渉 第87号第98号
強制労働の禁止第29号第105号
児童労働の実効的な廃止第138号第182号
雇用及び職業における差別の排除第100号第111号
が批准済)

更新日: 2016年12月07日