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No.428(2016/11/22)
トランプ大統領を実現させた白人労働者の失望感、熱気、期待

 インディアナ州の暖炉・エアコン・メーカーのキャリアー会社は去る2月にメキシコへの工場移転を決め、2019年までに移転を完了する。
 ここで17年間働く白人労働者、ロール氏は大リーグ・ワールドシリーズ優勝決定戦やオバマ大統領当選、ブッシュ大統領とゴア候補の接戦時にも深夜まで起きていることはなかったが、今回は違った。
 午前3時まで起きていてトランプ候補の当選を妻と“ハイタッチ”して喜び、そのまま寝ないで早朝シフトに出勤し、同僚と話して11人中10人がトランプ候補に投票したことを知った。
 キャリアー工場のメキシコ移転で1,400名の職が失われるが、トランプ候補はいち早くこの事を選挙キャンペーンに取り上げて自由貿易政策の変更を主張し、会社や親会社のユナイテッデ技術会社にも電話をかけて翻意を促しながら、メキシコからの輸入には35%の関税を課することになる主張した。キャリアー工場への遊説の際には「私が当選すれば会社は米国への残留に同意すると言わざるを得なくなる」と演説して労働者の熱い喝采を浴びた。
 熱い期待を集めて当選したトランプ次期大統領だが、労働者たちは「貿易政策が変更されなければ次の選挙には他の候補に投票する」と述べており、反面に、オバマ大統領と民主党政権に感じた期待と失望感が如何に大きかったが伺われる。
 鉄鋼労組の組合員で別の企業に働くプレスリー氏も同様に感じており「2008年に“チェンジ”を掲げて中間所得層の再生を訴えたオバマ大統領だったが、何も変わらなかった。今回が変化への最後のチャンスになると思う」と語る。
 こうした思いが大きな潮流となって今まで民主党の支持基盤であったミシガン州やウイスコンシン州でもトランプ当選への大きな変化を引き起こした。
 しかし、関税変更が必ずしも労働者に良いわけではない。メキシコや中国への輸出産業に働く労働者、低価格の輸入品を喜ぶ一般消費者も存在する。
 上述のロール氏は「メキシコから工場担当者が訪れて、機械の計測や写真撮影など移転準備をしているが、見るに堪えない。未だ一緒に暮らしている離婚した妻をボーイフレンドが訪れている気持だ」と語り、また「他に仕事がないわけではない。今の時給$23の仕事はないが、ウオールマートなど$13-15ならある。フルタイムを2回やれば同額になるが」と嘲笑する。
 ラスト・ベルト(錆びた地域)と呼ばれる嘗ての製造業地域にあるインディアナ州では失業率は回復しているが、政治・経済に対するフラストレーションは大きい。10.9%に達した2010年の失業率はいま4.5%にまで回復した。しかし雇用が増えたのはホテルや食品、医療、倉庫などのサービス産業で、製造業は停滞したままであり、2015年の平均所得は製造業$59,000に対してサービス業は$39,000である。
 トランプ次期大統領はこうした労働者の期待に応えられるのか?キャリアー会社経営者に電話し、関税引き上げを告げることで問題は解決するのか?
 同工場の黒人労働者、ホーキンスさんは「トランプが黒人やヒスパニック、障害者嫌いなのは知っている。大統領の器でもない。ただ彼にチャンスを与えてみたかった」と語る。
 近隣のプラスティック工場に働くリンク氏は「高校時代の友達の半分以上は黒人やヒスパニックだ。人種差別は間違えだ。ただワシントンの腐敗ぶりと嘘には飽き飽きした。既存の政治家でないトランプに期待し投票した」と語る。
 これら労働者に共通するのはクリントン候補に投票した都市部に住む富裕層、高学歴者への不信感であり、クリントン候補に投票した黒人労働者のイエイツ氏も「クリントンもトランプも貧しいものへの理解はない。ヒラリーも特権階級の人でありは弁護士として負けた時以外、汗をかいたことはない。トランプより少しましなだけだ」と批判的である。
 キャリアー会社は現在地でも利益を上げているが、メキシコではコストが8分の1に減少できるとしており、従業員には4年間の職業訓練と財政支援を約束すると述べ、移転の方針変更の気配はない。
 こうした状況の中でGMは開票日翌日の11月9日に、オハイオ州とミシガン州にある2工場、第3シフト労働者の2,000人規模にわたる無期限レイオフを発表した。乗用車需要の減少が理由だが、UAW会長は「売り上げが伸びているSUV工場などで労働者の吸収が可能だ」として異動先にテネシー州などを挙げている。

トランプ政権の労働政策変更に翻弄される労働組合

 大統領、上院、下院選挙全てにおける共和党の圧倒的な勝利を受けて、労働組合は労働政策の大きな変更に翻弄されそうにある。
 労働組合は鍵となる製造業地域の各州でクリントン候補に勝利を齎すことができなかった。AFSCME(州地方自治体労組)のサウンダーズ会長は「選挙中は戸別訪問で組合員全てに語りかけたが、この結果には驚いている。極めて困難な時代が来る」と述べる。
 トランプ政権はまず最高裁の9番目の次期判事を指名するが、現状は共和党指名4名、民主党4名の均衡状態となっている。最高裁は数多くの労働問題にも最終判決を下す機関だが、重要案件としては“公務員労働組合の組合費徴収を違法”とする件があり、共和党過半数の判事構成になると、これが承認されることになる。
 同様に労働問題を専門に審議する全国労働関係委員会(NLRB)も共和党指名の判事過半数により判定が影響を受ける。まずファスト・フード・チェーンのマクドナルドについては、特定のフランチャイズ店について賃金労働条件の面でマクドナルドにも共同責任があるとして労働組合との労使交渉を義務付けた判決があるが、これを手始めに、労働組合結成手続きや残業問題など、多くの判例に変更が起きると予測される。
 今年9月に出された連邦政府契約業者の労働者への病気休暇付与の大統領行政命令、来年初めから施行される残業代支払い対象労働者の範囲拡大など判決変更の予測には枚挙のいとまがない。
 国際機械工労組(IAM)のバッフェンバーガー会長も「打つ手がなくなった」と嘆く。
 労働協約の適用を受けていても組合費支払いや組合加入を従業員の自由意志とする“労働の権利法”が26州で採択されているが、共和党はこれを全米に広げる考えであり、トランプ氏も同様に考えている。その他、私有地においてもピケが張れるとする判決、講師や助手などの大学院生への労組結成を認めた判決などなど、変更を迫られることになるだろう。
 労働組合は民主党の主要な柱であり、ボラティア活動から民主党候補支援など大きな貢献を果たしてきた。それにもかかわらずトランプ候補は労働組合の強いペンシルバニアやオハイオ州、それにUAWの地元であるミシガン州で勝利した。
 オハイオ州の出口調査ではトランプ候補が組合員の52%を獲得し、クリントン候補は嘗てオバマ大統領が共和党候補を23ポイント引き離した組合員からの支持獲得に失敗した。インディアナ州のGM工場で働くレパート氏(58歳)は「組合はクリントン支持を強く言ってきたがトランプに投票した。最近の組合は約束を守らず、聞く気になれない」と話す。他方、UAWのウイリアムズ会長は昨日「議会に選出された人たちが、通商、雇用、教育、格差について声高に叫ぶ国民の声をよく聞きとるよう強く希望する」との声明を出した。

発行:公益財団法人 国際労働財団  http://www.jilaf.or.jp/
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